第十巻 血海航路

血海航路  世界会議 1

 8月31日。

 俺たちが港に行くと、乗船予定の船があった。

 水夫たちが忙しそうに荷物を載せている。

 商船だが、船乗りたちは、みな上半身は裸や、すり切れたようなシャツを着ている。ひげも伸ばし放題で、あまり衛生的ではない身なりである。

 粗野で粗暴な雰囲気が漂っている。


 その様子に、エレナとリラさんの顔がこわばる。

「私、船は乗った事がありません」

 リラさんが俺の後ろに隠れる。その後ろにエレナが隠れる。

 逆にファーンは落ち着いているし、ミルは嬉しそうだ。

「海だ~~~!!」

 ミルがはしゃぐのを余裕そうに眺めているが、実は俺も船旅は不安だ。

 黒竜島に渡る船は、波のない航路で、時間も数時間だった。

 だが、今度は最短でも7日はかかる。風によっては10日以上だし、アール海は潮の流れが強い所も有り、波は高い。

 時期的に、嵐は無いとは思うが、海の天候は変わりやすいから何とも言えない。

 

 それ故に、俺は船酔いを心配している。

 そんな条件の海で、船に乗った経験が無いのだ。

 話に聞く船酔いは、それは大変な物らしい。だから、少し尻込みしている。平気な人は平気らしい。

 俺は高山病にもかかってしまった事があったので、不安なのだ。

「だ、大丈夫ですよ。とりあえず、行ってみましょう」

 俺はそう言って、商船に向かう。


「やあやあ。冒険者様ですね。歓迎致します」

 船乗り場で出迎えたのは、身なりの良い中年の男だった。

 鍛えられた体と、鋭い眼光を持っている。

「俺は、この船、アホアザラシ号の船長、ポー・ダイロンです」

「アホアザラシ号?!」

 なんて名前の船だ。

「なぁに。俺は所謂いわゆる雇われ船長でしてね。気にくわない雇い主の船に、嫌がらせでアホな名前を付けただけですよ。それに、アホアザラシは、簡単に狩れるから、船乗りたちにとっては有り難い海獣なのでしてね」

 なるほど。船乗りの流儀か。

「とにかく、よろしく頼みます」

 俺が言うと、船長は、船長帽を脱いでお辞儀する。

「それはこちらの台詞ですな」

 そう言って、俺たちを船内に案内する。

「実のところ、冒険者様に乗って貰って、大変心強い状況でしてな」

 ポー船長は、甲板を歩きながら、部下に指示を飛ばす。

「荷積み、急げよ!デッキ!もっとしっかり磨け!」

 船長も、船員たちも、大声で怒鳴ったりしているので、リラさんとエレナが、ずっとビクビクしている。

「例の『世界会議』。あれのせいで、普段なら我々アインザーク商船には、アインザーク海軍が護衛で付いてくれるんですが、皆他国の貴族や王共の護衛に回っちまって、俺たち商船には回せないとくる。しかし、物資は必要だから、貿易を止めるわけにも行かない」

 なるほど。確かにブラウハーフェン市の港には、船が沢山出入りしていた。商船は他の市の港を使えって、司書様も言っていたしな。

「だから、俺たちは、護衛船を雇って航海しなけりゃならなくなったって訳ですが・・・・・・。護衛船は、はっきり言って当てにならんのです」

「と、言うと?」

 ポー船長は、船尾部分にある部屋に入る。そこから階段を下っていく。

 意外にも、内装は曲線を主体としたアインザーク風の装飾がされていて綺麗だ。

「護衛船は、傭兵ですからねぇ。ヤバくなったら逃げちまうんでさ。だから、この船に冒険者様が乗ってくれりゃあ、心強いかぎりです」

 傭兵ってのは昔からそうだ。だから、「傭兵に頼る国は滅ぶ」なんて言葉がある。

「大体、この船。大型商船だから、速度ははっきり言ってどん亀なんで、海賊に狙われたら逃げ切れねぇ。そんなわけで、日没と共に、船内も消灯させてもらいます。さ、ここが皆さんのお部屋です。小汚こきたねぇ部屋ですが、我慢してください」

