魔都ガイウス  ルドラ 5

 俺は右手で剣を構えつつ、左手で、マントのカフスに手をやる。


 素早く振り返りざま、マントを脱ぎ捨て、真後ろの男にマントを投げかける。マントを頭からかぶった男に、俺は剣を突き込む。

「クソッ!これでもダメか!?」

 ダメージは与えたが、手応えは浅い。男は素早く被せられたマントをはぎ取る。肩口に傷を負っているが、戦えないほどのダメージでは無い。

 その間に、俺は背中を切りつけられる。

「ぐわっ!!」

 俺も身を躱したので、傷は浅い。だが、体勢は崩れる。

「うごっ?!」

 下から腹を殴られる。

 またしても、ウシャスの棒が見えない。俺は地面に這いつくばると、最初の男が落とした鎌が目の前にあったので、左手で掴むと、地面を這いながら、必死になって、剣と鎌を振る。

 囲みの隙間を見つけて、回転して距離を取って立ち上がる。

 ダメージと疲れで、息が上がる。

「誰か!手を貸してくれ!!」

 叫ぶが、周囲には誰もいない。主戦場が城から離れて行ってるようだ。

 俺はジリジリ下がりながら、背後に狭い路地があるのを確認し、路地に逃げ込む。男たちが追いかけて来るが、振り返らずに全力で走った。

 しかし、すぐに俺の前に、ウシャスが現れる。路地を先回りされてしまった。

「挟まれた・・・・・・」

 こうなっては逃げられない。ここで戦うより仕方が無い。

「さて、出来るかな・・・・・・」

 今までは出来なかった事だが、今、この場所なら出来るかも知れない。

 俺を挟むようにそびえる建物の壁。前も、後ろも敵がいる。

 ウシャスの攻撃は、さっぱり何をされているのか分からない。ならば、せめて反応できる4人をまず減らしたい。

 俺は足に力を込める。


「圧蹴!!」

 気合いを込めて、地面を蹴り、俺は横に飛び上がる。

 2歩目を壁に。跳躍して、更に3歩目も反対の壁に、4歩目ももう一度反対の壁に飛んでから、5歩目で敵に斬りかかる。 さすがにこの立体の動きには男たちも反応できずに、俺は1人を切り倒す事に成功する。着地は失敗して地面に転がるが、すぐに立ち上がると、再び足に力を込める。

 敵が混乱している内に、再びの圧蹴!

 今度は2歩しか発動できなかったが、もう1人、敵を倒す。

 

 だが、二度の同じ攻撃に、敵も対応してきて、着地の瞬間に攻撃され、左の掌を刺突武器で突き刺される。俺は鎌を落としてしまう。更に、膝の裏を蹴られて、俺は地に膝を付く。

「ま、まずい」

 敵の攻撃が俺の首を、胸を狙って飛んでくる。

 後ろからの攻撃は剣を挟み込んで、何とか首を守る。胸を狙う突きは負傷した左手で、相手の武器を持つ手を押さえて、辛うじて止める。

 止まった瞬間に俺は斜め前方に転がって逃げる。

 そこに、ウシャスの攻撃だ。頭をひねるが、こめかみを強打されてしまう。

「うああ!!」

 頭を押さえて地面を転がる。

 だが、見えた。わかった。ウシャスの攻撃が。


 俺が頭を押さえながら立ち上がると、ウシャスが嬉しそうに笑う。

「見えたのか?さすがカシム。愛しい人だ」

 うっとりとした表情で俺を見てくる。一方的に押しつけてくる、歪んだ愛なんて、勘弁してくれ。

「お前は武器の気配を極限まで消して、俺の認識を狂わせているんだな?」

 祖父の技に「無我」と言う技がある。あれをされると、目の前に立っていても、そこに祖父がいる事が認識できなくなる。

 祖父はこの技で、堂々と敵の城に侵入して、城門を開け放ち、味方を引き入れる戦法で、かつて戦果を上げまくっていた。

 ウシャスの技は、祖父には遠く及ばないが、武器の一部の気配を薄くする物の様だ。

 ならば、手元の動きを察する事で、軌道を読む事が出来るはずだ。

 

 間合いを詰めてきたウシャスが、足を開く。

 手にした棒の先端が揺らめいて見にくくなる。

『来る!!』

 俺はウシャスの手元の動きを目だけで無く無明でも感じる。

 上半身を激しく左右に動かす。ぎりぎりの所を、ウシャスの棒が通過する。

 躱せた!!

