血海航路  嵐 2

 激しい風は、明け方近くまで続いた。

 まだ周囲が暗い内に、アホアザラシ号は最低限の帆を張る。

 波はまだ高く、荒くうねっている。だが、風の勢いが納まった。

 シーアンカーを引き上げる力を利用して、商船は最初の行き足をつける。

 だが、その時にはもう遅かった。

「船長!左舷後方から海賊船!!3隻!!」

 中型の海賊船が快速を飛ばして、島の方から迫ってくる。

 まだ暗い中だが、波間に黒い影が見え隠れしている。

「クソ!やっぱり見られていやがった!!」

 ポー船長は毒づく。

「野郎共!戦闘準備だ!」

 それから近くの水夫を捕まえて命令する。

「冒険者様方にお越しいただけ!!」

「へい!」

 水夫は慌てて船内に駆け込み、階段を駆け下りていった。




◇    ◇




 ようやく風は止んだものの、まだ船の揺れは激しい。

 俺はウトウトした程度で、しっかりは眠れなかった。

 ファーンとエレナは、逆に気を失ったかのように深い眠りに落ちている。

 眠れなかったのは、リラさんも同様だ。

 ミルとアールだけは普通に眠っている。

「嵐は過ぎましたか?」

 リラさんがさすがに酔った様で、青白い顔で尋ねる。

「波は高いですが、風は収まってきましたね」

 俺は答える。しかし、どうも上が騒がしい。

 ドンドンドン。

 強めのノックがされる。

「どうした?」

 俺は立ち上がりながら声を掛ける。

 何だか体が揺れているようで、まっすぐ立つのに努力が必要だった。

「すみません!海賊共がやって来てます!」

 ドアの外からの声に、俺たちは驚く。この波でも、海賊は来るのか?!

「分かった!すぐ行く!」

 俺は答える。

「リラさん、行けますか?」

「はい。デッキに出た方が気分も良くなりますから」

 風に当たった方が良いのは確かだな。

「ミル、アール。起きろ」

 俺は2人を起こす。そして、準備をしてからすぐにデッキに上がる。

 

 船尾の操舵輪の後ろにポー船長が立っている。

「状況は?」

 俺が尋ねると、ポー船長は厳しい表情を浮かべる。

「海賊が3隻。こっちは速度が出ないから、時期に追いつかれちまいます。この船だけ島側に流されちまったんで、多分他の船はもうとっくにとんずらしてるでしょう」

 くそ。護衛船無しか。

「リラさん。船尾に『エアリクロス』をお願いします」

 リラさんは頷くと、風の防御魔法、エアリクロスを船尾に展開する。

「距離、先頭の海賊船、200メートル」

 見張りからの声が届く。


「ちょうど良い!」

 俺はそれを聞くと、仲間たちに作戦を告げる。

「出来ますか?」

 俺はリラさんに尋ねる。

「それなら何とか出来ると思います」

「ミル、アールも出来るか?」

 俺の問いに、2人とも胸の竜を模したブローチを撫でて頷く。

「船長。マストをつなぐロープ、一本切らせて貰います」

 俺はそれだけ言うと、確認も取らずにメインマストに向かう。アールとミルも俺についてメインマストに行き、スルスルと網はしごを伝って登っていく。

 そして、帆桁に立ち、メインマストと船尾側のマストをつないでいるロープを一本切断する。

「行くぞ!!」

 そう言うと、俺は勢いを付けて、ロープにしがみつきながら飛び降りる。ミルとアールもロープにつかまっている。

 振り子の様に俺たちは船尾に向かって突き進む。

 そして、浮き上がったタイミングで、一斉に手を離し、宙に放り出される。

 高く上がったところで、俺たちはマントを展開する。

 ドラゴンドロップで作って貰った魔法道具のマントだ。それを羽の形に固定化する。俺はただの三角で、アールはやや丸味を帯びた翼膜の様。

 ミルは蝶のような羽で、フェアリーみたいになっている。

 とはいえ、それで飛べる訳では無い。このままでは荒れ狂う海に落ちるだけだ。

 だが、そこへ下からの風。複雑な風の動きが俺たちをそれぞれ吹き上げて、200メートル先の海賊船のデッキに降ろしてくれる。

 最後の数メートルは落下だった。


 もちろんこれはリラさんの精霊魔法だ。マントの助けと、コントロールに集中する事で、3人を送り出してくれた。

 ぶっつけ本番で、マントの形も違えば、それによって必要な風の量や角度が違ったはずなのに、大した精度だ。

 ただ、その間は、呼吸がしにくくなったけどな。

 リラさんの飛行能力は、自分が飛ぶ場合は、今のところ、他に1人だけしか一緒に連れては飛ベないそうだ。


「さて。海賊退治だ」

 俺はデッキに降り立つと、マントの固定化を解いて、剣を抜く。

「アール。手加減は必要ない。デッキの上の海賊を殲滅する。ミルは援護だけだ。いいな!」

 ミルにまで人殺しはさせたくはない。

「了解!!」

 いつもより緊張した様子で、ミルが答える。アールは無言で頷く。

 心配するな。基本的には俺が奴らを倒すさ。


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