魔都ガイウス  蠢動 4

 リヒテンベルガー王が、思わぬ大功を上げている事など知らぬ、グラーダ国王城、リル・グラーディアの宰相執務室では、賢政ギルバートが、王不在の政務に忙殺されていた。

『どうせなら私も行きたかった。そうしたら、この仕事も誰かに押しつけてやったものを・・・・・・』

 口には出さないが、ギルバートはそう思っていた。

 と言うのも、グラーダ三世が、早めにアインザークに行ったのが、単なる嫌がらせだと知っていたからである。

 だが、半分は、自分では見いだせない先を、名君グラーダ三世が見つけているのかも知れないと思っている。


 無論、狙いはちゃんとある。それは、ギルバートも承知している事である。それ以外の何かがあるのか?

 それが分からない。

 ギルバートが一番疑問に思っているのは、なぜ、世界会議ほどの一大事に、賢聖リザリエを伴わなかったのか、である。

 剣聖ジーンは創世竜に会いに行っている。創世竜に関する事であれば、それは世界会議より重大事である。優先されて然るべき事柄だと思う。

 自分は、当然政務がある。行けないのは必然だ。

 だが、リザリエは世界会議期間も、変わらず魔法学校の校長としての仕事をしているのみなはずである。


 コココン!

 

 子気味良く、耳なじんだノックが響く。

 とたんにギルバートは表情を和らげる。

「どうぞ」

 ドアに向けて返事をする。

 周囲の官僚たちも、ピリピリした室内の空気が一気に和らいだ事で、安堵のため息を漏らす。この執務室にとっての救世主の登場である。


 遠慮がちに開かれた扉から、可愛らしい顔がちらりと中をのぞき込む。

「ギルバート。今、時間あるかしら?」

 いつもの台詞である。遠慮しているのに、毎日遠慮無く政務の時間を割いていく乱入者である。

「構いませんよ」

 ギルバートが言うと、乱入者は、嬉しそうに小走りでギルバートの執務机の斜め前に置かれたイスに座る。

「ギルバート、忙しい?」

 父であるグラーダ三世が不在なので、その負担がギルバートに行っている事は承知しているようだ。

「問題ありませんよ、姫様」

 ギルバートの答えに、アクシスはパァと笑顔になる。

「あのね、あのね!お兄様がゴブリンの襲撃から村を助けたって話を聞いたのです!」

 昨日もこの話だった。

「すごく活躍してますわよね!!」

 アクシスの話は、いつもカシムの事だ。同じ話を何度もする。

 逆に考えると、同じ話を繰り返す事しか出来ないのが、今のアクシスである。王城に閉じこもっていては、仕入れられる情報は限られている。それが哀れでもある。

 そうと分かっている事も有り、ギルバートは穏やかに頷いて、何度も同じ話を聞くのだ。

 ただ、苦痛では無い。むしろ、忙しい日常の中で、アクシスの訪問がギルバートにとっては貴重な彩りなのだ。

 

 アクシスは、30分ほど話したら、満足して退室してしまう。

 せめてその間だけでも、難しい事は頭から消し去って、楽しもうと思うギルバートであった。



◇     ◇



『なんじゃ。誰かと思ったら、ジーンでは無いか。久しいのぅ』

 低い雷鳴のような声が、ジーンの遥か頭上から轟く。

「わざわざ出迎えてくれたのか、黒竜よ」

 ジーンは黒竜島を訪れていた。

 カシムに伝言されてすぐ、白竜の元を訪れて、それから間を置いて黒竜島に訪れていた。

 

 徒歩でデナトリア山に向かい、黒竜の領域に入ってしばらくしたところで、上空に黒竜が出現したのだ。

『出迎えたわけでは無い。このところ、竜騎士になりたいとか抜かす輩が増えてのう。迷惑しておったのじゃ』

 黒竜が音も無く地面に降り立つと、首を下げて、ジーンを見つめる。

『まさかおぬしまで竜騎士になるとか言わんじゃろうな?』

 黒竜が不機嫌そうに言う。

 それを聞いてジーンが笑う。

「それは孫に任せてある。伝言を受けて、顔を見に来ただけだ」

 ジーンの言葉に、黒竜は嬉しそうにのどを鳴らす。

『おぬしの孫は良いな!実に気に入っておる!』

「おお!そうだろうとも!」

 ジーンが笑い、黒竜も嵐のような笑い声を上げる。カシムなら吹き飛ばされただろうが、ジーンは微動だにしない。

「それで、竜騎士になりたいとか言いに来る連中はどうした?」

 ジーンが尋ねると、黒竜はため息をついたような風で、憮然として答える。

『ワシは白竜とは違うからな。脅して追い返しただけじゃ』

 ジーンはその返答に驚く。これがあの暴君の返答か?

 本当にカシムと出会った事で変わったのか?

『ところで、おぬし。白竜には何か頼み事をしたそうじゃが?』

 黒竜が訝しげに言うので、ジーンは肩をすくめる。

「さすがは『知恵ある竜』。何でも知っているな。だが、ワシが訪れたのは、本当に黒竜の顔が見たくなっただけだ。正直に言うと、次に会えば、拒まれるかと思って会いに来れなかったのだ。ワシの臆病さを許してくれ」

 ジーンが騎士の礼をするのを、黒竜はジッと見つめる。

『・・・・・・良い。許す。おかげでワシはカシムに会えた』

「ふっふっふっ。気に入ってもらえて嬉しいぞ」

『カシムの話が聞きたい。我が館に滞在するが良いぞ』

 黒竜が手を差し出し、ジーンがその手に飛び乗った。

「招待痛み入る」

 こうして、ジーンは黒竜と、黒竜の館に向かい飛び去っていった。


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