血海航路  世界会議 6

「次が第四層だ。

 ここは再び知性を失い、形もおぞましく変化する。様々な生き物が混ざったような、不気味で不快な姿をした、おぞましくも残虐な魔物になる。

 ただ食らうのでは無く、より残酷に、苦痛を長く味あわせて楽しむ様になる。

 大きさも、2メートルから30メートル程になる。

 先頃、緊急クエストの際に、迷宮から溢れ出た魔物のほとんどが、この第四階層の魔物だ。

 無論、冒険者たちと、グラーダ軍によって、完全に全滅させたので、その点は安心して欲しい」

 そう言われても、参加者たちのほとんどは不安そうな表情をしている。


「第五階層。

 体の大きさは、20メートルから、数百メートル。

 諸君らが知る、『魔王エギュシストラ』は、実は魔王でも何でも無い。先頃出現した巨大な魔物も、魔王では無い。小さ過ぎる。故に、奴らは第五階層の雑魚である」

 グラーダ三世の断言に、再び会場中がザワザワするが、今度は静まるまで待たない。

「第五階層になると、知性が戻り、服を着る魔物も少なくないが、断っておくが、第五階層には魔王はいないらしい。

 そして、第六階層からが、魔王がいる。

 大きさはもはや分からん。数キロにもおよぶ巨体だとか、もっと大きいとか。

 そいつらは、エレス全土を消し去る事は簡単だそうだ。

 そんな魔王が数百万はいるのではと言われている」

 頭を抱えている人が増えてきた。


「いよいよ第七階層だな。

 もはや説明もいるまい。ここの魔王たちこそが、最も恐るべき存在である。たった一人が地上に出現しただけで、『惑星』はおろか、『恒星系』まで滅ぼす事が出来るらしい。

 そして、第七階層は、もしかしたら宇宙と同じ程の広がりがあるのかも知れぬ。

 そんな恐ろしい魔王たちが何十万とひしめいているそうだからな・・・・・・。

 これで、地獄の恐ろしさの規模が多少は理解してもらえたかな?」

 その言葉は、全員を戦慄させた。

 最初に聞いた宇宙の話によって、第七階層の魔王の破壊力がイメージできたからである。


「はっきり言おう。冒険者や、地上人が戦って、何とか勝てるのは、第五階層の魔物までだ。それも大量には相手に出来ない。

 私でも、おそらくは第六階層の雑魚までならば、一体を相手に出来るかどうかだ。

 創世竜でさえ、第六階層の魔王には一柱だけでは太刀打ちできないだろう。

 つまり、我々は第六階層の魔王が出現した時点で、勝ち目が無くなると思って貰いたい。

 だが、今度の聖魔大戦では、最悪だと、第七階層までの穴が出来る可能性があるのだ」

 それは、すでに絶望でしか無い。


「そ、それでは、この世はもうすぐ終わると言うのですか?」

 誰かが叫ぶ。

「いや!そうはならん!そうはさせん!!」

 グラーダ三世が力強く答える。

「我がグラーダは、聖魔大戦を防ぐ鍵も、勝利する鍵も手にしている。それ故に、最悪の事態までは行かせぬ!そして、諸君らも知るように、最後の鍵こそが、『竜騎士』である」

「竜騎士!?」

「あれもまた、グラーダ国だな」

 とたんに訝しげな表情を浮かべる者たちが出てくる。

「別に誰がなっても構わん。ただし、竜騎士と認めるのは創世竜だ。彼らの考えや評価基準は私にも分からん。かと言って、直接聞きに行く事など出来る者でも無い」

 グラーダ三世は、心底不快気な表情を浮かべる。何故カシムは承認されているというのか?!