 そう思った瞬間、俺の腹にウシャスの棒が突き込まれる。


「うごおおおおぉぉ!!」

 吐きそうな衝動を堪える。背後の男たち2人にも警戒しなくてはいけない。

 1対1なら、ウシャスにも勝てそうだが、今の状況はまずい。 ウシャスが遊んでいる内に、男たち2人は倒したい。


「ぐああっ!!?」

「むう!?」

 俺の背後で男たちが倒れる。気配を察する事が出来なかったが、俺の後ろに誰かがいる。

「カシム。間に合ったか」

 その声に、俺は振り返る。

 誰だ?

 俺の前には、背の高い銀髪の男が立っている。

 見覚えがある。雰囲気は変わっているし、何年も前に会ったのが最後だったから、すぐには分からなかった。だが、覚えている。

 忘れようが無い男だった。

「あなたは・・・・・・メイグリフ!?」

 

 忘れようが無い。

 メイグリフは、元々祖父の私兵騎士団の団員として、メルスィンのペンダートン邸の兵舎に住んでいた。

 メイグリフと俺は、年は離れていたが、実力が近かった事から、よく共に試合をした。

 だが、ある日、祖父がメイグリフに直々に剣の稽古を付ける。

 すると一週間後には、俺はメイグリフに全く歯が立たなくなってしまった。

 俺の劣等感の根幹とも言うべき男ではある。

 

 その後、メイグリフは、メキメキと力を付けて、十二将軍の1人に引き抜かれて、副将軍にまでなったそうだ。

 次期十二将軍最強になるとも目されていた天才メイグリフ。

 だが、アクシス誘拐事件で、兄のベンドルンが失態を犯して処刑されると、姿を消したと言う話を聞いた。


 そのメイグリフが、何故ここに?

 アインザークに身を寄せていたのか?


 メイグリフは、両手に剣を持って、俺の背後にいた男たちを打ち倒していた。1本の剣は、反りが入った刀だ。美しい曲線で、柄尻の装飾が鯨の尾になっている。

 もう1本も柄尻は同じく鯨の尾だが、直線的な剣で、先端が四角い、黒い刀だ。


 俺を助けてくれたのか?!

「邪魔をするな、ヴァジャ!」

 ウシャスが不快そうに、メイグリフを見て怒鳴る。

「あいにくと、俺の狙いもカシムなんだ」

 メイグリフが笑ってウシャスと俺の間に割って入る。

「新参者が!殺すぞ、ヴァジャよ」

「ヴァジャ?!ヴァジャは死んだはずだ!」

 俺が叫ぶ。自分の呪いで苦痛の中死んでいったはずだ。

 だが、ウシャスが笑う。

「『ヴァジャ』も俺の『ウシャス』も、大司教の高弟が受け継ぐ名前だ。こいつは前の名前を捨ててヴァジャになっただけだ。前の名前など興味は無い」

 ウシャスが棒を構える。棒の先が変形して十字槍になる。

 俺は混乱する。どういうことだ?

 メイグリフがヴァジャ?地獄教の高弟?


 ウシャスの槍の先がかすむが、同時に、メイグリフの体も揺らめき、次の瞬間、ウシャスの胸に、2本の剣が生える。

 いつの間に回り込んだのか、メイグリフがウシャスの背中から剣を突き込んでいた。

「き、貴様・・・・・・」

 ウシャスが口から血を吐きながら、後ろのメイグリフを睨む。

 だが、メイグリフは、蔑むような目でウシャスを見ると、吐き捨てるように叫ぶ。

「俺はヴァジャでは無い!!無論、メイグリフでもすでに無い!!」

「な、何だと?!」

「俺の名は、『ルドラ』だ!!全ての地獄教の盟主だ!!」

 メイグリフは、血を吐き絶命するウシャスの体を蹴り、剣を体から引き抜く。

 ウシャスは、目を見開いたまま絶命していた。


「カシムよ。聞いた通りだ。俺はルドラ。全ての地獄教をまとめて、グラーダに仇なす者である」

 あまりの事に、唖然とする俺をよそに、メイグリフ、いや、ルドラが2本の剣を構える。 

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