魔都ガイウス  蠢動 1

 地下に住まう物は、その身を日の下にさらせない理由がある。

 暗く、しめった地下の一室で、ロウソクの灯りのみを頼みに、ブツブツと呪いの言葉を吐き続けるような連中は、特にである。

「グラーダの阿呆が。世界会議とは、また、恰好の舞台を用意してくれたものだ」

 笑う老人は、地獄教の大司教、デネ・ポルエットである。

「しかも、それがこのガイウスというのが愉快だ。いや、滑稽ですらある」

 眼前に跪くのは、3人の高弟。

 ロビル、ウシャス、そして、新しいヴァジャ。

 デネ大司教の言うように、アインザーク国の王都ガイウスこそが、地獄教ラジェット派の本拠地である。

 遥か昔から、ラジェット派は、このガイウスに身を寄せて、様々な陰謀と殺戮を行ってきた。

 と言うのも、このガイウスには、地獄に通じる穴があり、その穴が、彼らが主神と仰ぐ魔王に通じる穴なのである。

 その穴は実際には見えないが、今デネ大司教のいる地下室の更に奥に小さく空いている。

 ここから出てくるのは、せいぜい地獄の第二層にいる、実態を持たない、囁くだけの魔物である。

 だが、その魔物の囁きによって、かつてのアインザーク王は他国への侵攻を起こしかけた。

 王だけでは無い。今現在も、貴族や議員たちにも魔物を配置して、混乱と破壊と殺戮に駆り立てるように誘導している。

 

 そのアインザークに、世界の要人が集まる。

 グラーダによって統合された世界の秩序を破壊する、絶好の機会が訪れた事になる。


 地獄教は、ラジェット派の他にも、ジンス派、カキーマ派など、他の魔王を背景に持った集団がいるが、そのどの宗派も、今、このガイウスに注目している。


 すでに実働しているかも知れない。


「儀式の準備はどうだ?」

 デネ大司教が、ヴァジャに問う。

「は。今は、ガイウスも混乱しております故、必要な数はそろいましてございます」

 その「数」とは、誘拐して生け贄にする人の数だろう。

「手間取ったようだが?」

 デネ大司教がジロリとヴァジャを睨む。

「出来るだけ活きの良い者が良いかと思い、厳選しました故」

 ヴァジャが舌なめずりをして笑う。

「ロビル。穴の準備はどうだ?」

 デネ大司教が、高位魔法使いでもある大男のロビルに声をかける。

「・・・・・・儀式の準備は順調に進んでおります」

 ロビルの回答には、満足したように頷く。

「良かろう。では、私もそっちに移ろう」

 その後、ぼんやりしているウシャスに声をかける。

「ウシャスよ。例の小僧。ガイウスに向かっておるようだぞ」

 デネ大司教の言葉に、それまで心ここにあらずだったウシャスが、雷に打たれたように反応を示す。

「私闘の許可を!!」

 喜色を表して頭を垂れる。

「汝の欲するところを行え」

 地獄教の教えである文言で、デネ大司教が答える。

「・・・・・・お待ちください。その小僧。ペンダートンのガキですね?私にも私闘の許可を」

 ヴァジャがデネ大司教に懇願する。

「ああ。そうだったな。お前の兄の処刑の原因は、ペンダートンと、グラーダにあったな。さぞや憎かろう。・・・・・・しかし、ウシャスと取り合いになるのでは無いか?」

 デネ大司教が、ウシャスを見やる。

 ウシャスはニヤリと笑う。

「『汝の欲するところを行え』です」

 その答えに満足したように、デネ大司教は声高らかに笑った。



◇      ◇



 世界会議の開催は9月1日だ。

 だが、8月10日には、グラーダ三世はすでにガイウスに到着していた。

 派手な歓迎式典などは省いて、密かに訪国した事になっているが、それはすでに公然の秘密となっていた。

「グラーダ三世は、世界会議で、アインザークを次席国だと公認するに違いない」

「新たな后を選ぶために、早めにやってきたそうだ」

「いやいや。アインザークがまた裏切らないか、監視のために直接乗り込んで来たんだ」

 憶測が飛び交う。

「何でも、今回の世界会議に関しては、グラーダ三世の独断だったため、三聖人の協力を得られていないそうだ」

「その証拠に、グラーダ三世は親衛隊のみを連れてアインザークに来るしか無かったそうだ」

「そうじゃない。先頃の魔王出現の被害が大きく、グラーダ国は未だに混乱収まらず・・・・・・。それ故に、軍も出ずっぱりらしくて、闘神王の随伴に割く余裕がないらしいぞ」

「その話は知っている。逃げた大量の魔物を追うのに、未だに出撃した8軍団が王都に帰還してないそうだ」

 噂は噂を呼び、貴族や、政治家、他国の間者はおろか、普通に庶民が酒場で話しているような状態になっている。


 事実としては、確かに今回は親衛隊以外の随伴を伴わずに、いきなりグラーダ三世が訪れた。

 剣聖のジーンはともかく、賢聖リザリエか、賢政ギルバートのどちらかは随伴すると、誰もが思っていたのである。特にリザリエの不在は驚きであったし、不安でもあった。

 万一、グラーダ三世が暴走した場合、それを諫(いさ)める事が出来るのは、恐らくリザリエだけだろうと、誰もが思っていたのである。


「我が殿も、存外信用されておらん」

 親衛隊副隊長のオグマが笑う。

「口を慎めよ、オグマ」

 たしなめるのは親衛隊隊長のキースだ。

 赤い儀礼用の鎧を身につけたまま、グラーダ三世の滞在する部屋の扉の前に立っている。

「事実だろう?」

「事実だからこそ、慎め」

 キースが言った後、思わず口を押さえる。

「兄者もなかなかに言う」

 オグマがクックッと笑う。

 キースは苦虫を噛みつぶす様な表情を浮かべると、部下にその場を任せて、オグマと連れだって廊下を歩く。

「しかし、親衛隊も、半分しか連れて来ないとは、念が入っているな」

 親衛隊の人数は300人であるが、今回の随伴は、その半分の150人だけである。

「殿の余裕だ」

 キースが軽く返して、これ以上の問答を避ける。

 確かに、闘神王グラーダ三世を害せる人間など、この世にはいないだろう。

 だから、親衛隊の任務も、王を守る事では無い。決して死なずに生き残り、旗を持ち続ける事である。それはいっそ、他の軍よりも厳しい条件である。

 戦となれば、闘神王は単騎で戦い、敵は大挙して闘神王1人を狙ってくる。

 その側近くにあって、死なずに、旗を振り続けるのである。

 それ故に、親衛隊に選ばれる程の人間は、抜きん出た武の力が求められる。

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