魔都ガイウス  暗殺者 7

「じゃあ、まず、仲間を傷つけない事。裏切らない事!」

「!?」

 ファーンが「ヒヒヒ」と笑う。

「それと、お兄ちゃんとくっつきすぎない事!!」

 ミルも!?

「困った人を助けるのが冒険者よ」

 リラさん・・・・・・。

「オレ様、つくづくカシムのパーティーの女たちは尊敬するぜ」

 何だよ。みんな起きてたのかよ。

「・・・・・・そういう事だ。慣れないかも知れないが、頑張れるか?」

 俺がアールに言うと、アールが頷く。

「が、頑張ります!お願いします!」

 アールがみんなに頭を下げる。

「じゃあ、いつまでも縛っているのも何だな」

 俺がナイフでアールの手足を縛る縄を切ろうとすると、アールが手を引っ込める。

「アール?」

「に、兄様。このままで良いです。皆さんが寝るときは、こうして縛っておいてください。私も私が信じられませんから・・・・・・」

 それは何だか嫌だな。第一、縛られたままじゃ、いざ野営中にモンスターや野獣、夜盗に襲われても対処できない。

「まあ、本人が納得してるなら、それでいいんじゃねぇか?」

 マイネーが言う。

「その内、自信が出て来たら、手足を縛らなくても大丈夫になるだろ?」

「はい。お願いします」

 まっすぐな目で縛られる事を喜ぶアール・・・・・・。

「じゃあ、そうするか・・・・・・」

 複雑な思いで頷かざるを得ない。

「・・・・・・あの、兄様。ソレでしたら、もう少ししっかり縛らないと、簡単に抜けられてしまいます」

 アールがモジモジそう言うと、目の前で腕を縛る縄から抜ける。

 ああ。そういう訓練もしてますよね、当然!!

 こうなったら、俺も捕縛術の縄結びで、しっかり手足を結び直す。

「カシムっていろんな特技が、地味にあるよな」

 ファーンが感心して言う。「地味に」ってのが余計だ。自覚してるんだから黙ってろ。

「変な趣味に目覚めるなよ」

 だから黙ってろ!!お前、今日は下ネタ多いな!!


「これでいいか?」

 結び終わって俺が尋ねると、ちょっと手足を動かした後、アールは満足そうに頷く。

「ありがとうございます、兄様」

「じゃあ、今日はおやすみ」

 そう言ってアールに毛布を掛けてやると、アールが微笑んで言う。

「兄様、また明日」

 この子にとって、この当たり前の言葉がどれ程重い言葉か、俺は少しだけ分かっている。

「ああ。また明日」

 俺はそう答えると、アールの頭を撫でてやる。

 アールは安心したように目を閉じる。



  ◇     ◇




 深夜になり、カシムたちが眠りについた頃、タープから這い出す者がいた。

 マイネーである。

 出来るだけ静かに外に出る。

 もう雨も上がっている。

「行くのか?」

 マイネーの背後から声が掛かる。

「チッ。これだからハイエルフは困る」

 声の主はランダだ。

「ハイエルフじゃ無い。ただのエルフだ」

「第三世代じゃ、ほとんどハイエルフと変わらねぇよ」

 マイネーが笑う。だが、ランダは無表情のままだ。

「こういう仕事は俺がやるべきだと思うが?」

 ランダはマイネーの言葉を無視して話す。

 話しながら、2人は道の無い原野を疾駆する。馬に乗るよりよほど速い。

「言ったろ?闇の蝙蝠は、俺たち獣人族の問題でもある。それに、お前にこの匂いがたどれるのか?」

「正確には無理だな」

 ランダが淡々と答える。

「チッ。それでもわかるってんなら、大した物だ・・・・・・」

 そう言ってから、マイネーが殺気を放ちながらランダを睨む。

「一応確認させてくれ。お前の名前、『ランダ・スフェイエ・ス』って言ったな。蝙蝠たちは3つの名前を持つ。ダミーで付けられた名前に、コードネームとか、番号的な2つの名前だ。お前も3つの名前だ。闇の仕事をしていたとも聞く」

