血海航路  嵐 4

「すごいね。大したものだ」

 ポー船長が手を叩き、水夫たちが歓声を上げる。

「まだ後1隻来る。こっちは飛び移るのは間に合わない」

 俺が指摘したように、すでにアホアザラシ号の舷側に並行して海賊船が走っている。そして、スパイク付きの板を次々渡しかけて乗り込んでくるところだった。

「分かってる。野郎共!やっちまえ!!」

 ポー船長の言葉に、水夫たちが叫ぶ。

 水夫たちも迎撃態勢が整っている。

「これなら行けるな」

 俺はその様子に、余裕が持てた。

「ミルは船室に戻ってろ。後は俺たちでやる」

「う、うん。わかった」

 ミルの表情は引きつって青ざめている。

 人間相手の殺し合いなんて、初めて見るのだろう。

 またミルに怖い思いをさせてしまったな。これはまたしばらく甘えさせてやらないといけないな。

 船室に戻っていくミルを見送ってから、乗り移ってくる海賊の方を向く。

 他の2隻の惨状を見て、やや腰が引けているが、それでも略奪者の常として、自分たちは奪う側だと信じているようだ。

 なら、その考えを正してやるだけだ。

 

 そして、俺が再び剣を抜こうとしたその時だ。

「ひいいいい!か、海賊!?海賊だ!」

 あのグレンネックの貴族が、何を思ったのかデッキにフラフラ現れて、海賊を見てパニックを起こす。

「またあの野郎か!!」

 ポー船長が怒鳴る。

「た、助けろ!ワシを助けるのだ!金ならやるから助けろぉぉ!!」

 大波で揺れるデッキを、パニックになった貴族が走り出す。

「危ない!アール!そいつを止めろ!!」

 俺の指示に、アールが走り、貴族を後ろから取り押さえようとした。

 その時、船腹から大波を受けて、船が大きく揺れる。その拍子に貴族がバランスを崩し、貴族の後頭部が、真後ろにいたアールの眉間に激突する。

 ゴツッと、かなりの衝撃音が俺の耳にまで届いた。

「アール!!」

 俺は叫び駆け寄る。

 だが、貴族はパニックになり、後頭部の衝撃を海賊の攻撃と思ったのか、無我夢中で後ろのアールにしがみついた。

 

 そして、その拍子に、アール諸共、船縁を越えて、荒れ狂う海に落ちて行った。

「アール!!」

 俺は即座に海に飛び込んだ。多分、アールは意識を失っている。でなければ、あんな貴族につかまれるはずは無い。

「カシム君!!」

 リラさんが俺の本名を叫ぶのが聞こえた。

 その時には、俺は海に頭から突っ込んでいるところだった。




 アールの落ちた場所は分かっている。

 俺は必死に水中を泳ぐ。フルプレートで泳ぐ練習もしてきたが、こんなにうねる水中を泳いだ事は無い。

 流されそうになるが、暗い海の中に、沈みかけているアールを見つける。

 あろう事か、あの貴族が、アールを浮き代わりに沈めて、水面に顔を出している。

 怒りが湧いたが、それよりも救助が先だ。


 俺は貴族の背後に浮かび上がると同時に貴族の首を締め上げて、即座に気絶させる。

 ここで貴族が暴れて俺にしがみついたりしたら、俺までおぼれてしまうからだ。

 その後、アールと、貴族の顔を水面に浮かばせる。

 アールには、マントのフードを被せる。こうしておけば、少なくともしばらくは、水中でも呼吸は出来る。

「リラさーん!!」

 俺が声を上げると、マントを翼のように広げたリラさんが、すぐに船から飛び立ってやってくる。

「カシム君!大丈夫ですか?」

 答えるほどの余裕は無い。

「リラさん。まずはこの人を」

 俺は貴族の救助をリラさんに頼む。

「そ、そんな」

 言いかけたリラさんを、俺が遮る。

「お、俺たちは・・・・・・冒険者だ!人を助けるのが、第一だ!」

 俺の言葉に、リラさんが頷く。

 リラさんが風を巻き上げながら、男の手を引いて、アホアザラシ号に飛んで行くのを見送った。

 その瞬間、俺とアールを大波が襲う。マントのフードをかぶるのが精一杯だった。

 俺は、アールと一緒に波に飲まれて沈んでいった。



◇     ◇



「いない!いない!!」

 リラは風に乗って空を飛び、カシムとアールを探すが、その姿はどこにも見えない。

 

 カシムに託された貴族を救出して、アホアザラシ号に戻ったわずかな間に、カシムたちは、海上のどこにも見えなくなっていた。

 波は相変わらず荒れ狂っていたが、水平線上には朝日が昇り始めている。

 リラを絶望が襲う。それと同時に、抑えきれない怒りが沸き起こる。

「なんで?なんで邪魔するの?!カシム君を返して!カシム君を返してよ!!」

 リラが空中で叫ぶ。

 リラの周囲で突風が吹き荒れる。


 アホアザラシ号に乗り込んでいた海賊たちも、必死に戦っていた水夫たちも一様に空を見上げる。


 黒い竜巻が稲光を放ちながら、突如として空に出現する。

 周囲に雷が降り注ぐ。

 誰もが武器を手放してデッキに倒れ伏す。

「許さない!許さないから!!」

 リラが目に涙を浮かべて手を振り下ろす。


 黒い竜巻は、一本の槍と化して海賊船に突き刺さる。

 海賊船は槍に貫かれたまま、空高く巻き上げられ、空中で雷を孕んで炸裂した。

 

 誰もがその光景に、なすすべも無く口を開いて見上げている中、リラは翼のようなマントを広げて、ゆっくりとメインマストに降り立つ。

「海賊たち!今すぐ降伏しなさい!」


 もはや海賊は完全に戦意喪失していた。

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