魔都ガイウス  蠢動 2

「忙しい、忙しい、忙しい!!」

 アインザーク王城内を、そう言いながら走っているのは、この国の大臣だ。

 アインザーク国は、王政と議会制が両立して成り立っている。

 議会で政策を協議し、国王が採決を行う。

 最終決定は、あくまでも国王が採るので、言ってしまえば、議会の決定を覆す事も可能である。

 同じような体制を取っているのは、バルタ共和国である。ただし、バルタ共和国は、この体制が上手くいっておらず、王派と、議会派で南北に別れて反目している。


 いずれにせよ、アインザークでは、この体制で400年の歴史を重ねている。

 アインザークでは、大臣は一人で、主に王の補佐が仕事で、多岐に渡る。

 だから、大臣が「忙しい」と言うのは当たり前である。

 だが、このところの多忙さは常軌を逸している。


 それでも、この大臣の肌つやは良く、老人であるはずなのに、つやつやと赤みを差した肌をしている。

 髪は薄く、ケーキにのせるクリームのような前髪は残っているが、そこから頭頂部、後頭部に掛けての髪は無い。側頭部の髪もかなり薄くなっている。

 頭が常人より大きく丸く、長い睫毛と、丸くつぶらな瞳をしている。

 背はとても小さいが、丸々太っている。手足は異常に短い。


 その外見は、まるで赤ん坊の様に愛らしく見えるが、やはり老人ではある。


「忙しい、忙しい!!」

 そう言いながら、大量の書類を抱えて、王の執務室に駆け込む。

「アウグスト・カーマン。あまり走ると転ぶぞ」

 苦笑気味に、カーマン大臣に声をかけたのは、いっそ顔色が悪い、頬のこけた男だった。

 仕事量は大臣よりもかなり少ない。それでも憔悴しきった様子だった。

 長い青みがかった黒髪に、灰色の瞳。口元にはひげを蓄えているが、30代後半といった所だ。

 背は高く、細い。

 この男がアインザーク国国王のベルノルト・リヒテンベルガーである。

「カーマンよ。お前が優秀なのは十分理解しているが、いつも言っているだろう。仕事を割り振れ」

 リヒテンベルガー王がため息を漏らす。

「しかしですな。それだと間に合いません」

 カーマン大臣が、慌ただしく書類を国王の前に置く。

「仕分けは済んでおります。裁可を願います」

 カーマン大臣の言葉に、リヒテンベルガー王がうんざりした表情で書類の束を見る。

「わかった、わかった。だが、せめて、祝宴の手配と、会場、宿泊先の手配、鑑賞会会場や演目などのこまごまとしたものぐらいは、他の者に回せ。お前は、他により重要な仕事がある。そっちに専念してくれ。あと、私の演説原稿は頼むからな」

 王が書類に向き合って、書類にサインするのを見ながら、カーマン大臣はほとんど無い肩をすくめる。

「私としましては、演説の原稿こそ、王に頼みたいところです」

 そう言いながら、懐から折りたたんだ紙を出して王に渡す。

 演説の原稿だ。用意のいい大臣に、リヒテンベルガー王は、自ら要求した事なのに、口をへの字に曲げて、原稿を受け取る。

「しかし、グラーダ国王の対応はこのままで良いのですかな?」

 カーマン大臣は、無い首を傾げる。

 グラーダ国王は、現在客室でもてなしてはいるが、それ以上の事はしていない。

「構わんよ。そういう話になっている」

 リヒテンベルガー王の疲れた様子は、グラーダ国王との連日の会合によるところが大きい。

 闘神王と向き合って、1対1での話し合いだ。しかも、相手は凡庸な自分とは違い、何手先を読んでいるのかも分からない名君だ。国としても圧倒的に格上の相手でもある。誰であれ、3日で音を上げるはずだ。

「城下は何やらきな臭い事になっておりますぞ」

 リヒテンベルガー王は、この大臣にあきれ果てる。

 徹夜続きで政務に追われているというのに、市井しせいの情報にも気を配っている。せめて自分もこの大臣の半分でも有能であったらと思う。

「議員たちは何と言っている?」

「いくつかに別れておりますな。グラーダ寄り、穏便に済ませたい者、もう1つの派閥・・・・・・」

 最後は声を潜める。

「もう1つか・・・・・・。現実的では無いが、下手に力を付けた連中の妄想だ。それに乗るわけにはいかん」

 リヒテンベルガー王がため息をつく。

「全くですな。さて、では私はこれで」

 そう言うと、再び「忙しい、忙しい」と口癖のように呟きながら、走って執務室から出て行く。

 残されたリヒテンベルガー王は、書類の束を見つめながら、「いや。闘神王との会合よりはマシだな」と呟いて、筆を走らせる。



◇     ◇



 8月15日になると、各国からの会議参加者が続々アインザークの王都ガイウスに到着する。

 どの国の代表者も、沢山の贈答品を持参して来る。

 高価な物、美術品、民芸品、家畜、織物、毛皮、珍品。一昔前なら、ここに美女や奴隷も贈答品として物の様にやりとりされていた。

 これらの贈答品によって、アインザークの国庫は潤う。例え、世界会議に向けて、また、賓客のもてなしで、贅の限りを尽くして尚、収益が上回る。

 なぜなら、贈答品だけでは無く、帰国時には、大量に土産品を購入していくからである。もちろん、アインザークからの返礼品も贈るが、各国が支払う金額に比べれば微々たる物である。


 ただ、過去にも例が無い、歴史的な行事なので、とにかく皆が忙しい。

 最初の世界会議は、グラーダが世界制覇した後に一方的に開いた会議なので、各国の代表者は、賓客では無く、捕虜だった。だから、余計な気遣いは全くされず、明日にも処刑されるのではと、皆が血の気を失っていた状況だったので、過去の事例にするわけには行かない。

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