血海航路  世界会議 5

「発言者はおりますか?」

 オットー議長の言葉に、誰もが静まりかえる。

「では、グラーダ国王」

 再び指名されて、グラーダ三世が議題に上がる。


「では、講演を始めよう」

 グラーダ三世は、議題のテーブルに手を付く。

「諸君はこの世界をどこまで知っているか?

 まずエレスの大地があるこの世界は、球体だと言う事は、無論知っているな?それが、天空から我らを照らす太陽の周囲を回っているのも、これまた知っているだろう。

 だが、このエレスの大地から、太陽までの距離はどうか?その先の星々までの距離は?

 ・・・・・・分かるまい。実のところ、私も正確には知らん。だが、大体ならば、諸君らよりは知っている」

 唐突に始まった話に、参加者たちは訝しげな顔をする。それが聖魔大戦と何の関係があるのか?


「このエレスの球体世界を、『惑星』と言う。そして、光り輝く太陽や、夜空の星々を『恒星』と言う。

 仮にエレスの大地から、決して止まらぬ馬を走らせたとして、太陽に到着するまでには、何百年、何千年と時間が掛かる程の距離らしい。詳しくは知らん。


 『恒星』の周りには、いくつもの『惑星』がある。

 諸君らが知っている、一際輝き、不規則な運動を繰り返す星は、我らの太陽の周りを回る『惑星』だ。『金星』『火星』など12個あるな。

 『月』についてと、『不動星』についてはここでは省かせて貰う。別に天体の授業を聞きたいわけではなかろう。


 『太陽』の周りを回る『惑星』全てを合わせて『恒星系』と言う。

 このエレスの恒星系は『ソル恒星系』と呼ぶのが正しい。

 そして、空に瞬く星全てが『恒星系』なので、見えないが、それには途方もない数の星がある事になる。

 その途方もない数の恒星系が集まって出来るのが『銀河』だ。

 ここまで言えば分かるだろうが、『銀河系』が更に途方もない数集まって出来ているのが、『宇宙』である」


 グラーダ三世は、ここで言葉を句切ると、後ろの議事席の書記に、ペンを求める。

 書記からペンを受け取ると、議事テーブルにインクをひとしずくだけ垂らす。

「諸君らには、このインクの雫が見えるか?」

 参加者たちは次々立ち上がって、インクの雫を見ようとする。前列の方の参加者には、何とか見えたが、それより後ろの席の参加者には見えなかった。

「見えた者、見えなかった者いただろうが、インクの一滴はとても小さいな?」

 グラーダ三世が話を再開したので、参加者は着席する。


「先ほど私は、この世界全てを『宇宙』と表現した。宇宙はここで有り、世界の広がり全てである。その大きさは限りない。

だが、そんな言葉では、諸君らではイメージできまい。だからイメージできるよう例えよう。

 このラインガルデン市の城壁内が『宇宙』だとしよう。

 このテーブルのインク一滴が、我々の住むエレスの『惑星』だと考えればどうだろうか?」

 その例えに、会場全員がイメージできたようで、宇宙の広大さに驚く。

「どうだろうな・・・・・・。宇宙はもっと広い。ガイウスか?アインザークか?もしかしたら、エレス全土を『宇宙』と例えたら良いのかも知れない。それほどまでにも広いのだ」

「は、果ては無いのですか?」

 誰かが苦しげに呻く。だが、その答えはグラーダ三世にも分からない。

「知らぬ。

 私もその話を聞いた時に理解に苦しんだが、まあいい。

 聞いた通りの事を、そのまま話そう。

 どうも果てはあるらしい。ただ、見ようとしても、見るのが追いつかないほどの早さで、今も大きくなり続けているそうだ。それを聞いた時に私は恐ろしくなったものだ。ハッハッハッ」

 グラーダ三世の笑いに、会場の中の半数ほどが寒気を覚える。


「つまり、我々の住む、この世界、この『宇宙』は、果てが無いほどに広大なのだと言う事を知っていてもらえれば良い。

 ここまでで、何かあるかな?」


 グラーダ三世が会場を見回すと、怖ず怖ずと手が上がる。

「ザラ国大臣」

 議長の使命で、大臣が質問する。

「そ、その。恐縮ではありますが、グラーダ国王陛下は、一体どなたからそう言ったお話を聞かれたのですか?」

 当然の質問だが、質問者も、会場の参加者も唯一人の名前を思い浮かべていた。

「無論、賢聖リザリエに聞いた」

 会場の全員が納得する。

「だが、確かに私が聞いたのはリザリエにだが、この事をリザリエに教えたのは別の人物である」

 これには、会場中がざわつく。

「その人物は現在はエレスにはいない。私もよく分からぬが、いずれエレスに再臨するとの事だ。リザリエの知識の源泉は、その者からの教えだというのだから、途方も無い話でも信じるより外ないだろう」

 その言葉に更に会場がざわざわ騒がしくなる。

 会場が静かになるまで、グラーダ三世は、ただ待っていた。一気に話を進めては理解が追いつかないだろう。だから、間を取る。


 やや、経って、ようやく静かになると、グラーダ三世は再び口を開いた。

「その者は、地獄を最下層まで見てきた者である。それを元に、アヴドゥル博士は、『地獄見聞録』を書いた」

 再び会場が騒がしくなる。

 参加者たちの頭の中で、情報の処理が追いつかない。

「では、『宇宙』の話をした次は、地獄の話をしよう」

 グラーダ三世が話し出す。


「ここにいる以上、諸君らは聖魔大戦についての話が主となると考えて、当然地獄については勉強してきていると思うが、一応念のために、簡単に説明しよう。


 地獄は第一階層から第七階層まであり、階層が進むごとに深く、下層になっていき、そこに住む魔物が強力になっていく。

 そして、地獄の穴を通って、このエレスに度々出現している。

 弱い魔物ほど、地上に現れやすい事、強い魔物は、下層に引っ張られて落ちて行く事。

 ここまでは良いな?」

 基本知識である。

「では、具体的に、どこにどんな魔物がいるのかを説明しよう。

 まずは第一階層。

 ここには、意識も無い、魂だけの存在が漂っている。

 第二階層。

 この階層にいる者が、エレスに多く出現している魔物で、影のように潜み、人々に悪夢を見せたり、悪の道に誘う。魔物の囁きを聞き続けると、正気を失う。地獄教徒を作り出すのも、この魔物の囁きだ。

 ただ、その力は弱く、うちわで扇ぐ程度でも倒す事が出来る。

 第三階層に行くと、生物の形を取る。地獄の魔物たちは、常に互いを食らい合う存在だが、ここでは、多少なりとも集団を作ったり、家や、服を身につけたりもする程度の知性を取り戻す。

 だが、魔物である。地上に出て暴れたり、生者を呪って食らう者たちだ。先日アインザークに大量に出現したのは、ほとんどが、この第三層の魔物だ」

 ここで、再び会場がざわつく。具体的な話で、魔物の実体がイメージできてきたのかも知れない。

 だが、話はここから先が問題である。

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