血海航路  アール海 1

 アール海は、大きなお椀のような形で大陸にえぐれ込んできている。アール海の西にグレンネック国、東にアインザーク国があり、南の最奥にはグラーダ国を有している。

 南の沿岸は、遠浅と、大暗礁地帯で、グラーダ三世が海路を切り開くまでは、大型の船の航行は不可能だった。

 

 アール海入り口となる大陸北西から、黒潮が入り込み、沿岸と、大暗礁地帯を抜けて、東の沿岸に沿って北上し、大陸北東を抜けていく。

 その為、大陸沿岸は潮が流れ、アール海の遠海に出ると、複雑な潮の流れと、静かな海とが季節や時間によって出現する。

 アール海の中央当たりにはシレス島があり、その周囲を大小の島が囲んでいる。

 シレス島の南にはカロヴィス諸島という、無数の島が長く伸びた地帯がある。

 

 潮の流れから言っても、グレンネックからアインザークに行く船はシレス島の南側を回る。

 アインザークからグレンネックに行くには島の北側を回る航路を取る事が多い。

 

 かつてはカロヴィス諸島には沢山の海賊が住処を作っていたが、今はグラーダ三世によって、完全に壊滅させられている。

 だが、カロヴィス諸島より北にあるシレス島付近には海賊が沢山いて、アインザークの船を襲う海賊と、グレンネックの船を襲う海賊とが共存している。

 どちらも、両国からの支援を受けた私掠船なのだ。つまり、国と契約した商売としての海賊である。

 海賊にしてみれば、どちらの船を襲うグループに入るかは、役割でしかない。

 だから、同じ地域に共存できる。

 無論海賊同士の諍いはあるが、それはこの役割とは関係のない事である。

 

 


◇     ◇




「うええええ~~~。ぎぼじわるい~~~・・・・・・」

「だ、だずげで~~~」

 大型商船の船室で、バケツを抱えて寝台に潜り込んでいるのは、ファーンとエレナだ。

 

 船旅が始まって3日になるが、俺は特に船酔いせずに、快適に過ごしていた。

 風も適度に吹いていて、天候も良い。


 リラさんは、マストの上が気に入ったようで、許可を得て良く登っている。見張りの水夫も、美人が隣にいるのだから、それは嬉しそうだし、運が良いと、歌も間近で聴く事が出来る。

 ミルは、船の手伝いを楽しんでやっている。今はデッキ磨きだ。

 アールは俺の側を離れない。たまに船室の2人の様子を見に行って貰っている。

 

 俺は、ポー船長が暇なときに海図を見せて貰ったり、船の話を聞いたりしている。

 また、天測を行う時とかには、水夫たちと一緒に、自前の天測器で天測を行うが、陸の人間よりも、海の人間の方が、天測は遥かに正確だと思い知らされた。

 

 なんと言っても、海は広いし、目印とかある訳ではない。だから、自分が今、海のどこにいるのかを正確に把握していないと、旅など出来ないのだ。


 それ以外の時は、船首で剣を振るっている。

「なかなかやりますな、アラン殿。本当に船は初めてで?」

 ポー船長が口笛を吹く。『アラン』は俺の偽名だ。

 俺の名前は知られているようなので、偽名を使っている。

 追跡者や、ルドラの件もあるので、あまり行き先を知られない方が良いだろうからな。

 他のメンバーは名前で呼んでも大丈夫だろうと、そのままだ。

「はい」

 俺は答える。少なくとも、外海に出た事などない。

「この揺れの中で、体の軸がぶれていない。足の指先にも神経が行き渡っているし、鍛えられている」

 ポー船長の言うように、波が高い外海では、絶えず船がかなり揺れる。前後左右に、一定のリズムなどではなく、予測も付かないような揺れもある。

 そんな中で、ぶれずに剣を振るのは難しい。だが、だからこそ鍛え甲斐がある。

 一振りごとに、全身の神経を集中して振る。

 沢山ロープがあろうが、人が近くにいようが、船がどれほど揺れようが、全く問題にならないくらい、没入して剣を振った。


 竜牙剣は、以前のトビトカゲよりも軽い。しかし、中心はずっしりとした心強い重さがあるように思う。

 軽いのに、遠心力を切っ先に伝えるような重さだ。

 俺は、竜牙剣を海に向かって投擲する。

 投げた手応えも良く、狙ったところに向かってまっすぐ飛ぶ。そして、回転したり、直線だったり、カーブを描いて戻ってくる。

 戻って来るパターンも、トビトカゲと同じなので、狙い通りの軌跡を描かせる事が出来る。

「変わった剣ですな。なかなか面白い物を見せて貰いました。・・・・・・が、海水は塩を含んでいますから、あまり投げすぎると、海水を浴びて錆びますぞ?」

 ポー船長が笑いながら言う。

「心配無用です。こいつは錆びないように出来てます」

 俺の言葉に、ポー船長が頷く。

「魔剣ですからな。それも納得だ」 

「それより、提案なのですが、ウチの連れ、トリ獣人なのですが、空を飛ばせても良いですか?」

 船室で酔って寝ているより、空でも飛んだ方が気分も良くなるのではと思ったのだ。

「ふむ。まあ、ここならまだ構いませんが、出来るだけ低く飛ぶようにしてもらえると有り難い」

 俺は頷いて、さっそくエレナのところに向かった。



「エレナ?大丈夫か?」

 俺が声をかけると、グッタリしたエレナが、力なく俺を見る。

「どうかな。空でも飛んだら、少しは気分が楽になるんじゃないか?」

 俺が言うと、目に殺意が籠もる。

「そうやって獣化させて、お尻を見ようって魂胆でしょ・・・・・・。この変態」

 グッタリしてても悪態はつけるんだよな。

 エレナ以上にグッタリしているファーンの額を冷やしてあげているアールは、エレナの言葉にムッとする。が、気にしていても仕方がない。

「破けない下着があるだろ?後は、最初から獣化してたら、羽毛で何も見えないんだから問題ないだろうが」

「・・・・・・これだからデリカシーのない男は嫌いです。獣化するなら着替えますから出て行ってください」

 俺が出て行くと、室内からはしばらくゴソゴソする音が聞こえる。アールに着替えを手伝って貰っているようだ。

 その内、ピキピキ音がして、船室のドアが開かれる。

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