 ランダは肩をすくめる。

「俺は蝙蝠とは無関係だ。俺の名前は、元々ランダ・スフェイエ・スリダン・ローファだ。第二世代の父の名前からとった、リダン・ローファの部分を捨てた。俺たち親子を捨てたからな。見つけたら殺してやるさ」

 ランダが自嘲気味に笑う。

「ふぅん・・・・・・」

「それと、俺の身元は確かだ。カシムには言ってないが、俺は幼い頃から、カシムの祖母が作った孤児院で育っている」

 その告白には、マイネーも驚く。

「そうなのか?!なんで言ってやらねぇんだ?!」

 マイネーがようやく殺気を収める。

「・・・・・・何というか、少し気恥ずかしいだけだ。カシムも俺の事はあまり聞いてこないからな」

 マイネーはため息をつく。

「あのな。あいつお前に遠慮して聞かないだけだ。あいつはお前を慕っている。話したそうにしているぞ。もっと話してやれ」

「そうなのか?」

「そうなのだ!!ったく、世話の焼ける奴ばっかだな!!」

 マイネーが走りながら頭を掻いてぼやく。

「すまんな・・・・・・」

 それに対して、ランダが律儀に謝る。

「いや、そのよぉ。オレ様の方こそ疑ってすまなかったな」

「いや。疑われて当然だ」

 2人は互いに苦笑を浮かべ合う。


 不意に2人は速度を緩める。そして、音も立てずに木の後ろに身を隠す。

 2人の先に、1人の男が馬に乗ってやってくるのが見える。

『あいつだ』

 マイネーがランダに目配せする。2人とも夜目が利くので、周囲は真っ暗だが困らない。

『俺がやる』

 ランダが進み出ようとするが、マイネーが押しとどめる。

 

 メキメキと音を立ててマイネーが獣化する。

 凄まじい殺気を放ち、馬に乗った男の前に進み出る。

 馬に乗っていたのは、ワルワタ村の食堂でカシムとぶつかった酔いどれの男だった。

 あの時、男はカシムに何らかの匂いを発する物を付けたようだ。蝙蝠たちはそれを「むし」と呼んでいる。

 アールは、その蟲を目印にターゲットを認識していたのだ。


 男も里のメンバーだけに、マイネーの殺気にはすぐに反応したが、反応しただけだった。

 まず、馬が金縛りに遭っている。恐怖で全く動けない。

 男は、反撃はおろか、逃げ出す隙も全く見つけられずにいた。

黒炎斧こくえんふ

 マイネーが斧を振るうと、闇夜では全く見えない黒い炎が吹き上がり、一瞬で馬ごと男を包み込む。

 炎は見えないが、その熱量は凄まじい。地面を焦がして、男も馬も、骨まで灰にしてしまう。

「これで時間が稼げるな」

 マイネーが呟く。

 男を消す事で、アールの洗脳が解けた事はしばらく誤魔化せるはずだ。

「地面が焦げているぞ」

 それでは証拠が残ってしまう。ランダは得意の土魔法で、地面の痕跡を消す。

「助かるぜ」

 マイネーが笑う。

「1人だと思うか?」

 ランダの問いに、マイネーが答える。

「今までの蝙蝠のやり方なら、2人一組だ。この男が連絡役。実行がアールだな」

「消してしまって良かったのか?」

 蝙蝠に関しての情報を、アールよりも引き出せるのではとランダは思ったのだ。だが、マイネーは首を振る。

「構わねぇ。洗脳が解けてない奴には、何を聞いても無理だ。害にしかならねぇよ」

「そうか」

「そうだよ。それより、さっさと帰るぞ!!」

 そう言うと、2人はまた、馬より遥かに速く、静かに原野を走って、カシムたちが眠っている間にタープに戻った。 

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