血海航路  アール海 4

 現在の海戦は、正面に魔法防御を張り、正面から魔法を打ち合う。その後接近して矢を射かけて、衝突、あるいは接舷せつげんして海兵たちが斬り込む戦いである。

 戦船や海賊船の船首には、突撃用の太い木の杭が取り付けられていて、更にスパイク突きの板を渡して、敵船に乗り移る。

 海賊船は、商船を沈めては商売にならないので、船を制圧するが、護衛船は海賊船を沈めてしまえば良いのだから、船首の下に衝角という、船体に穴を開ける事を目的とした兵器が搭載されている。


 そんな訳で、船の戦いは、船首と船首を向けて戦い、いかに相手の横っ腹に船首を向けるのかが重要となってくる。


「あいにくと、ウチの船には、魔法使いは乗ってませんから、船首に魔法防御はありません。攻撃されたらひとたまりもない!」

 ポー船長が叫ぶ。

「アラン殿!何とかなりませんか?」

 俺はリラさんを見ると、自信なさげに頷く。

「魔法防御は専門じゃ無いけど、出来る限りは」

 とだけ、リラさんの代わりに答えておく。


 5隻の護衛船と、2隻の海賊船の戦いが、俺たちの左舷側100メートルの距離で始まった。

「取り舵!進路を北に向ける!横帆、畳め!!」

 ポー船長が船の針路を変える。戦闘をしている護衛船と海賊船の背後を通過して、北に進む。北西から迫る3隻の海賊船の姿は見えない。

 警鐘を鳴らす。鳴らすリズムが、船乗り同士のサインになっているようだ。

 俺には、その内容は分からないが、護衛船が1隻進路を変えて、アホアザラシ号の方に来る。

 他の商船も、一列になって付いてくる。

『ダメだよ!右から2隻!距離、100メートル!!』

 瓶からミルの声がする。右は濃霧だ。まるで何も見えない。

 俺はリラさんを伴って、すぐに船尾に走る。ポー船長と右舷を見ると、濃い霧の中から、間を空けて併走する海賊船が船首をこちらに向けて出現した。

 向こうも、こちらの位置は把握していなかったようで、慌てている様子が見える。

 このままでは横っ腹に海賊船が衝突して、転覆させられてしまう。

 

「ポー船長!俺の指示で!!」

 とっさに俺が叫ぶ。

「船首の帆、風を入れろ、船尾の帆、風を流せ!!」

 ポー船長が俺の指示に、一瞬眉をしかめたが、すぐに号令する。

「リラさん!!」

 俺は指の動きだけで意図を伝える。

「分かりました!エリューネ、お願い!!」

 リラさんは手を優雅に回転させると、渦巻くような風が起こる。

 船首には左舷からの風、船尾には右舷からの風が強く吹く。

「舵、面舵!!」

 風を感じて、ポー船長がすぐさまそうしゆに指示を飛ばす。

 すると、アホアザラシ号は、その場で旋回する。

 海賊船に対して、横腹では無く、船首を向ける事に成功する。

「横帆開け!!」

 俺の声だけで水夫たちが素早く横帆を広げる。

 アホアザラシ号は、間を詰めながら併走する海賊船の間に入る。すれ違う形になるが、この瞬間に恐らく海賊船は船を体当たりさせて、商船を挟み込んで動きを止めて、こっちに乗り移ってくる気だろう。

 舷側に出していた櫂を船内に収納して、戦闘準備に入るのが見えた。

 そうはさせない。

 横帆がしっかり開いたのを確認すると、すぐにリラさんを振り向く。

 リラさんが頷くと、アホアザラシ号の船尾から強風が吹き付ける。アホアザラシ号が一気に加速する。速度としては、大した事は無いが、想定外の急加速に、海賊たちも対応できず、スパイク付きの板を渡そうとしたが、海に落としてしまう。

 

 しかし、海賊船の帆桁ほげたの上にいた海賊たちは、ロープを使って乗り移ってくる構えを見せている。

「ひゃあああああああ!!!」

 何人かが歓喜の叫びを上げながら、アホアザラシ号に飛び移ってくる。

「アール!この船の人たちは味方だ!海賊たちは敵だ!味方を守れ!!」

 俺はアールに指示を出す。

 本当は、アールにはもう、人間とは戦って欲しくない。誰も殺しては欲しくない。しかし、相手は海賊だ。捕まれば縛り首、断首が決定している重犯罪者である。やらねばやられるし、仕方が無い。

 水夫たちも武器を手に海賊と戦う。


 俺は、2隻の海賊船とすれ違いざまに、竜牙剣を投擲する。

 狙いは敵船の操舵輪そうだりん

 右舷の海賊船の操舵輪を破壊し、戻ってきた竜牙剣を、すぐさま船首まで走って追いかけ、もう一度投擲する。

 2投目の竜牙剣は、左舷の海賊船の操舵輪を破壊した後、回転しながら上昇して、弧を描きながら返ってくる。

 その途中で、海賊船の帆や、帆をつなぐロープをいくつも切断してくる。

 慌てて櫂を舷側から出して動かすが、しばらくは細かい動きは出来ないだろう。


 乗り込んで来た海賊はわずかに5人。

 あっという間に、アールによって打ち倒される。息はあるが、気を失っている。

 

「よおし!このまま濃霧に突入する!!」

 アホアザラシ号は、進路を北にとり、濃い霧の中に入っていった。




「いやいや。さすがは冒険者様たちですな。助かりました」

 一先ずの危機を脱した後、ポー船長が手を叩く。


 俺たちの商船は一塊になり、はぐれないように気を付けながら、濃い霧の中を進んでいた。

 残念ながら、護衛船は1隻だけで、他の4隻とははぐれてしまった。

「いや。船の構造とかを船長に聞いていたおかげです」

 俺が肩をすくめる。

「あの風。そちらのお嬢さんの魔法ですな。実に見事だった」

「いえ・・・・・・」

 リラさんは、控えめにそう呟く。

「ところで、今の進路は?」

 俺が尋ねる。

「風が変わってきました。今は西に進んでいます」

 そう言えば、しめった風を感じる。

「船長室に」


 ポー船長が勧めるので、俺たちは揃って船長室に入る。

「お待ちを」

 船長はそう言うと、机の上に、海図を載せる。

「今我々は、恐らくこの辺りにいます。これから、南西に向かいます」

 海図を指し示しながら、船長が言う。

「船長。しかし、これだと、シレス島に近づく事になりますが?」

 海賊が根城にしている島である。みすみす敵の手の中に入る事になる。

「そうです。・・・・・・が、どうやら、間もなく海が荒れそうでしてな。島の近くの方がしのぎやすい。無論近づきすぎれば、しようはおろか、海賊にも見つかりますからな」

「嵐ですか?」

 俺の質問に、ポー船長が表情を曇らせる。

「参りましたよ」

 これはかなりのになりそうだ。

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