 グラーダ三世が一番知りたい謎だった。


「・・・・・・あの。地獄勢力がそこまで強力なのだったら、私どもが何かしても意味ないのではありませんか?」

 再びザラ国の大臣が挙手して質問する。

「ふむ。そう思われるのも無理も無い。だが、ちゃんと意味はある。ただし、その為には、各国の軍が、統一した指揮の下に戦う必要がある。今は明かせぬが、その為の作戦もある」

 

 グラーダ三世が会場を見回して告げた。

「そこで、大合同軍事演習を行う。

 時期や規模は、今後の会議で決めていくが、場所はグレンネックをお借りしたい。

 世界各国からの軍を集めての演習だ。広い平地を持つグレンネックがふさわしいかと思うが、いかがかな?」

 グラーダ三世に言われ、グレンネック国王は自尊心をくすぐられて、満足そうに頷く。

「ふむ。確かに我が国が最適だな」

「結構。では、詳細な場所についても後の会議で決めよう。よろしいかな?」

「ちょっと待ってくれ!!」

 議長の指名を待たずに立ち上がり叫んだのは、トリスタン連邦の首相だった。

「我が国は、連邦とはいえ、領土内に多くの小国がひしめいていて、未だに連邦領内で国土を巡って戦争が絶えない。

 今日の国境が、明日には変わっている、今日の国王が、明日には変わっている事など珍しくも何でも無い。それなのに、まとまった軍など供出する事は不可能だ!!」

 血を吐くような叫びだった。「連邦首相」と言いながら、彼には何の実権も無いのだ。

 グラーダ三世はそれを聞いて頷く。


「そうだ。私もそれを懸念していた。グラーダ条約では内政不干渉だ。領土を越えない内戦に関してはグラーダ国は干渉しない。この場合、連邦領全土を1つの領土としてしまっているからな。

 同じ事は、バルタ共和国にも、アスパニエサー連合国にもウィンダム国にも言えるな」

 どの国も、常に分裂の危機を孕んでいる。


「その事だが、我が獣人国は・・・・・・」

 挙手、指名されて、マイネーが言いかけたところ、隣の母親であるノイン族長がマイネーの脇を肘でつつく。

「『アスパニエサー連合国』だ」

 マイネーは眉を寄せて「んだよ、めんどくせーなー」と呟いてから、顔を上げて発言を続ける。

「我がアスパニエサー連合国は、近いうちにアスパニエサー国として、統一する準備が出来ている。国の名前は言いやすく変えるかもだけどな」

 マイネーの言葉には、居並ぶ出席者はおろか、隣のノイン族長も驚く。

「お、おい馬鹿息子。そんな事言い切っちまって平気なのか?」

 満足そうに着席したマイネーがふんぞり返って笑う。

「任せとけ!仕込みは上々だ!」


「トリスタン連邦はどうかな?」

 グラーダ三世が顔を向けると、連邦首相の顔が青ざめる。

 かなり難しそうだ。

「我が国の介入を望まれますかな?」

 グラーダ三世は、静かに尋ねる。

 本当はそれでも良いと思っているのだろうが、首相は苦悩に顔を歪ませる。

「承知した。他にも事情がありそうだ。後でお聞かせ願いたい」

「は、はい。是非にでも」

 グラーダ三世は誠実な眼差しで頷く。

「軍の供出についても、今後の会議で協議していこう」

 

 するとまた手が上がる。

「冒頭でアインザーク国王がおっしゃられていたように、今はモンスターの出現が多くなっています。国民を守るために、軍での警備もあり、大規模な軍の供出は困難です」

 発言したのは、ダナ国の特使である。即座に、エパス国の特使も頷く。この両国は、かつて、国境線でもめた国とは思えない程、親密な関係が継続している。

「それについてだが、冒険者を積極的に頼ろうと思う」

 グラーダ三世が答える。

「具体的に言うと、ダンジョンでの換金品の買い取り価格を下げ、モンスター討伐の報奨金を上げれば良い」

「そ、そんな事・・・・・・。冒険者ギルドに国から要請するのですか?受け入れるはずが無い!」

 誰かが叫ぶ。

「いや。主な出資者は国だ。買い取り価格を調整し、モンスター討伐に掛ける懸賞金をつり上げる程度の工作は出来るだろう。そうすれば、勝手に冒険者たちの方でモンスター討伐を優先する様になる」

 当たり前の様にグラーダ三世が答える。そう言われると、簡単な事だ。

 だが、冒険者の優先順位としてはどうなのだろうかと、今ひとつスッキリしないところがある。

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