血海航路  海賊の島 4

 俺たちは、闇に紛れて、丘を下り、人質が閉じ込められているであろう洞穴の入り口に迫る。

 すると、洞穴の中から、海賊に引きずられるように、ずだ袋のような汚い服を被せられた女が出てくる。

 そして、洞穴にほど近い小屋に連れ込まれた。

 ここまで来ると、確かに洞穴から悪臭が漂ってくるが、それをさらに気持ち悪くさせているのが、その小屋から漏れ出てくる香水の匂いだ。

 無理矢理悪臭を消そうとしているかのようだ。

 これほどの匂いがあるからだろう。洞穴や小屋の近くには、他の建物はない。

 ただ、小屋の前には10人ほどの男たちが並んで座っている。手には酒を持って、かなり酔った様子の奴もいる。


 小屋の土台は石造りで、周囲は板張りの壁だが、床と壁、それと壁と天井の間には隙間がある。

 中からは女性の叫び声と、くぐもったようなうめき声。それと、下卑た男たちの騒ぐ声が聞こえてくる。

 

 バシャアァ!

「きゃああああ!!」

 水を掛けられたのだろう。女の叫び声が聞こえる。床と壁の間から水が流れ出てくる。

 胸くその悪い予感を覚えつつ、俺は小屋に近づく。

 そして、壁に取り付くと、天井との間の隙間から中を覗いた。

 小屋の中の灯りによって、その惨状をはっきり見る事が出来た。


 小屋の中には3人の女がいて、皆裸で、2人はテーブルに手足を縛られうつぶせに寝かせられていて、その背後に男が立ち、一方的に腰を打ち付けている。

 今し方、小屋に連れてこられた女も、水を浴びせられた後、空いているテーブルに、今固定されるところだった。

 

 こいつらは、人質の女性を強姦しているのだ。外に並んでいる奴らは順番待ちって事か・・・・・・。

 俺の中に、抑えきれない怒りが沸き起こる。今すぐこいつらを全員殺してやりたいと思った。

 こんな事は許されない。なんて卑劣で下劣な奴らだ?!こんな奴らが生きていて良いはずがない。

 

 怒りにまかせて、剣を抜きそうになったが、ふと仲間たちの顔が俺の脳裏に浮かんで、冷静になる事が出来た。


 俺は気付かれないように、小屋を離れて、アールが待っているところに戻った。

 頭の芯は冷えたが、怒りは堪えられない。そんな俺の様子に、アールが不安そうな表情をするので、フードの中のアールの頬を撫でてやる。


 俺が怒るべきは何だろうか?無論海賊たちの行為は許せない。

 だが、別の視点で捉えると、奴らは政府の命令で海賊行為、略奪行為をやっているのだ。


 その点で言えば、軍隊と全く同じだ。

 グラーダ闘神王は、その世界会議戦争で、一切の略奪行為を行わなかった。民衆を苦しめるような事はしなかった。

 これは素晴らしい事だが、普通の軍隊は違う。

 戦争すれば、近隣の村や町は襲うし、焼き払う。無意味な虐殺もすれば、略奪や強姦もする。

 兵士にしても、将軍にしてもそこに旨味を感じるのである。

 未だに国内での戦争を繰り広げている国はいくつもあるが、やはりその惨状は、耳にしても胸くそが悪い。


 グラーダ闘神王は、略奪をする必要が全く無い状況を作っておいての遠征だった。だから、グラーダ軍は略奪した歴史がなくて済んでいる。

 

 俺が怒るべきは、この状況を作っている制度にある気がする。海賊を公認する制度をやめられない、アインザークとグレンネックの愚かな行為をこそ、改めなければいけないんだと思う。


 だけど、それは一冒険者の身には過ぎているし、今がその時ではない。

 俺はこれから、海賊たちの命を奪う。

 無論怒りもあるが、それによって殺すのではない。生きるために戦うし、殺した命は、非道な奴だとしても、一つの命を奪った事を自覚していかなければいけない。

 俺からすれば、海賊は許せない奴らだが、海賊からすれば、俺は秩序の破壊者になるわけだ。

 それをわきまえた上で、俺は命を奪う戦いに望まなければいけない。

 「正義は我に有り」とは、到底言えないし、言ってはいけない。



「アール。これから、出来るだけ静かにこの小屋の海賊たちを殲滅する」

 俺が声を掛けると、アールは頷く。

「海賊は敵だ。殺さずに済むならそれでもいいが、無理はするな。奴らは殺しても良い」

 そう言うと、アールは眉を寄せて、自分の中の矛盾と戦う。

「人質は助けなきゃいけない。人質は仲間だ。仲間を守るために、敵と戦う。だから、敵を・・・・・・殺すんだ」

 この言葉が辛い。

 俺がやっている事は、正に洗脳の上書きでしかない。

 額から汗を垂らして、必死に自己矛盾と戦うアールを見ているのが辛い。

「出来ないなら、無理するな。俺がやるから、サポートしてくれ」

 こう言ったら、アールに答えは1つしか無いのも分かっていた。俺は最低だ。

「出来ます。兄様を守るために、戦います」

「ありがとう」

 いつか、この行為の代償を支払おう。だから、今は騙されてくれ。

「アールは小屋の中を。俺は小屋の外をやる」

 それだけ言うと、俺たちは闇に紛れて、音もなく動く。

 小屋の中からは、絶えずくぐもった声や叫び声が聞こえるし、男たちが大騒ぎしている声も聞こえる。

 外で並んでいる奴らも、口々に何か話しては笑っている。

 

 アールが屋根と壁の隙間から、小屋の中に飛び込んだタイミングで、俺は、外の連中に襲いかかる。

「な!」

「んが!?」

「て!」

 外の男たちが発する事が出来たのは、それだけだった。

 同時に、投げナイフを投擲して、未だに異変に気付いていなかった洞穴の見張りの男2人ののどを切り裂く。

 そして、すぐに俺は小屋に飛び込む。


 中には、首を一突きされた男たちが5人倒れていた。皆一突きで倒されている。

 裸の女性たちが「きゃああああああ!」と悲鳴を上げていたが、元々叫んでいたので、それは問題ないはずだ。

 俺はテーブルにうつぶせに寝かせられたままの女性たちに声を掛ける。

「助けに来ました。この機を逃すと、多分他に助けは来ないでしょう。一緒に逃げますか?」

 逃げたくないなら、このまま放置するしかない。

 現状、彼女たちには2つの選択肢がある。

 逃げるとなると命がけだ。今日にでも命を失う可能性がある。

 逃げないと、この先いつまでになるか分からないが、こうして陵辱されたり、不衛生な場所に監禁されて過ごす事となるが、今すぐ死ぬかも知れないと言うわけでは無い。

 俺の言葉に、青ざめた女性たちは口を押さえて何度も頷く。

「では、他の人質も解放しなければいけません。案内頼めますか?」

 俺がそう言うと、女性たちは恐怖に震える。ダメか・・・・・・。

 だが、あきらめかけた時、1人の女性が頷いた。

「わ、私が案内します」

 俺たちが来た時に、小屋に連れ込まれた女性だ。

「分かりました。お願いします」


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