魔都ガイウス 暗殺者 3
女は、本当にどこから出したのか、2本の直剣を手に至近戦闘を挑んでくる。
とっさに俺はトビトカゲを抜くが、抜いた瞬間に打ち上げられてしまう。
右手が上がり、防御が甘くなる。そこに、女が剣を突き込んでくる。
俺は仰向けに倒れ込み、女の足の間に待避する。すかさず女が、足を閉じて、俺の身動きを封じるや、剣を突き立てようとする。
だが、その瞬間、女右肩を、宙に放り投げたトビトカゲが刺し貫く。
これを狙っていた。
さすがの女も動きが止まるかと思ったが、しぶとく剣を突き落としてくる。
「うおっ!?」
とは言え、衝撃で足の力が抜けて、拘束が弱まったので、身をひねって回避する。
女の剣は、俺のフードに突き刺さり、マントが剥がされる。
俺は女の足の間をくぐり抜けて、背後に出ると、後ろ回し蹴りを女の背にたたき込もうとするが、女も同じく後ろ回し蹴りを放つ。
互いの足が当たったが、ダメージがある女がバランスを崩す。その一瞬の隙に、俺は圧蹴もどきで間合いを詰める。地面がぬかるんでいて、上手く踏み込めなかった為速度が出ない。
体当たりしながら、女の服の襟を掴む。
女と目が合う。
女の大きな黒い瞳が、大きく見開かれる。その表情は、驚愕と歓喜に打ち震えた様な、それでいて悲しそうな表情だった。
その表情に驚き、俺はそのまま動きを止めてしまう。
『やばい!とんでもない隙を作ってしまった』
俺は身構えたが、女からの逆撃は来ない。
それどころか、女がガクガクと震えながら、俺の顔を凝視して涙をこぼす。
「な、なんだ?」
女が力のない手で、俺の肩を掴む。もう殺気は全く無くなっている。
「そ、そんな・・・・・・」
女が呻く。喜びと悲しみ、激しい苦痛を感じているような、それでいて切ないような。何とも言えない表情だ。
「兄様・・・・・・。生きていたのですか?」
俺を誰かと勘違いしているのか?
「兄様、兄様!私です!アールです!!」
知らない。全く知らないぞ。黒髪に黒い瞳のこの女も、「アール」と言う名前も、全く知らない。完全に誰かと勘違いしている。
「ちょっと、待て!俺の命を狙ってたんじゃ無かったのか?」
俺は困惑してしまう。警戒は解いていないが、女の様子があまりにもおかしい。
更に様子はおかしくなっていく。
「が!があああ!ぐああああ!!」
突然に首をのけ反らせて、獣の様な叫び声を上げる。口から泡を吐き、苦しそうに顔を歪ませる。
「おい!!」
「ち、違う!兄様は死んだ!!違う!生きている!!命令だ!殺せ!出来ない!兄様を殺せない!!」
女が叫ぶ。
「ぐががががががぁぁぁ!!!」
「こ、この反応は・・・・・・」
マイネーが唸る。
「知ってんのか?!」
ファーンがマイネーに問いかける。
「分からねぇが、もしかしたらだ」
2人のやりとりに構っている暇は無い。
アールという女は、苦しそうに頭を振る。そして、俺にしがみつく。
「兄様!助けて!兄様!怖い!私の頭が壊れちゃう!助けて!!」
そして、泣き叫ぶが、急に痙攣すると、力を失う。
「はい。そこまでです」
淡々とした様子で、リラさんが馬上から俺たちを見下ろす。
「リラさん・・・・・・。何かしました?」
恐る恐る尋ねると、リラさんがぞっとするような笑いを浮かべる。
「精霊魔法で、呼吸を遮断しました」
こ、怖い!怖い!リラさん、最強なんじゃ無いか?
これにはマイネーもゾッとした表情を浮かべている。
「カシム。お前が悪い」
ランダがボソリと言う。
気を失った女を後ろ手に縛り、足も縛って地面に転がす。
「しかし、こいつどうする?」
ファーンが困った様に言う。俺も困っている。
戦闘の流れでなら、命を奪うのもやむ無しだが、無抵抗な人間を殺す事なんて、俺には出来ない。
「この子、カシム君を知っているようでしたが、本当に知らないんですか?」
リラさんに何度目かになる詰問を受ける。
知らないと思う。だが、実際はどうなのだろうか・・・・・・。
「分からない。少なくとも俺は知らないと思う。でも、俺の家には、祖母のやってる孤児の保護施設がある。そこには沢山の子どもたちがいた。その中にこの子がいたかも知れない。それに、この子は俺が祖父から教わった体術を使っていた。無関係とは言えないかも知れない」
俺がそう言うと、リラさんはため息をつきながら、女に手をかざす。
「それなら、一応回復魔法を掛けないとですね」
そう言うと、リラさんは回復魔法を唱えて、女の治療をする。
「マイネー。さっき何かファーンと話していたみたいだが?」
俺が問いかけると、マイネーが表情を曇らせる。
「確証はねぇよ?」
「構わない」
「こいつはもしかしたら、昨日カシムが話していた『闇の蝙蝠』の里出身の殺し屋なんじゃ無いかって思ってな」
「ええ?!」
俺は驚く。仲間たちも同様だ。
「でも、お兄ちゃんの話だと、ジーンが滅ぼしたんでしょ?」
「そうだ。だが、里はジーンが一度滅ぼしたのに復活した。もう一回復活していても不思議じゃ無い」
にわかには信じられない事をマイネーが言う。
「地獄教徒じゃねぇの?」
ファーンの疑問には、俺が答える。
「いや。ここはまだ聖竜の領域内だ。地獄教徒は入れない」
「その通りだ。だが、地獄教徒が暗殺を依頼しないとは限らない」
確かに、ランダの言う事もうなずける。
「他にもカシムの命を狙ってそうな連中は多い。特に今の時期はな」
マイネーがジロリと俺を見る。
「世界会議か・・・・・・」
「そうだ。正直、どこのどいつが、何のためにカシムの命を狙うのかなんて、皆目見当が付かない。狙わせた奴ら自身、どんな影響があるのかなんて理解してないだろう。思いついた事をやってみたぐらいの事かもしれん」
「・・・・・・呆れた~。ミルより子どもみたい」
ミルがため息をつく。
「お!自分から子どもだって認めたのか?!」
ファーンが茶化すが、ミルは不敵な笑みを浮かべる。
「ミルは『子ども』を武器にして、お兄ちゃんを『ろうらく』するのだ!!」
「参った、参った!ミルはタフだね。・・・・・・でもよ、『妹枠』また増えちまうぞ?!」
「む~~~~!」
「ちょっと、2人とも?!」
リラさんの一言で、ふざけたやりとりをしていた2人がピッタリ口を閉ざす。
「い、いや。普通に考えれば、村に戻って、街の衛士に引き渡すさ」
俺がそう答えると、リラさんがにっこり微笑む。
「いや。悪いが、ちょっと待ってくれ。こいつはこのまま連れて行く」
マイネーの言葉に、俺も、仲間たちも驚く。
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