血海航路  海賊の島 2

「うう。み、水」

 しばらくして、アールが苦しそうに言う。意識は戻らず、相変わらずうなされている。

 今度は熱が上がって酷く汗をかいている。

「海水を大量に飲んだからな・・・・・・」

 俺は水筒を出す。

「ん?これ・・・・・・」

 俺は驚いた。この水筒は、ハイエルフから貰った水筒だ。確かミルとランダに渡したはずだが・・・・・・。

 考えてから気付いた。

 ミルはハイエルフだから、水を飲む必要は無い。だから、枯れない水筒は不要だったのだ。だから、あいつは俺のウエストポーチにこっそり入れておいたんだな。

 しかし、いつの間に?

 エルフの大森林を出てからの旅で、俺は何度も水筒をウエストポーチから出したけど、これまではいつもの俺の水筒だったはずだ。

 疑問は残ったが、有り難い。

 この水筒から溢れる水は、簡単な怪我や病気は治してしまう効果があるらしい。

 俺が高山病にかかった時も、この水のおかげで症状が軽減された。

 あの時は、たしかランダが水筒から水を飲ませてくれたっけ。

 ・・・・・・そうか、ランダか。

 あいつ、別行動するからって、俺に水筒を寄越したな。ランダのやりそうな事だ。

「助かった、ランダ」

 俺は離れた仲間に感謝して水筒のフタを開ける。

「アール。水だ。飲めるか?」

 俺はアールの口に水筒を当てるが、アールは水を飲まずにこぼしてしまう。

 こうなっては仕方が無い。これは救命行為だから勘弁してくれ。

 俺は自分で水を口に含むと、アールに口移しで水を飲ませる。

 何口か飲むと、アールの呼吸が浅くなる。少し楽になったようだ。

 俺も水を飲みつつ、ポーチに入っているパンとハムを食べる。

 このウエストポーチは、月視の背嚢同様、水に落ちても中の物は濡れない。食料の保存もある程度利くので、フルーツとかも入っている。さすがに生肉は入ってないが。

 後はロングソード3本と、剣鉈や短剣、投げナイフ。

 極み付きは、考古学者道具セットが入っている。

 まあ、今のところ冒険には役に立っていないが、あると心が癒やされる。


 腹が満たされたところで、俺も急速に眠くなる。

「アール。俺は消えないからな。お前も消えるなよ」

 そう呟いて、目を閉じた。




◇    ◇




「何故ですか?!」

 怒りの声を上げているのはリラだ。

「何故と言われても、この海域にいるのはまずいですからなぁ」

 ポー船長が頬を掻く。

「ここでぐずぐずしていたら、また海賊に見つかっちまう。そうなったら、この船の鈍足じゃ逃げられないんですよ」

 ポー船長の説明にも、リラは頭を振る。

「でも、カ・・・・・・アランとアールを探さないと!!」

 海に落ちたカシムとアールの行方は分からない。

「気持ちは分かりますがね、普通に考えたら、あの波じゃ助からんでしょう」

 ポー船長は客観的な意見を述べる。


 船乗りたちは、例え海賊だとしても、海に落ちたら救出するのが習いらしく、船を失って波にもまれる海賊たちを、可能な範囲で救出していた。

 当然、それに優先してカシムとアールの行方を捜していた。

 しかし、2人の姿は見つからなかった。

 海賊たちを捕縛した後、アホアザラシ号は、急いで進路を北に取り、シレス島の近くから遠ざかる。

 リラは、必死になってずっと空から捜索していたが、海上では自分の位置は船を基準でしか測れない。

 だから、知らず知らずのうちに北に進んでいた事に気付いたのだ。

 その時には、かなりの距離を進んでいた。

「船長は2人を探してくれるって言ったじゃないですか!」

 そう言う約束で船を進めていた。

「勿論探していましたよ。島から離れながらですがね。操船の人数を削って、目を皿のようにして探しましたよ。でもね。私どもも商売だし、手下共の命も預かっている。だから、こうした決断もね、時には必要なんですよ」

 ポー船長は、真剣な表情でリラに訴える。

 彼らからすれば、これは正論である。

 だが、今のリラには正論など必要ではなかった。


「ねえ。お兄ちゃんどうしたの?」

 船室でファーンとエレナの世話をしていたミルが、デッキでの騒動を聞きつけて上がってきた。

 リラはミルに掛ける言葉が見つからない。


 あの時、自分があの貴族を優先していなければ。

 あの時、自分が無理をしてでもみんなまとめて引き上げていたら。

 あの時、もっと早く自分が気付いて、アールが落ちるのを止められていたら。

 あの時、精霊魔法を出し惜しみせずに、海賊たちを全力でたたき伏せていれば。

 

 リラの怒りは船長に対する怒りではなかった。自分に対する、強い怒りだった。

 涙が溢れる。

「リラ?大丈夫?」

 このハイエルフの優しい気遣いが、今は苦しい。

「ご、ごめんね、ミル。私、失敗しちゃった・・・・・・」

 リラは涙を流してうな垂れる。

「リラ。・・・・・・大丈夫だよ。失敗してもやり直せるんでしょ?」

 ミルは、うな垂れるリラの頭を撫でながら言う。

「お兄ちゃんに何かあったんだよね?でも、大丈夫だからさ」

 リラはミルが羨ましい。どうしてこうも単純にカシムの事を信じていられるのか?不安は無いのか?

 だが、頭を撫でるミルの手は震えている。

 不安がないはずがない。それでもこの小さな少女は、頑なにカシムを信じ抜こうとしているのだ。

「ミルは強いね」

 リラは微笑む。

「つっよいよ~~~」

 ミルも二カッと笑う。


「ポー船長。船を戻してください」

 再びリラがポー船長に向き直って言い放つ。

「い、いや。だからそれは出来ないですよ」

 困った様にポー船長が唸る。

「それなら分かりました。どうぞご自由にしてください」

 そう言うと、リラはふわりと浮き上がり、メインマストの見張り台に行く。

「ありゃ?」

 ポー船長が拍子抜けしたように呟くと、風が止んだ。

 嵐の後だけに、風はまだ強かったはずだ。だから順調に島から遠ざかっていた。

「お、おい。どうして風が止んだ?」

 ポー船長も、他の水夫たちも動揺する。

「風がなくてこの波じゃ、またどんどん島の方に流されて行っちまう!」

 水夫たちが動揺する。

「クソ!シーアンカー打て。帆はしっかり張っておけよ!」

 ポー船長は、出来るだけ流されないようにしつつ、風を待つ事しか出来ない。

「風が吹いていないはずはないんだ!」


 ミルはにっこり笑って、船室に戻る。

「じゃあ、そろそろ、ファーンにもエレナにも起きて貰わないとだね~」

 ミルはウエストポーチから水筒と、何やら黒い丸薬を取り出す。

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