血海航路  魔神 1

 「第一等騎士」だと?!神で言えば第三級神に相当する力を持っているとか・・・・・・。少なくとも、レベル33では勝ち目のない相手だと言える。

 だが・・・・・・。

「カシム・ペンダートン」

 俺は名乗りを上げると、一気に間合いを詰める。

 魔神エムンが無詠唱魔法を放つ。白い冷気が無数の刃となって襲いかかる。

 全てを躱して、接近する。俺は剣を上段に構える。至近に迫った事で焦ったか、エムンが剣で突きかかる。

 それを回転して躱すと、エムンの剣めがけて、竜牙剣を一気に振り下ろす。


 キィーン!


 高い音がして、エムンの持つ剣が斬り飛ばされた。

「ば、馬鹿な!?」

 目を剥いて驚くエムンは、次の一撃を放とうとする俺に向かって大きく口を開ける。

「ガアアア!!」

 口から炎が吐き出される。黒煙も立ちこめたが、その煙が消えたときに、エムンがまたしても驚愕する。

 炎はマントで防がれていた。そして、マントを透過して、俺の剣がエムンの胴体を、鎧ごと切断していた。

「く、が・・・・・・」

 エムンの胴が落ちて、下半身も膝を付いてから倒れ込む。

 魔神との勝負は、一瞬で終わった。

 力量差があったわけではない。完全にあっちが油断しきっていたからだ。

 俺はその隙を突いたに過ぎない。

 後は当然武器の差だ。

 創世竜のドラゴンドロップで作られた剣など、聞いた事もない特級品だからな。



「ふう」

 俺は息をつく。

 その様子を見ていた、牢に捕らわれた人たちが歓声を上げる。

「静かに!落ち着け!!」

 俺は慌てて騒ぎを静める。我に返った人質たちも、すぐに口を押さえて黙る。

「いいか?俺は君たちを牢から出す。逃げるなら共に来て欲しい。ただ、その場合は、女性や子ども、老人を守って戦う事を意味する。命がけで戦って自由を手に入れたいなら、付いてきて欲しい。命が惜しくて恐ろしいならそれでいい。この牢に残っていて欲しい。ここまでは良いか?」

 俺の問いかけに、人質たちは全員が頷く。

「よし。なら今からこの牢を開ける」

 牢は鉄製だが、ドラゴンドロップ製のこの剣なら切断は容易だ。

 剣を横薙ぎ2閃。

 牢の鉄柵が3本切断される。

 手かせをされている者とされていない者がいる。手かせをされているのは屈強な水夫たちだ。手かせを破壊しながら俺は説明する。

「これから武器を手に入れて、船を1隻だけ奪取する。船乗りたちは操船を手伝って欲しい」

「アイアイ、サー!」

 船乗りたちが答える。

「よし、次の牢だ!」

 こうして、俺たちは次々牢を開放して洞穴の入り口まで戻ってきた。

 解放した人たちは、全部で43名。外に2人隠れているから、全部で45名解放した事になる。皆庶民の人質のようだ。

 この際、貴族の解放はあきらめよう。解放が目的ではないのだ。



 短時間で解放に成功したので、まだ海賊たちには気付かれていない。

 だが、これだけの人数で動けば、すぐに気付かれてしまうだろう。

 そこで俺は、人質たちを3つに分ける事にした。

 船乗りたちは、四方に散らばって家に火をつける。

 他の人たちは、丘の中腹から、海岸に降りていって、海の中を港に向かって貰う。丘の中腹から海までに出る道など無い、ただの斜面だ。木や藪が生い茂っているので、かなり困難な道になるが、見張り台の海賊は倒しているから、町からは発見される事無く、海沿いに港まで行けるだろう。

 腰まで水に浸かる事になるだろうし、まだ波が荒いので、危険な事には変わりが無い。

 

 女性たちが陵辱されていた小屋のランプから、松明を作ることにして、準備を始める。

 家々に火をつけるのは、アールに指揮をして貰う事にする。早すぎると、俺たちまで焼け出されてしまうから、タイミングが大切だ。

 


 人質の中には海兵、傭兵もいて、俺は彼らを率いて、武器や財宝を保管しているであろう洞穴に向かう。

 彼らには、俺が倒した海賊たちが身につけていた武器を持たせてある。

 分散しているので、まだ海賊たちには気付かれていないが、洞窟まで行くのに、いくつか建物がある。

 暗がりを利用して進むが、騒ぎながら道を歩く海賊たちもいる。

 

 海賊の住む町ではあるが、この町にいるのは海賊だけではない。女もいれば老人もいるし、子どもだっている。それこそ、海賊の家族たちである。

 ちょうど、今、建物の中から女の泣き声が聞こえる。

「なんでウチの人が死んじまったんだよ!」

「それが、商船に乗っていた護衛がかなり手強かったみてぇで、そいつにばっさりやられちまったんです。おまけに船に火までつけられちまったんで、死体も回収できなかったんですよ」

「言い訳はおよしよ!!あんたらだけ逃げたんだろ?!」

「いや、あっしらも、海にたたき落とされちまったんです。あの波だ。生きて帰れただけでも奇跡みたいなもんですよ・・・・・・」

「そうですよ、奥さん。今朝方この島にも港にも、土左衛門が沢山あがって・・・・・・」

「だからなんだって言うんだい!!あの人を返しておくれよ!」


 会話が耳にも心にも刺さる。

 この声の主は、間違いなく俺が斬り殺した海賊の妻なのだろう。


 この町を殲滅するとなれば、そうした女、子どもも殺す事になる。

 混乱させるために町に火をつけても、もし逃げ遅れれば、そうした人たちの命を奪う事になる訳だ。

 やはり、この場では俺が侵入者で、秩序の破壊者なのだ。悪人だから、それをやっつけたとしても、ちっともスッキリする事はない。ただ、ただ、後味が悪いだけだ。


「カシム殿?」

 未だに悩む俺の様子に、戸惑ったように海兵が囁く。

 彼らは、攫われてから半年以上になるので、俺の事、竜の団の事など知らない。

「タイミングを見て、俺が突入する。安全を確認したら合図するから、それまでここで待機だ」

 心を決めるしかない。俺は騎士で冒険者だ。今は罪無い人たちを守る事も、俺の役割だ。この守るべき人たちを、出来るだけ死なせずに逃げる事が第一だ。はき違えるな。

 俺は俺の心を叱咤する。

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