魔都ガイウス  赤髪の烈虎 2

「ああ。腰が、腰がぁ~」

 老人が地面に倒れ込んでいる。その近くには、明らかに老人が担ぐには大きすぎる荷物が置かれている。

 老人は階段の手前で、頭から血を流して、哀れっぽく嘆いている。

「腰が痛くて、階段から落ちてしまった。冒険者様、どうか手を貸してください。お礼はいたしますから」

 だが、ここでも、カシムは「お大事に」とだけ言ってやり過ごす。


 さらに、スリの子ども、花売りの女、果ては貴族の令嬢までやってきて、何かしらのトラブルに見舞われていたり、あからさまな挑発を繰り返す。


「なかなかギルドにつけねぇな~」

 頭の後ろで手を組んだファーンがぼやく。

「まあ、三文芝居を見てると思ってあきらめろ」

 カシムが苦笑する。

「三文芝居なら見たくねぇんだよ。多少は胸くそが悪くなる」

 ファーンは、あれが誰かが仕組んだ芝居で、カシムを自分の陣営に抱き込もうとする罠だとは分かっているが、それでも、人助けを出来ない事にストレスを感じている。どれか1つでも、そういうくだらない思惑とは関係なく、本当に困っている人だったらと考えてしまうのだ。

 

 一方でカシムは、女性を使った工作には腹が立っていた。マイネーほど頑なでは無いが、女性を道具みたいにするやり方には嫌悪感を感じる。

『第一、あんな貴族の女とかあてがわれて、誰が喜ぶ?!アクシスの方がずっと格も上だし、ちょっととんでも無い事をするが、性格も顔も遥かに上だ』

 そう思って、カシムはハッとする。

『何で、そこでアクシスが出てくる?』

 自分の考えに驚く。

 カシムの右目が、アクシスを映し出したあの夜から、あまり考えないようにしてきた事でもある。

『俺の気付いていないところでは、本当はアクシスの事を1人の女性として愛していると言う事なのだろうか?』

 そう考えてみても、やっぱり実感は湧かないし、今アクシスの事を考えたところで、右目は何も映し出さない。あの時、あの一瞬しか、右目は機能していないのだ。

『普通に考えたら、この右目、壊れているんだろうな。でも、コッコが俺のために作ってくれたわけだし・・・・・・』

 カシムは、右目の機能など、元々使える機能では無いのだから、あまり期待もしていない。ただ、黒竜が作ってくれたと言う事が嬉しかったのである。

 


 やっと冒険者ギルドに到着した頃には、イベントの連続にさすがに疲れ切っていた。

「なんか、だんだん仕掛けも雑になってきてたな・・・・・・」

 ファーンが呻く。

「いちいち前振りに付き合うからだ」

 マイネーもぼやく。

「いや、一応どんなかなと思って・・・・・・」

 この辺りはカシムの性格である。知りたい欲求が強い。

「最後は、最初と同じ連中が、同じ事してきてたぞ!」

『あれは、女の人の胸元が見たかったからな・・・・・・』

 カシムは頭の中で見た事を反芻してにやける。

「まあ、とにかく、報告だな」


 カシムが受け付けに冒険者証を見せる。

「所長か副所長を頼めますか?」

 カシムの冒険者証を見た受付は、顔色を変えて、慌てて走って行く。この光景も見慣れてきた。


 カシムが報告を済ませると、所長は残念そうに唸る。

「いや。しかし、それでも君たちが無事に戻ってきた事は嬉しい」

 それから、身を乗り出す。

「それで、次はどこの竜に会いに行くのかな?」

 カシムは答えるべきか悩んだが、曖昧な返答をする事にした。

「とりあえず、西の大陸に行くつもりです」

「船はあるかい?」

 マイネーが尋ねると、所長が難しい顔をする。

「今、ここの港は、世界会議の来訪者の船やらで一杯でね。普通の客船や、商船は、近隣の港に行って貰っている。悪いんだが、別の市の港を当たってみてくれ」

 所長の言葉に、マイネーは頷く。

「なるほどね。まあ、その方が都合は良いかな」

 



 報告を終えたカシムたちは、ギルドの食堂に場所を移す。

「まだ5時までに時間は大分あるな。ここで待ってるか?」

 ファーンが口を開く。

「いや。ここも人目につくしな・・・・・・」

 カシムの言うように、周囲の冒険者たちが、じろじろと興味深げにカシムたちを見ている。

「それはそうと、マイネー。都合が良いって、どういう意味だ?」

 カシムの問いに、マイネーが答える。

「ほれ。例の魔具師。南のヘルネ市にいるんだ。そこも港町だからな」

 ドラゴンドロップを加工できる人物、元歌う旅団の「邪眼の魔女」マダハルト・パインが工房を構えていると言う話だった。

「じゃあ、とりあえず、さっさとヘルネに向かった方が良さそうだな」

 カシムの言葉に、2人とも頷く。


「おや?君は、今噂の竜の団のカシム・ペンダートン君だね?」

 8人の男たちが、カシムの前にやってきて声をかける。

「竜騎士カシム。有名人だ」

 男たちはニヤニヤと笑っている。

「ウンコの英雄・・・・・・ブハッ!!」

 男の1人が笑う。

「おい。失礼な事を言うんじゃ無いよ。彼は俺たちの先輩だぞ」

 リーダー格の男が言う。

「先輩?」

 カシムが訝しむ。

「そうですよ。俺たちも、竜騎士探索行を命じられているんです。だから、先輩。どうやったら創世竜に認められるのか、何かコツがあったら教えて欲しいんです」

 男は慇懃無礼な態度で頭を下げる。顔にはニヤニヤ笑いが張り付いている。

「コツなんて無い。たまたまだ」

 カシムが答えるが、男はなおも食い下がる。

「竜騎士は自分1人だけ・・・・・・と?世界の事を考えて欲しいな。先輩が失敗したら、もう竜騎士はいなくなる。そうしたら聖魔大戦は防げない。そうならないように、俺たちも予備として、竜騎士探索行を命じられたんだよ。こちとら命がけだ。情報の出し惜しみはやめて貰おうか、先輩!」

 男はテーブルを叩く。

 ヌッとマイネーが立ち上がる。

 その雰囲気に、さすがに男たちも一瞬ひるむ。

「ここじゃ、話せねぇな。表に出ろや」

 マイネーはそう言うと、カシムを立たせてギルドの外に出て行く。

 カシムはファーンと顔を見合わせて肩をすくめる。

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