届かぬ願い  グラン高原 5

 40キロの距離を、3人は僅か1時間弱で走破して、山道への入り口にたどり着いた。

 途中、大型の野獣数匹に出会ったが、いずれもリラが上空で発見して、風魔法で追い散らしていた。

「実際、空を自在に飛べる魔法使いって奴は、ほぼ無敵だよな」

 マイネーがリラをそう評する。この時代、空を飛ぶ魔法は存在していない。ハイエルフでさえ、風の精霊魔法で空を飛ぶ離れ業が出来る者はごく僅かだ。

 航空戦力となれば、トリ獣人か、ペガサスなど、空を飛べる魔獣、神獣を使うぐらいである。ちなみに、トリ獣人は魔力があっても魔法適性は無い。

 航空戦力に力を入れているグラーダ国でも、空飛ぶ騎獣の保有数は20騎。トリ獣人の戦力は400名。

 騎獣には騎士と魔導師が乗るものとして、トリ獣人も、100名は魔導師をカゴに乗せて運用するものとしている。

 リラは、空を飛んでいる時は、今はまだ精霊魔法は使えないので、普通の魔法を使っている。


 山道を進み始めると、すぐに地面に巨大な影が差し、2頭の竜が3人の前に立ちふさがった。

 白い鱗に、所々に黒い体毛が生えている。長く尖った口に、細い目は左右2つずつ、計4つの黄色い目がある。

 黒いふさふさの口ひげ、あごひげを持ち、大きく枝分かれした青い角の竜である。

 大きさは10メートル程はあるだろう。


『地上人。何しに来た?』


 しわがれた老人のような声で竜が尋ねてきた。

「魔竜アルゲイスのお出ましだ。しかし、一応まずは話しから入るとは、意外と礼儀正しいじゃねぇか」

 マイネーが小声で言う。

 リラが進み出て、お辞儀をする。

「無断で領域に立ち入った無礼をお許し下さい。我々は、山頂付近に生えている薬草を少しばかり頂きたく参りました。竜王様に取り次いで、許可をいただけないでしょうか?」

 リラの言葉に、1頭の竜が首を下ろして、リラを正面から見る。

『見返りに、汝は何を寄越す?』

 交渉事になるとは思っていなかったが、リラは戸惑う様子を見せずに、ポーチから小さな袋を取り出す。

「ここに金貨が入っています。それでよろしいでしょうか?」

 アルゲイスが4つの目を細める。

『何枚入っている?』

 リラは、袋から金貨を取り出す。

「3枚です」

 薬草の代金としては、破格すぎる値段だ。

 2頭のアルゲイスはうなずき合って、1頭がサッと上空に舞い上がって行く。

『待っていろ』

 竜王グー・ベルンに確認しに行ったのだろう。



 5分ほどすると、恐らくさっき飛び去っていった竜が戻ってきた。

『王が言うには3枚では足りぬと言う事だった』

 竜からの返事は増額要求だった。

「やっぱり竜ってのは強欲だな」

 マイネーが呟く。

 リラは、ポーチから更に3枚の金貨を取り出す。

「ではこれではいかがですか?」

 そのリラの様子に、竜は明らかにニンマリと笑った。

『ククク。その様子では、もっと持っておるようだな』

「あ。や~な予感」

 ミルが身構える。そのミルを庇うようにマイネーが前に立つ。

「いくらお支払いすれば許可が下りるのですか?」

 リラは怯える素振りも見せずに、静かに尋ねる。

「これは、怒ってる怒ってる」

 ミルが身震いする。

『王はおっしゃられた。要求してすぐに増額に応じるなら、かなり金を持っている。ならば、殺して全て奪えば良いと』

 すると、更に2匹の竜が、リラたちの背後に降り立った。

 逃がす気は無いようだ。

 だが、それにも動揺せず、リラは静かに言う。

「私たちを通して下されば、余計な怪我をしないで済みますよ」

 リラの言葉に、4頭の竜たちは顔を見合わせて笑った。

『グワッハッハッハッ!!地上人如きが大きく出おったな!我らグー・ベルンの配下は20頭の竜だぞ!!』


 リラは小さくため息を付く。

「マイネー。カシム君の基本方針は知ってますか?」

 リラが竜を無視してマイネーに尋ねる。

「ああ。無駄な殺生はしたくねえって奴でしょう?相手の領域に侵入したのはこっちだからどうのこうのってやつ」

「分かってるなら良いです。可能な限り、カシム君の方針に従いましょう」

「ミルはちょっと厳しいと思うよ~」

 望月丸を抜いて、ミルが首を傾げる。

「ミルは薬草を採って来られる?」

 リラが尋ねると、ミルは頷く。

「1人なら、バレずに採って来られるかも」

「じゃあ、竜たちは私たちで引き付けるわ。頃合い見計らって、すっ飛ばすから、がんばってね」

「え?う、うん」

 不穏な発言に一瞬怯んだが、その時には4頭の竜は牙や爪で襲いかかって来ていた。


 ゴオオオオオオオオッッッ!!


 激しい炎が3人の周囲を囲む。炎を放ったのは竜では無い。マイネーである。

 マイネーは愛用の斧を手に、黒い炎で竜を威嚇する。

 炎を吐く竜ではあるが、自らもその炎に焼かれる通り、炎に耐性がある訳ではない。

 強烈な炎に驚き距離を取る。

「カカカカカッ!!でかく出やがったなトカゲ共!!テメエ等がケンカを売ったのが誰だか知らねえようだ!!」

 長い金髪を結んでいる紐がほどけて、ゆらゆらと立ち上がる。

「傲慢にして豪快!奔放にして仁義に厚い色男!火炎魔獣ランネル・マイネー様とはオレ様の事だ!!邪魔立てするとテメエ等まとめて、焼いて食っちまうぞ!!」

 マイネーの名乗りが終わった瞬間、消えかけていた黒炎が、いきなり最初の時よりも勢いよく吹き上がった。

 辛うじて避けていた竜たちは炎に巻かれる。

「お、おろ?」

 当のマイネーも戸惑う。

「とにかく派手にして、竜たちの目をここに引き付けます!」

「おお。リラさんの魔法か。オレ様たち、相性いいな!」

 マイネーが破顔する。ただし敵に回せば、マイネーとリラとでは相性最悪になる。

「じゃあ、でかい魔法行くぜ!ミルも少しばかり引き付けていてくれ!!」

 そう言うと、マイネーは魔法の詠唱に入る。

「まっかせて~!手加減する余裕ないから、大怪我させちゃったら御免ね!」

 ミルは、凄まじい速度で、炎から脱した竜に駈け寄り、必殺の大円斬の構えを取る。

 完全に機先を制された竜たちはパニック状態で、ミルの接近には気付いていない。

 大きな構えから大円斬を繰り出すと、1匹の竜の翼を根元から切断する。

「うわ!?ちょっとやり過ぎた!!」

 ミルはそう呟くと、すぐに岩場に姿を隠し、次の攻撃の為に移動を開始する。

 

 リラは、マイネーの黒炎を消さないようにコントロールしながら、炎を舞わせて竜たちを威嚇する。

 そんな中、マイネーの詠唱は進行する。

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