血海航路 アール海 3
航海5日目。
アール海をシレス島大回りで北側を回っている。
風は北西からの風なので、逆風である。
その為、一番前のマストの横に広げた四角い帆は畳み、縦に張った帆で風を受けて、風に切り上がりながら進んでいる。
縦に貼った帆で、斜めに風を受ける事で、ある程度は逆風にも進む事が出来るが、単純に帆の数が減っている事もあるため船足は遅い。
護衛の船は、帆も張ってあるが、「ガレー船」と言って、船体の側面から、無数の
波が高いと使えないが、今のように弱風で、波も静かな時には、帆で進むよりも遥かに早いし、小回りもきく。
一方商船は、より多く荷物を積むため、櫂のスペースや、それを漕ぐ人員を削減するために、帆のみが船を動かす動力となっている。
今、商船は人が小走りする程度の速さしか出ていない。
「アラン殿はご存じか?」
ポー船長が俺に語りかけてくる。
俺は、ポー船長と一緒に船首にいる。
「この海域一帯を『
「血海航路?」
俺が尋ねる。
「そうです。この海域に入れば、海賊たちの縄張りです。ここであまたの船が海賊たちに襲われておるのですよ。かつては海軍も出撃したものの、海賊との海戦で勝つ事もあったが、結局は敗北したそうです。それ以来、海賊と手を組む事にしたのですなぁ」
「なんの解決にもなっていないな」
俺は呆れる。
「その通り。出来れば、この海域も、かの闘神王に支配して貰いたいものです」
グラーダ三世には考えがあって、この航路には手を出していないのだろうが、商人には政治的な事など意味が無い。安全に積み荷を運んで、利益を得たい。ただそれだけだ。
それに、人質になった人の事を思えば、海賊は殲滅すべき対象なのだと思う。
「多くの血がこの海に流れています。それ故に『血海航路』と我々は呼んでいます」
俺は頷く。
「後ですな。海賊たちには、どうも魔神が付いているようだ。憶測では無く、確定事項としてです」
魔界の神共、魔神か。これは厄介だ。
「一番良いのは、出くわさない事ですな」
俺はポー船長の言葉に頷く。
エレナは、3日目に空を飛んで、回復したものの、今はまたグッタリしている。ファーンは完全に寝込んでいる。
夕刻になったので、今は全員が船室に入り、窓も木のシャッターを下ろして、灯りも消している。代わりにリラさんの暗視魔法を使って貰って、不自由なく互いの顔を見ながら話している。
そこへ、ノックがある。
「ちょっと、すいやせん。アランの旦那とエルフのお嬢ちゃんに用があるって、船長が呼んでるんでさ」
小声で囁く声がする。俺が、船室のドアを開けると、緊張した様子の水夫が立っていた。
「船首で待ってます」
「分かった。すぐ行く」
俺は一度ドアを閉めると、すぐにミルに声を掛ける。
「ミル、いいな」
ミルはすぐに立ち上がる。
「みんなも戦闘準備して待機だ。ファーンは寝ていろ。エレナはもしかしたら出番があるかも知れない。キツいだろうが、寝たまま待機だ」
そう指示すると、すぐに静かに船室を出た。
階段を上がると、ムワッと濃い霧に包まれる。
そのまま、船首に向かう途中で、一度霧が薄くなった。かなり濃淡の入り交じった霧の中に入ってしまったようだ。
「ポー船長?」
俺が、望遠鏡を覗くポー船長の隣に立って声を掛けると、静かな声で答える。
「当直の見張りが、霧の中に船影を見たらしいんですよ」
そして、見た方向に指を指すが、暗いのと、霧とで何も見えない。
「エルフのお嬢さんなら目が良さそうだから見て貰おうかと思ってねぇ」
船乗りもかなり目が良いが、ハイエルフのそれと比べると、さすがに比較にはならない。無論、ミルがハイエルフだと言う事は話していない。
「ミル、頼む」
そう言うと、ミルが俺に
「行ってくる」
そう言うと、ミルは安全索も付けずに、スルスルとメインマストを登り、見張り台に入る。いや、入ったはずだ。霧が掛かってマストの上の方は見えない。
俺は瓶を耳に当てて、ミルの声がするのを待つ。
少ししたら、ミルからの声が掛かる。
『いたよ。船が斜め右に400メートル。多分3隻。それとね、後ろの方からも2隻来てる。距離は500メートル』
俺は即座にミルからの伝言をポー船長に伝える。
「見つかってるな!くそっ!野郎共、戦闘準備だ!!警鐘を鳴らせ!!」
ポー船長は矢継ぎ早に部下たちに指示を出す。
他の商船も、護衛船も慌ただしく動き始める。
「下手回しで、南東周りに迂回する!取り舵、いっぱい!!」
風上を押さえられたのだから、逃げの一手しかないわけだ。しかし、他の商船が付いてこれるか?
「ただいま、お兄ちゃん!!」
「ミル。よくやったな」
ミルがマストから降りて来たので、すぐに仲間たちを呼んで貰うように頼む。エレナはまだ呼ばない。
「
南東に船首を向けると、後ろからの追い風になるので、横帆も開く。アホアザラシ号に、他の商船も一列になって付いてくる。
護衛船は急速に右回りに旋回して、後方から迫ってきていた2隻の海賊船に向かって行く。
発見が早かったので、挟撃される形だったのが、各個撃破の形になった。
そこに仲間たちがやってくる。
「海賊?」
「そうです。戦いになるかも知れない」
リラさんに俺が答える。
「ミル。もう一度上に登って、状況をポー船長にも知らせてくれ」
「りょうか~い!!」
そう言うと、もう一つ瓶を取り出して、ポー船長に渡す。
「助かります。私は船尾に行って、この船を指揮しまさぁ」
そう言うと、ポー船長は周囲に指示を飛ばしながら、走って船尾に向かう。
俺は左舷を見る。
霧がやや薄くなり、俺の目にも敵の海賊船が見えるようになった。背後から近づいてきていた2隻の海賊船は、俺たちの左舷前方から進路を変えてこっちに向かってくる。
だが、俺たちと海賊船の間に割り込むようにして護衛船が海賊船に向かっている。
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