血海航路  海賊の島 1

 気がつくと、俺はアールの体を掴んだまま、海岸に倒れていた。

 俺は咳き込んで海水を吐き出すと、アールを引きずって、波打ち際から砂浜に上がる。

 そして、アールの口元に頬を寄せて、呼吸を確かめる。

「良かった。息はある」

 安堵して、俺はようやく周囲を確認する。


 運が良い事に、俺たちは狭い砂浜に流れ着いたようだ。

 砂浜の周囲は岩だらけの海岸なので、波にもまれて岩に打ち付けられていたら、どうなっていたか分からない。

 

 まだ太陽の位置が低いので、海に落ちてからそれほど時間は経っていないだろう。


「さて、このままじゃヤバいな」

 俺は呟くと、アールを抱きかかえて、砂浜から上がり、木立の中にアールを寝かせる。

 そして、嵐のせいで葉が付いたまま折れて落ちている木を拾い、砂浜に戻ると、アールを引きずった跡と、俺の足跡を消す。

 ここは多分海賊の島のどれかだろう。砂浜に足跡が残っていてはまずいからな。痕跡は消さないといけない。



 島は木々が多く茂っていて、丘のような盛り上がりがある。

 木立の中から海岸線を見たが、形の特徴までは掴めない。ただ、それほど大きな島ではなさそうなので、シレス本島ではないようだ。

 ここからは他の島が見えない事から察すると、シレス島の島々の中の、最北の島、さらにその島の北端に流れ着いたのだろう。

 海図を思い出すと、確か「リャンバ島」だったか。歪な楕円形の島だ。


 ここも海賊のテリトリーだな。

 そうなると油断は出来ない。

 

 アールの元に戻ると、アールの顔色が悪い。

 体がすっかり冷えきっている。

「まずいな。低体温症を起こしたら危険だ」

 低体温症になると、最悪、30分で死に至る場合もある。

 寒い土地ではなくても、濡れた綿の服など着ていると、あっという間に体温を奪われてしまう。

「まずは避難するシェルターを探さなきゃいけないな」

 海賊に見つからないためにも、急いで隠れられる場所を探す必要がある。

 アールの体を抱きかかえて、俺は木々の中を歩き出す。



 少し進むと、急な登りとなり、ちょうど良いほらあなを見つける。穴の入り口は狭いが、奥は多少広がっている。

 奥行きは2メートルも無いが、2人で体を休めるなら文句ない。

 俺はアールを穴に押し込めると、嵐のために落ちている葉の付いた木を集める。

 それで入り口を塞いでカモフラージュしながら、俺も穴に潜り込んだ。


 低体温症を起こしかけているのだから、濡れた服を脱がさなければならない。

「・・・・・・じゃ、じゃあ。アール。悪いけど、服を脱がせるからな」

 気を失ったままのアールに声を掛けると、尚も躊躇しつつも、震える手で服を脱がしていく。

 目をつぶると脱がせないので、どうしても見えてしまう。

 上着を脱がせると、マントが勝手にブローチに戻ってしまった。

「そ、そうか。脱がせたらマントは展開できないのか」

 俺は自分のマントを掛けて、アールの上半身を隠す。小さく細身な体なのに、胸は確かな膨らみがあった。見たのは一瞬だ。すまない、アール。

 ミルやコッコだとちっともドキドキしないが、アールになるとこうも緊張するとは。我ながら情けない。

 次はズボンだ。確か、下着はマントと同じ素材なはずだから、脱がせる必要は無いな。せめてそれが救いだ。

 靴を脱がせてから、ベルトをほどき、ズボンを脱がせる。

「うわっ・・・・・・」

 どうやって収納しているのか、ズボンの中には沢山の武器がしまわれていた。

「そう言えば、最初の時にもリラさんたち呆れていたよな・・・・・・」

 折りたたみ式の薙刀。2本の直剣。かぎ爪。などなど。

 それに驚いて、アールの下着は目に入らなかった。俺のマントが勝手に動いてアールの体を隠してしまった。

「良かったような・・・・・・残念なような・・・・・・」

 思わずそう呟いた瞬間、マントがもそもそとご開帳しそうになる。

「うそうそ!今の無し!!」

 慌ててマントの形を意識して、アールの体を覆ったままにする。


 次に、俺は自分の胸当てや装備を外していく。

 マントを着けたままでも装備を外せるので楽ちんだ。

 マントの上からずぼっと手を突っ込んで、手探りで留め具を外し、ズルッと、マントから引き抜く。

 マントが「粒子」とかになるらしく、任意ですり抜ける事が出来る。


 

 装備を外すと、ブローチはそのままに上着を脱ぐ。

 そして、アールと体を密着させて体温を伝え、アールの体を温める。

 火は焚けないが、このマントの保温性能のおかげで、すぐに暖かくなる。俺もアールも足先まで完全にマントに覆われていて、まるで蓑虫の様になっている。

 アールの体温も戻っていくのが感じられる。

 血は流れていないが、眉間には傷がある。

「かわいそうにな」

 ウエストポーチから軟膏を出して、傷口に塗ってやる。

「うう・・・・・・」

 アールが呻く。意識が戻ったのか?

「に、兄様。行かないで・・・・・・。消えないで・・・・・・」

 うわごとのように呟く。

 俺の胸が痛む。アールはこんなにも必死だ。いもしない兄を俺だと思い込んで。

 しかも俺に会った事で、今度は俺がいなくなる恐怖を与えてしまった。

 今の状態は、本当にアールにとって幸せと言えるのか?

 もっと俺に出来る事はないのか?

 そう思わざるを得ない。

「俺はここにいる。ずっと一緒だ、アール」

 せめて、そう言う事しか、今は出来そうに無い。

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