魔都ガイウス  暗殺者 5

 俺は俺で、今の話を全く別の観点から聞いていた。

「なあ、マイネー。そうした伝承とか、獣人族の風習とかってさ、しっかり文章で残した方が良いぞ」

「はあ。やだよ、めんどくせぇ!」

 予想通りの返事だ。

「いや。これは真面目な話だが、お前は武勇で多分後世にも名が残る」

「ほほう」

 マイネーは満足そうに頷く。

「でも、どの程度か分からない。何せ、今の世には、強烈な人物がきら星の如くだ」

 そう言うと、マイネーも唸る。

「だから、獣人族についての書を残せば、お前は文化面で、確実に歴史に名を残す。1つの分野だけで無く、多岐にわたる活躍をした英雄になるわけだ。特にお前は大族長やってたんだから、書にして残すには十分な箔が付く」

 実際、マイネーの立場は羨ましい。後世で確実に学術的な資料に用いられる書になるだろう。

「でも、オレ様文才無いからなぁ・・・・・・」

「実際にお前が文を書く必要は無い。人を選んで話や風習を集めるように命令して、編纂に立ち会って、書としてまとまった物に認可を与えりゃ良い」

「なら出来そうだな」

 とたんに前向きになる。

「もちろん、自分の知っている話は、最初に語るなりして、記録に取らせるんだ。積極的に参加する事で、自分の書として出せる」

 マイネーは、また面倒くさそうな顔をする。

「・・・・・・んじゃあ、暇になったら考えとくわ」

 まあ、考古学者としても、獣人国を謎の国のままにしておくのは惜しいからな。



「でよ、大将。こいつの事なんだが、意識を取り戻したら少し聞きたい事がある。だから、カシムはこいつの兄貴のフリをして話を合わせてやってくれ」

 マイネーが言う。

「出来るかな・・・・・・」

 俺は、ちょっと自信が無い。女をジッと見つめる。


 長い黒髪は後ろで1つにまとめられている。今は伏せられているが、大きな黒い目。

 小柄で少し華奢に見える手足。顔も顎も小さい、整った顔。一見すると、暗殺者には見えない。

 年齢も俺と大して変わらないだろう。もしかしたら、本当に俺より下かもしれない。アクシスくらいか・・・・・・。


「起こしますか?」

 リラさんが言ってくる。今はリラさんの魔法で眠っている。かなり魔法抵抗力があったようだが、気を失った状態だったので眠りの魔法を掛ける事に成功していた。


 俺たちは、それぞれに顔を見合わせると、うなずき合う。



 リラさんが魔法を解除する。

 女がゆっくり目を開ける。


 女は目を開けると、すぐに手足を縛られた状況を把握する。押し殺した殺気を放ち、周囲の状況を確認しようとする。

 だが、そこで、気を失う前の状況を思い出したようで、目が大きく見開かれる。そして、俺を探して、俺と目が合う。

「兄様!兄様!!」

 俺の方に身を乗り出してくる。

「あ、ああ。アール。怪我をさせてしまってごめんな」

 俺は何とか最初の言葉を言う。すると、アールがポロポロと涙をこぼす。

「ああ。兄様!私の方こそごめんなさい。兄様と気付かずに刃を向けてしまいました」

「いいんだ。命令だったんだろ?」

 俺が笑ってみせると、アールは安堵したように涙をこぼしながら笑みを浮かべる。

「兄様。生きていらしたんですね?私は、ずっと兄様を探していました」

 アールは、今にも俺がかき消えてしまうのではと、不安を感じているようだった。縛られた手を俺に伸ばす。

 思わず俺は、身を乗り出して、震えるアールの手を握る。

「ああ。ああ。兄様だ!兄様だ!」

 それだけでアールが歓喜に打ち震える。

 こんなにまでも、アールは自分の中の兄を大切に思い、必死になって探していたんだ。

「よお。せっかくの再会の所悪いんだが、ちょっとオレ様の質問に答えてくれ」

 アールの体を捕まえているマイネーが声をかけると、アールは意外な程素直に頷く。

「あんたの名前は?」

「アール・ジェイ・ジェイン」

 マイネーが頷く。それから自分の顎を撫でながら次の質問をする。

「じゃあ、アール。暗殺依頼は誰から来たか知ってるか?」

 アールは無表情に首を振る。

「知らない」

 だろうな。村でマーキングされた男を殺すって事しか、アールは知らされていないのだろう。使い捨てにする予定だったのだから、それ以上の情報なんていらないのだろう。

「じゃあ、アールは誰を殺す事になるのか、知っていたか?」

 これにも、アールは首を振る。やっぱりだ。

「じゃあ、最後に、アールの兄様の名前を聞かせてくれ」

 ん?所属している里の名前を聞かなくて良いのか?

 だが、マイネーの質問に、無表情だったアールが、急に苦悶の表情を浮かべる。

「に、兄様は・・・・・・兄様で。があぁぁあ!ぐがああ!に、兄様!兄様はぁ」

「どうした?お前の大切な兄様の名前だよ!分からねぇのか?」

「うがあああぁぁ!に、にい、さま。にいさま!助けて!タスケテ。にいさま、たすけ・・・・・・」

 アールは突然、地面に額を打ち付ける。額が裂けて、血が噴き出す。更にもう一度額を打ち付けようとするのを、マイネーが止めた。

「二、ニイサマ・・・・・・アタマガ、コワレル・・・・・・」

 アールが血まみれの顔を俺に向けて助けを求める。

「カシムだ!お前の兄様はカシム・ペンダートンだ!!」

 俺はアールに駆け寄り、そう告げる。すると、アールは安心したように微笑んで目を閉じる。

「気を失ったか。・・・・・・リラさん。悪ぃんですが、治療を頼みます」

 マイネーがアールを折りたたみのベッドに寝かせる。

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