血海航路  世界会議 2

 この「アホアザラシ号」は、大型の帆船で、大量の荷物が積み込まれている。その荷物の中には、家畜も含まれていて、輸出用もあれば、依頼されたものもある。もちろん、航海中の食料として積み込まれた家畜もいる。

 だから、俺たちの馬も、荷室の家畜スペースに乗せられている。

 

 この船の他に、商船が4艘。

 そして、護衛の船が5艘の全部で9艘の船団となって、アール海を渡る事になる訳だ。

 


 俺たちが、船室でそれぞれに寝床を決めて落ち着いて出港を待っていると、階上から、甲高い男が喚き散らしている声が聞こえた。

「貴様、高い金を払って、こんな狭い部屋にワシを入れるというのか?!もっとまともな部屋はないのか!?」

 居丈高な様子である。

 ファーンがそっと船室のドアを開けると、更に声が響く。

「ワシを誰だと思っておるのだ?!グレンネック国がガウハッテン男爵の甥、ジジアジン・グラム・ガウハッテンなるぞ!!」

「い、いや。あいすみませんが、その船室はウチの船でも一番良い部屋なんです。船長室より遥かに立派なぐらいです」

 ポー船長の困った様な声も聞こえる。

「まるで豚小屋の様じゃないか!?まったく、なんでワシがこんな船に乗らなきゃならんのだ?」

「事情はお察ししますが、とりあえず、出港しますんで、船室にお入り願えませんか?」

 ポー船長がなだめようとする。

「貴様にワシの何が分かると言うんだ?!ワシは貴族だ!貴様らせんな船乗りとは住む世界が違うのだぞ!!」

「分かっております。分にそぐわぬ事を申し上げた無礼、平にご容赦ください」

 ポー船長は大人の対応を見せる。

「おい。これ良いのか?」

 ファーンが俺の方を向く。

「行ってくるか・・・・・・」

 俺が立ち上がって、ドアから出る。階段を上りかけると、階上でポー船長が俺に気付いて、ウインクをして見せたので、俺はその場で待機する。

 なるほど。グレンネック風の貴族服を着た若い男が、喚いている。

 痩せて青白い顔の男で、白いカツラに大きな帽子をかぶっている。腰には細い剣を携えているが、使えるのか?

「そもそも、これはアインザーク商船ではないか!?なぜグレンネック商船に乗れんのだ?!」

「いや。それはそちらの使者様の手配なさった事で、私には預かり知れぬ事。それこそ、無知なわたくしめにお教え願えると有り難いのですが・・・・・・」

 ポー船長が腰を低く問う。すると、男は急に口を閉じる。

「ふ、ふん。貴様ら如きが貴族の事情に首を突っ込むな!!」

 そう叫ぶと、船室のドアを勢いよく閉めた。


 それを見届けて、ポー船長は肩をすくめる。顎で合図するので、俺はポー船長とデッキに上がる。

「いやあ。お騒がせしちまいましたね」

「大丈夫ですか?」

 ポー船長はニヤリと笑う。

「まあ、良くある事なんでさ。事情は分からねぇですが、察しは付く。女か金か、政治工作の失敗で、慌てて本国へ逃げ帰るってところでしょう。ま、金払いは良かったんで、政治工作ってところだとは思いますがね」

「なるほど」

「ま、どっちの船だろうが、海賊に襲われる確率は変わらないんですがね」

「アインザーク商船はグレンネック側の海賊が襲うんだから、その後の待遇は違うんじゃないんですか?」

 海賊は、積載物を奪うだけではなく、人を攫う。実質それがメインの仕事と言える。

 そして、身分に合わせた身代金を要求する。

 女性などは悲惨である。命さえあれば良いので、よほどの身分の者じゃない限り、まず海賊たちにおもちゃにされてしまう。

 「男爵の甥」という、微妙な身分だと、どういう扱いになるか分かった物じゃ無い。

 だから、グレンネックの貴族なら、アインザーク商船に乗る方が安全なのではと思った。

「いや。こう言ったらなんですが、よほど良い海賊に攫われない限り、アインザーク側の海賊に売り飛ばされるだけで、結局は待遇は変わらんのですな。むしろ、買い取った金額分身代金に上書きされる」

 うーん。この私掠船制度はさっさとやめてしまえば良いのに。

 

 その後、出港するというので、俺は船室に戻り、聞いた話を仲間たちにした。

 皆、あきれ顔をしていた。 



 これから航海するアール海は、横を向いたグリフィンに例えられるエレスの世界地図で言うと、グリフィンの首と翼の間にあたる、内陸に大きく入り込んだ海である。

 このアール海の出口部分に、創世竜の海竜の領域が広がっている。

 かなり広大な領域で、その領域に船が侵入しようものなら、すぐに海竜に沈められてしまう、魔の海域である。

 その為に、大陸北側の海路は無い。


 更には、大陸の北側沿岸を流れる黒潮が、海流の領域があるせいで向きを変えて、アール海に流れ込んでいる。

 それ故に、海の恵みもアール海には豊富に溢れている。

 黒潮は大陸西側のグレンネックを通り、グラーダの沿海に広がる浅瀬地帯にぶつかり、弧を描いて大陸東側のアインザークを通過して、大陸北側に抜けていく。

 潮の流れは速くないが、そのせいで、アール海の中心部分は、東西の流れる方向が違う潮の影響を受けて、潮目が複雑になっている。

 この黒潮は、北からの冷たい流れが入り込み、グレンネック沿岸を通り、赤道近くの暖かいグラーダを経由する事で暖められ、暖かいまま東のアインザークに流れていく。

 その為、グレンネックは四季がはっきりしていて、季節ごとに様々な表情を見せる自然美しい国である。

 一方で、同じ緯度にありながら、アインザークは年中温暖な土地である。





 出港して、少し落ち着いたようなので、俺たちはデッキに上がる。リラさんとミルとエレナは長ズボンと肌の露出が少ない服に着替えてから上がってくる。

 リラさん、エレナ、アールは髪が長いので、まとめてお団子にしている。

 リラさんのいつもと違うヘアースタイルが新鮮だ。

「海だ~~~!!」

 またミルが嬉しそうに叫ぶ。

 アール海は美しい。不死海のどこか陰鬱とした暗く荒い海と違い、煌めくような青さが目にも眩しい。

 俺は隣に立つアールを見て笑う。

「アール。お前の名前は、この綺麗な海と一緒だよ」

 俺の言葉に、アールも俺を見て微笑む。

「兄様にそう言われると嬉しいです」

 しかし、ちょっと軽率な言葉だったかも知れない。

 多分、アールの本当の名前は別のものがあったに違いない。「闇の蝙蝠」に攫われた後で、勝手に付けられた名前なのだろう。だから、適当にアール海からとって付けられたのだろう。それを褒めても良かったのだろうか?

「・・・・・・アール。お前は何で俺を慕ってくれる?」

 つい尋ねてみた。洗脳のせいで、勝手に俺を兄と思い込んでいるだけなのだ。それで良いのだろうか?

「兄様は、私の生きる意味そのものです」

 まっすぐな目で俺を見つめる。

「ブッブ~~~!!ミルにとってもお兄ちゃんは生きる意味そのものなんだよ!!独り占めは良くないからね!!」

 ミルがアールと俺の間に割り込んでくる。

 俺とアールは、互いに顔を見合わせて笑った。


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