魔都ガイウス  魔都 5

 アインザークの王城の地下2階は、牢獄である。

 ただの牢獄では無い。

 政治犯や権力闘争の敗者、知ってはならない事を知ってしまった者が送られる牢獄である。

 この牢獄に入った者は、1年と保たずに、命を落とす。

 病にかかる。毒殺される。拷問による傷によって死亡する。そう言う場合が多いが、そうで無くても長くは生きられない。

 大抵の囚人は、正気を失って死ぬのだ。

 それは囚人だけでは無い。看守も長くは務められない。代々看守を続ける一族が、その中の成人男性で、1年交替で持ち回って務めている。それでも、その一族には自殺者が多い。

 その為、地下2階は、死んでいった囚人の怨念が籠もっていると城内では囁かれていた。

 

 だが、大抵の人間は、地下2階の衛生状況が悪いのだと指摘する。

 湿度が高く、不衛生。日の光も届かず、空気も淀んでいる。城の汚水も染み出てきて、絶えず得も言われぬ異臭が漂っている。


 だが、それは違う。それも、1つの要因にはなるだろうが、真実は違っていた。



 それは、この城の地下2階こそが、地獄につながる穴が存在している場所だったのだ。

 それ故に、先代の国王も、実体無い魔物に囁かれて、事件を起こしたし、他の王族や貴族たちも、魔物に取り憑かれたのだ。

 囚人も、看守も、常に魔物に取り憑かれて、その生命力を奪われていたのだ。

 

 

 

 そして、今、デネ大司教の儀式によって、その穴が広がる。

 わずかに広がっただけだが、実体ある魔物が出現できるぐらいにはなった。

 吐き出されるように、大量の魔物が、地獄の穴から出現する。

 緊急クエストで出現した魔物よりも小型だが、凶暴で邪悪な魔物たちである。生ある者を憎み、殺戮を好む、地獄の亡者である。ゴブリンや、オークなどのモンスターの原型となった魔物たちである。

 同時に、実体の無い魔物も、大量に流れ出す。

 地下2階は一瞬で魔物たちで溢れ、上階に向かってなだれ込んでいく。

 運悪くその時収容されていた囚人や、担当になっていた看守は、何が起こったのかも分からぬうちに、魔物に食い殺されてしまった。


 王城は、たちまち恐怖と悲鳴に包まれた。



◇     ◇

 

 

「悲鳴だ!!」

 部屋から出て行くマイネーを見送りに、扉の外まで来ていたカシムは、城内に轟く悲鳴や怒号に、すぐさまただならぬ変事を悟る。

「下からだな!!」

 マイネーも叫ぶ。カシムはすぐに剣を抜いて廊下を走る。

 カシムがあてがわれた部屋は、城の2階である。近くの階段を一気に駆け下りる。

 すると、城の1階で、不気味な黒い化け物が暴れているのを目撃する。その数も多く、城の扉を開けて、外に飛び出していく。2階にも駆け上がろうとしているところだった。

「魔物だ!!」

 カシムはすぐに見極めると、剣を振り、近くの魔物を切り捨てる。

「強さは大した事は無い!でも数が多い!!」

 カシムは近くにいる人を助けるべく魔物たち相手に剣を振るう。

「任せろ!!」

 

