魔都ガイウス  暗殺者 6

 俺たちはしばらく言葉を失い、小さなたき火を見つめていた。

「終わりました」

 リラさんが治療を終える。

「・・・・・・マイネー」

 俺はそれだけを言う。

「ああ。間違いなく洗脳だ。その手法が『闇の蝙蝠』と同じだ」

「なるほどな。祖父の体術は、ヴァンに教わった物もある。だとすると、アールが俺と同じ技を使えるのもうなずける」

 俺たちに沈黙が降りる。

 しばらくして、リラさんがため息をつく。

「とりあえず、食事にしましょう。ランダとミルが作ってくれた物、冷めちゃいますよ」

 雑炊と肉を焼いた物だ。ランダとミルが作れるのはこれくらいだし、はっきり言って味は期待しない方が良い。素材の味を楽しもう。


 食べながら、俺はマイネーに尋ねる。

「なあ。洗脳で、大切な人を作り上げるって言ってたよな?って事は、アールの探している兄ってのは・・・・・・」

「実在しねえな」

 マイネーの肯定が胸に刺さる。

 あんなに必死に求めていた兄が、実在しないだなんて、アールにとって残酷な真実だ。

「実在したら困るんだよ。こいつみたいに洗脳が解けちまう。だから、かなり細かく外見をイメージさせる。その一方で、細かいプロフィールとかは持たせねえ。プロフィールが出来ちまうと、どこかしら似通った人物が実在しちまう。細かい外見なんていくらでも誤魔化せるくらいにな」

 なるほど。だから、あれほど必死に求める兄の名前すら、アールは知らなかったのか。

 俺は、自分の右目に触れてみる。

 アールの中の兄も、俺と同じ目の傷を負っているわけだ。

「多分、本当に兄はいたんだろう。だが、その兄は、アールが思い描いている兄とは全く違う外見だし、多分生きていない。生きていると、里にとって都合が悪いからな」

「酷い・・・・・・」

 リラさんが表情を曇らせる。

「『蝙蝠の里』の残虐なやり口は、こんな物じゃありませんぜ」

 マイネーがじっとたき火を見つめる。

「でもよ。この後はどうするんだ?アールはどうしたら良い?」

 ファーンが複雑な表情をする。気持ちは分かる。俺もアールを放っておく事は、正直気が進まない。かといって、一緒に行動するのも問題がある。洗脳は解けたわけでは無いのだから、何かのきっかけで、再び俺や仲間に襲いかかる可能性は大いにある。

 さらに言うと、祖父のように里の壊滅に乗り出していくほどの余裕はない。

「一番良いのは、グラーダに連れて行って、剣聖に預ける事だ。アールも里の事も何もかも丸投げだ」

 まあ、そうだよな。祖父だけならともかく、祖母もいれば、アールに対して、悪いようにはしないだろう。

「だが、その前に、オレ様は大将にこいつを任せるのが良いと思う」

「は?」

 マイネーの言葉に、俺は持っていた肉を落とすところだった。

「こいつの洗脳を、少しでも解けるとしたら、カシム。お前だけだ」

 マイネーが意外な程真剣な目で俺を見る。

「里の事はオレ様たち、獣人の問題でもある。それだけに、こいつは放ってはおけねぇ。何とかしてやりたいと思う。これがオレ様だったらいいんだが、カシムにしか出来ねぇ。だから、大将に頼みたい」

「でも、どうすりゃいいんだ?」

「とりあえず、パーティーの仲間にしてみちゃどうだ?」


「あ~あ。こうなるんじゃないかと思ってたんだ。カシムは天然だからな~」

 ファーンがため息をつく。

「でも、アールかわいそうだよ」

 ミルが言う。

「そうね。かわいそうだわ」

 リラさんも、若干あきらめたよな表情で微笑む。

 俺は無言を決め込んでいるランダを見ると、無言で肩をすくめられた。

「一応言っておくけど、俺は反対だからな?」

 俺としては、意思表明だけはしておく。だが、誰も取り合ってくれない。

「俺は自信ないからな!!」

 念のため、もう一度言う。アールの兄を演じるなんて、罪悪感で一杯だ。今後もそれを続けるなんて、俺にできっこない。

 しかし、ファーンが俺を手で制して、ニヤリと笑う。

「前にオレ、言ったよな。『きっとまた妹になってくれる奴が現れるよ』って」

 グッ・・・・・・。言ってたな。

「その通りになったじゃん。お前だって、妹ほしがってたんだからちょうど良いじゃんか。ヒヒヒ」 





 しばらくして、アールが目を覚ます。

 外の雨はもう止んでいる。

 たき火の火は、今はおき火になって、タープの内側をほのかに照らしている。

 俺は、アールが目を覚ますのを待っていた。ランダも寝ずに付き合ってくれているが、他の連中は眠っている。

「兄様・・・・・・」

 弱々しい声で、アールが俺を呼ぶ。

「アール。大丈夫か?」

 俺は近寄って、差し伸べられる手を握り、黒い瞳をのぞき込む。

 俺の手を握ると、安心したようにアールが微笑む。幼い少女の様な、あどけない表情だ。

「兄様。私を許してください。兄様を探すために、今まで罪を犯してきました」

 俺はその言葉に、胸をえぐられる思いがする。この子は、これまで、何人の人間を殺してきたのだろうか?そして、その度に罪の意識に苛まれてきたんだ。何も感じない殺人兵士ではない。罪の意識を持ち、悩み、葛藤する人間なんだ。どれだけ辛い人生を送ってきた事だろうか・・・・・・。

「いいんだ。お前のせいじゃない。これからは俺がいる。もう人を殺したりしなくて良いんだ」

 俺がそう言うと、アールは涙をこぼす。

「ごめんなさい。ごめんなさい。私は酷い人間なのに、こうして願いが叶って、今、幸せな気持ちになってしまいました」

 そう言うと、縛られた両手で、俺の腰の剣をゆっくり抜いて、俺に握らせる。

「兄様。お願いです。今、私を殺してください。願いが叶った今、これ以上の罪を犯さぬうちに、私を殺してください」

 こんなにも。こんなにも苦しんでいたのか・・・・・・。そう思うと同時に納得がいった。これほどの腕が立つのに、里がアールを切り捨てたのは、精神的に限界が来ていたのだ。洗脳にアールの精神が耐えきれなくなっていたのだ。そこに、俺が現れて、洗脳が解けたのか・・・・・・。そして、洗脳は、完全に解けてはいない。それをアールも自覚している。

 だから、「殺せ」と・・・・・・。

「出来ない・・・・・・」

 俺は剣を鞘に収めると、アールを抱きしめる。

「俺がいる!もうアールを苦しめるような事は起こらないし、起こさせない!」

 自信なんて無い。だから、これは俺の願望でしか無い。

 無責任な口約束でしか無い。だが、それを現実にしたいと切実に思っている。

「・・・・・・兄様」

 俺に抱きしめられたアールは、俺の体を感じるように呟く。

「兄様。本当に兄様・・・・・・触れる。消えない・・・・・・」

 アールが呟く。

「怖い。兄様が消えそうで怖い。今までよりも、もっと怖い」

「消えないよ。俺はちゃんとここにいる。明日も明後日もだ」

「一緒にいてくれますか?」

「一緒にいよう。俺たちは今、冒険者として旅をしているんだ。アールも俺たちの仲間になれば、ずっと一緒にいられる」

 勢いで、俺は提案していた。

「・・・・・・私、兄様と一緒にいられるなら、何でもする」

 アールが頷く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る