血海航路  アール海 2

「ピーちゃん?」

 俺は思わずそう言った。

「誰が『ピーちゃん』よ!」

 ヨロヨロしながらも、すぐさま文句を言う。

 しかし、エレナの獣化は、くちばしが曲がって、黄色と黄緑色の鮮やかな羽毛を持つインコのトリ獣人だった。

 トリ獣人になると、身長も縮み、腰の辺りから羽が生え、長い尾翼が伸び、足も鳥の様に変化する。そして、顔は完全に鳥の物になる。

「と、とにかく、まあつかまれ。デッキに行こう」

 とても1人では歩けそうもないので、肩を貸すと、すぐさま罵声が飛んでくる。

「そうやってあたしの体に触るのが目的だったのね!親切ぶった変態!」

 親切だとは思ってくれたんだなと、前向きに捕らえる事とする。

「いいから、とにかく外に出よう。そうしたら、空を飛べるぞ」

 尚も、何やらブツブツ文句を言っていたが、空を飛べる誘惑に勝てずに、俺に掴まりながら階段を上がってデッキに出た。



「これは、思ったよりも派手な色だ・・・・・・」

 ポー船長がポカンと口を開ける。

「・・・・・・とりあえず、空を飛ぶのは、今日だけにして貰いましょうか」

 海上でこんな色の鳥が飛んでいたら、すごく目立つもんな。海賊に、「ここに船がいますよ」って教えているようなものだ。

「飛べそうか?」

 俺がエレナに声をかけると、力なく頷く。

「落ちたら助けて・・・・・・」

 そこまでか。

「わかった。リラさんに見ていて貰うから、船の見える範囲で、出来るだけ低く飛ぶんだぞ」

 俺が言うと、頷いて、羽を広げる。

 それだけで、ふわりと浮かび、船から飛び立った。

「リラさーん。エレナが海に落ちないように見ていてください」

 俺が、マストの上の見張り台にいるリラさんに声を掛ける。

「分かりました!!」

 すぐに返事があった。これで大丈夫だ。

 よし。じゃあ、また剣の修行だ。


 エレナは、しばらくはフラフラ飛んでいたが、徐々にまっすぐ飛べるようになる。

 あのうるさい貴族様も、あれから姿を一度も見ていない。ポー船長によれば、ファーン同様、船酔いに苦しんでいるようだ。

 時々喚いているのは聞こえるので、生きてはいるらしい。




  ◇      ◇

 



 初日の世界会議の後、グラーダ三世にあてがわれた質素な部屋に、トリスタン連邦の首相ルーファ・ゴトランが訪れる。

 ゴトラン首相は、グラーダ三世が使用する部屋が、一般兵の寝床と変わらないのに驚く。

「俺は贅沢をしたいわけでは無いからな」

 驚く様子に、グラーダ三世が答える。

「それで、トリスタン連邦の事情とやらを教えてもらえるかな?」

 質素なイスを指し示されて、ゴトラン首相が腰を下ろす。

「はあ。ご存じのように、我らトリスタン連邦は、未だに統一された歴史が無く、連邦も形ばかりのもので、私には何の実権もありません。それ故に、軍の供出は不可能ではありますが、現在は更に、困難な状況に陥っております」

 グラーダ三世は黙って先を促す。トリスタン連邦にも、グラーダ国の大使は派遣しているのだが、このような事情から、情報が伝わってこないし、大使としても、情報を集めようがないのだ。

「トリスタン連邦には、先頃より、モンスターの出現率も高くなっているようなのです。どうやら、これは他国にも言える事のようですが、今回他国の話を聞いても、やはり様子が違う」

「違うとは?」

「ロード種の出現頻度が、どうも高いようです。もっとも、各国が対応して、情報を秘しているので、正確な数など知りようも無いのですが」

「トリスタンの戦士は強いから、対処できているのだろうな」

 グラーダ三世の言葉に、一先ずゴトラン首相は頷く。


 そして、額の汗を拭きながら、少しためらった後で、更なる情報を提示する。

「・・・・・・それと、今年に入ってから、どうも緑竜の様子がおかしいのです」

 その言葉に、グラーダ三世が目を剥く。

「創世竜の緑竜か?!」

 緑竜は、トリスタン連邦の北東側にある、無国地帯の山脈に棲んでいて、これまでは特に人間と関わる事も、姿を見せる事も無かった。それ故に、近くに棲んでいても誰も気にも留めなかったのだ。

 だが、今、このタイミングで緑竜の様子に変かがあるとは、どういう事か?

「先頃は、急に現れてゲネイット国の町をいくつも滅ぼしました。こんな事が昨年より続いているのです。緑竜の棲む山から、炎が吹き上がる事も度々で、一部の山は形を変えてしまっております」

「それは誠か?」

 さすがのグラーダ三世も、表情を強ばらせる。

「私も緑竜が飛ぶのを見ました。無論生まれて初めて目にしました」

 緑竜が人に目撃される事すら、ほとんど無いのだ。これはただ事では無い。

「そうなると、我が軍がトリスタン連邦に赴くわけにはいかんな・・・・・・」

 創世竜と遭遇しては、グラーダ軍だとて、壊滅必至である。

「左様でございましょう・・・・・・」

 グラーダ三世は、しばし黙考すると、扉に向かって声を掛ける。

「キース!」

 すると、ノックが有り、親衛隊長であるキース・ペンダートンが赤い鎧に身を包んで入室してくる。

「は!ここに」

 入室すると、片膝を付く。

「う・・・・・・む。お前の弟だがな」

「は?オグマでしょうか?」

「い、いや、もう1人のだ・・・・・・」

 グラーダ三世が苦々しげに言う。

 だが、反対にキースは晴れやかな表情を浮かべる。

「はい。カシムですね?」

「そうだ。その、カシムはまだアインザーク王城にいるのか?」

 グラーダ三世の問いに、キースは首を振る。

「いえ。とうに出発しております。行き先もわかりませんな。マイネーならばあるいは何か知っているかもしれませんが?」

「いや、いい。下がれ」

 グラーダ三世はキースを下がらせた。

『忌々しい・・・・・・』

 グラーダ三世は思う。

 創世竜に関しては、もはやカシムに頼るより外ないのだ。それが忌々しい。

「・・・・・・ゴトラン首相。一先ず貴国の事情は承知した。兵の供出に関しては、後に考えるが、会議には今後も参加していただきたい」

「は。それはもちろん」

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