届かぬ願い  グラン高原 1

 それからも、俺たちの国境通過は先延ばしにされた。

 翌日の昼になって、身なりの良い貴族然とした男たちが、媚びへつらうような笑顔を顔中に貼り付けて、俺たちの滞在している宿に現れる。


「君の噂は耳に親しませて貰っているよ」

「どうだろう。我が国王に会ってはくれないだろうか?」

「君たちの旅に支援をさせて欲しい」

 甘い言葉を囁くが、実に腹が立つ。

 お前らの支援など必要とするペンダートンだと思うか?

「おい、大将。腹を立てるなよ」

 マイネーがボソリと囁く。

「わかっている。適当にあしらうさ」

 そうは言っても、こういう奴らはしつこい。


 その日は丁重にお帰り願ったが、それで国境を越えられる事はなかった。

 次の日も、昼頃に、更に数人増えて、かなり露骨に肌を露出させたドレス姿の女性も複数連れて、貴族たちはやって来た。

「君の話しをしたら、私の娘が是非会いたいと言ってだね」

「何なら、一晩だけでも娘と付き合ってくれないかね」

 これに我慢が出来なくなったのは、俺もだが、マイネーだった。

「おい!テメーら!!女は政治の道具じゃねぇ!!もっと尊敬しやがれ!!」

 ついに怒鳴ったマイネーに、貴族たちは青ざめる。

「な、何だね、君は!?我々は、君たちの団長さんに話しているんだ!!」

 明らかに獣人を見下していた貴族たちは、マイネーは眼中に無く、ランダやファーンにも興味が無かった。リラさんの事だけはねっとりとした視線を送って見ていたので、それも不快極まっていた。

「勉強不足だな、テメーら!!オレ様は獣人国大族長(元)にして、英雄火炎魔獣たるランネル・マイネー様だよ!!テメーらオレ様にひれ伏しやがれ!!焼いて食っちまうぞ!!」

 マイネーは凄い奴だな。強さはもちろん、人としての格も、彼らよりも何倍もでかい。

 獣人国の大族長ともなれば、ザラ国程度ではどうにもならない相手だ。「元」だけどな。

 完全に腰を抜かしている貴族たちに、俺も立ち上がって告げる。

「俺たちは闘神王グラーダ三世の命(めい)で旅をしている。旅券もグラーダ国王の名で発行されている。その旅券を持つ俺たちの旅を妨害する行為。これ以上看過できない。ついては、この件は『ケルベロス』に報告させて貰おう」

 俺が「ケルベロス」の名を出すと、貴族たちは震え上がった。


 「ケルベロス」は国際査察団の名称で、グラーダ条約で取り決められて事を違反していないか監査する、国際機構だ。

 各国からも参加しているが、現在は事実上グラーダ国が、その手綱を握っている。

 貨幣の発行、品質、価値を世界共通通貨として使用できるラインに保つのが、主たる仕事では有るが、不正行為を取り締まることも有る。

 今回の場合だと、他国に抜け駆けしたことがバレてしまい、ザラ国としては非常に立場が悪くなる。

 貴族としては、一家取りつぶしとなる恐れも有る。

 「ケルベロス」の名は、やましい思いのある者はもちろん、後ろ暗いところが無い者が耳にしても、不安をかき立てる、そう言った組織なのだ。


「それと、当然、これ以上の邪魔立てをすれば、グラーダ闘神王に直訴するしかなくなる訳だ」

 俺はそう言うと、目を白黒させる貴族たちを尻目に、仲間たちと宿を出た。

 そして、そのまま国境の検問に行き、圧力を掛けて通過する。もちろん、税金はちゃんと払う。


「いやぁ。チッとはスッとしたな」

 ファーンが「ヒヒヒ」と笑う。

「それに、マインー。見直したぜ。あんた見かけによらず、女に甘いよな」

 ファーンが言うと、マイネーはフンと鼻息荒く呻る。

「当たり前だ!オレ様は傲慢だが、女はみんな尊敬している!」

 こういう所、俺はマイネーが好きだ。

「ただのゴリラじゃないね~」

 ミルが笑う。

「ゴリラじゃねぇ!!」

 怒鳴りながらも、マイネーも前ほどムキにならない。

 八光の里で、永遠の初芽たちに、毎日「ゴリラ」呼ばわりされつつ、すっかり懐かれたので、悪い気がしていないのだろう。

 ミルは幼児化は直り、またエルフの大森林に入る前の状態に戻っている。

 まあ、これを直ったと表現して良いのかは不明だ。本来のミルは、八光の里で子どもたちと遊んでいた、幼い状態なのだろう。俺たちに合わせて背伸びしているのが、今のミルだと考えると、ちょっと切ない。

 そう言えば、エルフの大森林で、何か重要な事を忘れている気がするんだが・・・・・・。なんだっけ?


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