『エインジャ・ロドロース・ゼイ・スルース。ディ・ドース・アルゼス・ノイルース。火よ、降り注げ。破滅を、敵に。我に愉悦を。討ち滅ぼせ。滅せ。焼き尽くせ』


 マイネーは激しく戦いながら、高度な呪文を詠唱する。

 武器である黒炎斧こくえんふは持っていないので、素手で魔物を殴り、引き裂いている。


『完全なる勝利を、我に約束したまえ。破滅の魔神アザゼルの名において、我が命ずる。

メイジャーク!!!』


 マイネーの頭上に光り輝く魔方陣が浮き上がり、そこから大量の炎の玉が飛び出し、魔物を追尾して次々と焼き尽くしていく。

 一気に魔物の数は減らせたが、二次災害が巻き起こる。

 炎の玉は、建物には当たらないが、燃えた魔物が壁や絨毯にぶつかったり倒れたりするので、結局火が燃え移ってしまう。

「マイネー!火はダメだ!!」

 カシムが叫ぶ。

「ったく、めんどくせー!!」

 マイネーがぼやく。


 その時、階上から呆れたような声がする。カシムにも聞いた覚えのある声だった。

「やれやれ。強いのは分かったが、相変わらず旅団のメンバーは加減を知らない」

 その声の直後、巨大な水の狼が、城に燃え移った炎を消していく。

「これは貸しにしておくよ」

 そう言って階下に降りてきたのは、センス・シアだった。

 緊急クエストでカシムと共闘した、「アルフレア」のリーダー、リード・トルアである。

 その後ろには、無気力魔導師アークレア。

「あんたたちは!?」

「やあ、竜の団団長」

 リードが笑う。

「何でとか、面倒な事は聞かなくて良い。魔物を倒すよ。派手な火炎魔獣は外で戦うと良い。火事は起こさないでくれよ」

 そう言うや、2本のダガーを抜いて、一気に加速して、次々溢れ出てくる魔物を切り倒していく。

 カシムはリードが直接戦っている姿は、あまり目にしてなかったが、恐ろしく強い。早さもあるが、何より技が鋭い。一撃の中に、いくつもの技の応用が込められているようだ。ファーンが見たなら、カシムより正確に色んな発見が出来たのだろう。

「嫌な奴に会っちまったな。いちいち嫌味な奴だ!」

 マイネーが顔をしかめる。

「言っておくがな!オレ様は今は竜の団だ!!」

「おっと、そうだったね。じゃあ、カシム君に借りがある事だし、これで貸し借り無しにしよう」

 リードが笑う。

「それて、ウンコの英雄の話だよな!?勝手にチャラにするな!!」

 カシムが抗議するが、リードもマイネーも取り合わない。

 


 マイネーは城外に溢れていった魔物を追う。カシムたちは、階段周辺を守り、城の中の特に上階に魔物が侵入するのを防ぐ様に戦う。

「お得意の作戦は無いのかい?」

 リードがニヤリと笑ってカシムを見る。

「無いよ!ってか、状況がまるで分からない!!」

「だろうね。今回はボクが仕切らせて貰うよ」

 リードには余裕が見られる。

「あんた、何か知っているのか?」

 戦いながら、カシムが叫ぶ。

「知ってるさ。忌々しいけど、全てはあの闘神王の掌の上さ」

 衝撃的な言葉に、カシムは一瞬動きが止まる。

「グラーダ王の?!」

「そうさ。ちょっとばかり君のおじいさまに借りがあるからって、ボクを良いように使ってくる。たまったもんじゃ無いよ」

 リードがブツブツ文句を言う。

「おや?ちょっと大型の魔物が出て来たよ。これは急いだ方が良いかもね」

 そう言うと、リードが大型の魔物に突き進んでいく。ミルの「大切断」の様な技を、隙無く使いこなす。体格の差など物ともしない戦い方である。

「急ぐって?!」

 カシムも、「圧蹴」で一気に加速して魔物をまとめて切り払う。

「城を閉じるのさ。魔物を完全に閉じ込める檻を作る」

「そんな事出来るのか?」

「出来るさ。ボクたち『アルフレア』には、シズカがいるんだ」




 城の6階。この城塞都市全体からしても、ほぼ中央に当たる場所に、シズカがけつしていた。四方にはかがり火が焚かれ、シズカの周囲には縄が張り巡らされている。

 その縄に、四角をつなげたような紙が貼られ、シズカの目の前には、火が焚かれている。


 シズカは目を閉じて、一心に何か、呪文を唱える。

 手の指の形を複雑に変化させ続けている。

「えい!えい!」

 呪文の合間にか、時々そう言いながら、目の前の炎に向かって、突き出した指を振るう。


『アオヒトゥオ~クサァ~の病のぉ~事あらばぁ~、このトクゥ~サのカムタカラをもちぃて~。ヒトフタミィ~ヨォ~、イツムユナナヤァ~、ココノタリヤァ~アと唱へつつぅ~』


歌うようなシズカの声が炎に吸い込まれる。


『フルベ、ユラユラトフルベ。フルベ、ユラユラトフルベ!フルベ、ユラユラトフルベェッ!!!』

 

 れつぱくの気迫と共に祝詞を唱えるシズカに呼応するように、室内の五カ所に張られた札が光り出す。

 シズカの目の前の炎が一気にふくれあがり、四方のかがり火が消える。


 その瞬間、城塞都市の城壁全てが一瞬光り輝く。





「間に合ったようだね。これで魔物はもう増えない。後は掃討するだけさ」

 リードが笑う。

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