血海航路  世界会議 3

 エレス大陸、東の大国アインザークの王都ガイウスで起こった、魔物襲来事件。

 魔物の殲滅と、地獄教の殲滅を終えた後も、様々な騒動が起こっていた。


 世界会議のために集まっていた各国の代表者、国王たちは、事件の責任をアインザーク国王に求め、非難を浴びせる。

 一方で、グラーダ国の軍がアインザークの王都を包囲している事も、グラーダ条約違反ではないかと、おおっぴらではないが口々に言い合っている。

 また、グラーダ軍が王都を包囲している状態にも危機感を覚える者が大勢いた。

 各国のトップを集結させて、一網打尽にする事が出来る好機なのだ。


「なんなのだ、あの狂王は!世界会議とかぬかしておきながら、結局武力で我らを脅そうと言う事ではないか?!」

「やはり平和的な会議などではない!グラーダ一強状態を維持するための謀略でしかない!」

「これは9月1日までに血の雨が降るに違いない・・・・・・」


「地獄教の役立たず共が。大した被害も出せずに殲滅されるとは・・・・・・。これでは何のために苦労して潜入させたのやら」

「しかし、アインザーク国王に対する、一定の非難を集める事は出来ましたぞ」

「だが、グラーダ軍が包囲している状況では、一定の非難程度では意味がないのだ!」

「であれば、一定以上の非難を集めるための手段を講じる必要がありますな」

 そんな事が囁かれている。一方で、そうした空気に嫌気がさしている者も、少なくは無い。



「くだらねぇ。実にくだらねぇ。そもそもグラーダ国王によって一度は世界制覇されてるんだ。今だってその気になればいつでも出来るだろう。あの国王は姑息な手を使うまでもなく、いつでもオレ様たちの命なんざ簡単にとれるんだ。なのに、わざわざ『会議を開きましょう』ってんだ。ごちゃごちゃ考えてないで、始まるまで待ってりゃ良いんだよ」

「政治の世界はそうは簡単に行かないのだよ」

「それがくだらねぇってんだ。やる事は決まってるんだから、その準備だけ進めときゃ良い。方法が分からなきゃ、グラーダ国王に尋ねりゃあ、多分喜んで教えてくれるぜ」

「あんたは単純で羨ましいねぇ・・・・・・。しかし、やる事とは?」

「だから、最初っからあいつは言ってるだろ?聖魔大戦の阻止、あるいは勝利だ。オレ様たちがあまりにもだらしねぇんで、しびれを切らして、尋ねられる前に教えてやろうって気になっただけだろ?」

「・・・・・・なるほど。確かにそうなんだろうねぇ」




 当のグラーダ三世はと言うと、自分から言い出した事なのだが、連日、アインザークから紹介される女性との時間を過ごしている。

 おびえる女性を目の前に、実に憮然とした様子で、苦虫を噛みつぶしながら、ただ時間が過ぎるのを待つような、闘神王にして、最大の失敗とも言える拷問のような期間であった。

 もちろん、より辛かったのは、女性の方だったのは言うまでも無い。


「ここまで酷い事になるとは思っても見なかった・・・・・・」

 珍しく、グラーダ三世が呟いたのを耳にしたオグマが、大喜びでキースに報告していた。




 もう一方、忍耐の時を過ごしていたのがアインザーク国王、リヒテンベルガー王だった。

 毎日のように、各国の代表者や王、そして、民衆から非難の言葉を浴びせられていた。

 だが、返答は決まっている。

「高度に政治的な事である。詳細は世界会議を持ってグラーダ国王から発表されるので、それまで、私からは何も話す事が出来ん。それでも説明を求めるならば、グラーダ国王に直接尋ねられると良い。幸い、グラーダ国王も、面会の時間はいつでも割くとおっしゃっている」

 そう言われて、グラーダ三世に面会を求める者は1人もいなかった。

 これも、グラーダ三世の思惑が外れたと言える。それ故、女性と過ごす時間だけはたっぷりとれたのだ。




 そして、特に変事の起こらぬまま、9月1日を迎える事となった。

 世界会議の開催である。


 前回の世界会議の議長は、無感情な男だったが、今度の議長はグレンネックから選出されている。

 名をヨーエン・オットー。

 自国では判事職に就いているそうだが、今回議長に選ばれて、大変に緊張している。そして、この男の名前は覚える必要がない。

 彼はこの議長を務めた事で燃え尽き、会議後は職を辞して、余生をのんびり過ごして終える。


 そのオットー議長の言葉で世界会議が始まった。

「こ、これより、世界会議を開催します」


 場所はアインザーク王城の「式典の間」。城の2階にある大広間である。

 冷たい大理石ではなく、木の床、木の壁で、調度も整った部屋には、いくつものテーブルとイスが並べられている。

 正面が演台。

 その背後に議長席。

 出席者と向かい合うように席が設けられているのが、グラーダ国王と、開催国であるアインザーク国王の座る席である。


 参加人数は100名ほど。各国2~3名の代表者で出席している。代表者の護衛も入室できていないし、エレス公用語はすでに浸透しているので、通訳も必要ない。

 席次は決められていて、最前列にグレンネックの国王と、宰相の姿があった。グレンネックの貴族は、カツラを着用するのが貴族間で流行しているので、派手な巻き毛のカツラに、大きな帽子をかぶっている。

 後列の出席者の邪魔になっているが、文句を言える国はいない。

 それを見咎めて、グラーダ三世が議長を睨む。

「ひぃ。グ、グレンネック国王。会議の場では帽子を脱いでください」

 議長は、自国の王に対して注意をせざるを得なかった。

「貴様、国王に対して無礼であるぞ!!」

 グレンネックの宰相が叫ぶ。グレンネックの国王も不快そうに鼻を鳴らす。

「俺も、宝冠すら身につけていないというのに」

 グラーダ三世がぼそりと呟く。

 グラーダ三世は、随従を伴わずに出席し、マントも、宝冠も身につけていない。

 そう言われては、グレンネック国王も帽子を脱がざるを得なくなる。

 議長が安堵に胸をなで下ろす。

「では、開会の挨拶を、アインザーク国王」

 議長に指名されて、リヒテンベルガー王が立ち上がり、演台に向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る