 そう言って、ポー船長がドアを開けた部屋の中は、確かに狭いが、2段ベッドは、ゆったり足を伸ばして寝れそうで、片側の壁に2つずつあるので、8人分ある。テーブルも備え付けられている。同じく、備え付けの荷物棚は、戸に鍵も掛けられるようになっていて、6人ならスペースはゆとりがある。

 丸窓が1つあって、板戸を下ろせるようになっている。日中の採光は問題無さそうだ。ランプも備え付けの物だ。

 風呂は無いが、トイレはある。

 体はタオルを濡らして拭く感じになるのかな。そう思っていたら、ポー船長が付け加える。

「ご婦人方が多いので教えておきますが、風呂は用意しています。ただし、利用は2日に1回だけで勘弁してください」

 そう言って指し示したのが、向かいの部屋だった。

「ありがとう。充分綺麗じゃないですか」

 俺が礼を言うと、ポー船長がうやうやしげに頭を下げる。


「もうすぐ出港ですが、ちょいと忠告・・・・・・というか、お願いがございます」

 ポー船長が、仲間たちをジロジロ見て眉をしかめる。

「お嬢様たちは大変お綺麗でいらっしゃる。だけど、その御(お)髪(ぐし)はデッキに出るときはまとめておいて下さい」

「髪?」

「ええ。ご覧になったように、帆船ってのはロープがところかしこに張り巡らされているし、しょっちゅう動く。風になびいた美しいぐしが、ロープに絡んだら一大事です」

 俺たちは頷く。

「なるほど。俺たちは船は素人です。他に注意する事はありますか?」

 俺が素直に尋ねると、ポー船長が少し驚いたような表情をする。

「どうかしましたか?」

「あ。いや、失礼。冒険者様にしては、随分と謙虚でいらっしゃると思ってねぇ」

 言われて俺は肩をすくめる。

「そう言ってもらえるのは嬉しいけど、冒険者は口は悪くても大抵はいい人たちだと思うよ」

 少なくとも、俺はそう思う。

「ですかね」

 ポー船長が笑う。

「まあ、良いでしょ。それなら、忠告をいくつかさせていただきましょう。まずはお嬢さん方。何度も言うようですが、本当にお綺麗な方ばかりだ。それは心の底からそう思います。それだけに、我が船に乗っていただけた事は望外の極みです」

 道化のようなポーズを取りつつも、目は真剣だ。

「ただ、そのお召し物は、どうか着替えてください。まず、船員たちにとっては刺激的すぎる」

 リラさんとエレナを見ている。

「この船に乗ってるような奴らは、みんな無学ですねに傷あるようなやつらです。おかじゃまともに生きていけない様な奴らです。だから、俺がお客様に対して無礼な言動はやめるようにいくら言っても、それすら覚えられない、愚かなならず者なんです。万一にも無礼があっちゃいけないんで、協力してください」

「なるほど。もっともです。みんなも分かったか?」

 仲間たちが頷く。

「結構です。あとは、非常時には俺の命令に従っていただきます。特に嵐の時はね。デッキに上がらず寝台にしがみついていて下さい。気持ち悪くなったら、手首の血管を親指で押してみると良いですよ。ま、気分の問題ですがね」

 おお。それは良い事を聞いた。例え気分の問題だろうが、少しでも楽になるなら良い。

「そんなところですかね。逆に聞きたい事はありますか?この後はしばらくお相手できませんから」

 個人的には、船の事とか、海図の事とか聞いてみたい。船での測量もしてみたい。

「デッキには出てもいいんですか?」

 リラさんが尋ねる。風の精霊使いだもんな。風を感じたいだろう。

「もちろん構いませんよ」

「じゃあ、剣の練習とかしても構わないですか?」

 俺も尋ねてみる。今は少しでも剣を振っておきたい。

 新しい竜牙剣りゆうがけんを使いたい。

「・・・・・・そりゃあ、ロープを切らなきゃ構いませんよ。ただ、ちゃんと振れりゃあ良いんですがねぇ」

 ポー船長がニヤリと笑った。

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