届かぬ願い  記事 2

「さて、俺の番だ。俺はミルの分も合わせて2発殴らせて貰うぞ」

 俺がそう言うと、ヒシムが首をブンブン振る。今のところ、こいつはノーダメージ、ボーナス1ポイントで、むしろ得してやがる。

「カシム君。ウチのミルだったら、僕の事を殴ったりはしないぞ!」

「それはそうだ。竜の団ウチのミルは良い子だからな」

「じゃあ、ミルの分は必要ないだろう」

 俺はため息を付く。

「何で、ミルに永遠の初芽の事を黙っていた?ミルは泣いていたぞ!!」

 それは本当に腹立たしい。

「なんで泣くんだい?永遠の初芽なんて、素晴らしい事じゃないか!!それに、教えなかったのは、教えたら八光の里に行きたがると思ったからなんだ!」

 俺はネイルーラさんを見る。

「私は、成長が止まった時に話すべきだと言ったんです」

 じゃあ、下手人げしゅにんはヒシムだけだな。

「待ってよ!サプライズだよ!!その方が楽しいだろ?!」

 だからヒシムよ!それで楽しいのはお前だけだよな。


「歯ぁ食いしばれぇぇ!!!ずりゃああああっっ!!」

 ビシッ!!

 俺の渾身の一撃は、ヒシムの左頬直前で、見えない壁によって阻まれる。

 力を込めても、拳は進まない。

「ぐおおおおおおおおっっ!!こ、これは何かな?!」

「ぬぬぬぬぬぬっ!!当然、忍術でござる!!」

 こいつは往生際の悪い!!!

「フフフフ。とにかく、一発は一発でござるぞぉ!!」

 その上、汚い。

「そうかよ!!」

 ズボゴッッ!!

 俺はすかさず左ボディーブローを無防備なヒシムのボディーに突き刺した。

「オッ!?ゴロロロロロボボロボロロバハァ!!!」

 ヒシムが悶絶して地面を転がる。マイネーもうっかり手を離してしまったようだ。

「は、腹は無しだろ・・・・・・オロロロロロロ~~~~ッッ!!!」

 ヒシムはもがき苦しみながら「キラキラ」のエフェクト付きで嘔吐する。

「一発は一発だ」

 

 さて、最後はランダ先生にお願いしよう。

「ランダ。最後だ」

「ま、まだ終わらないの?」

 まだも何も、実質一発だけだろうが。

「いや。俺は殴らん」

「ええ?何故?」

 ランダが平然と殴るのを拒否する。

「ヒシムは俺の祖母の弟だ。親族に手を挙げるのは気が進まん」

 ああ。そう言えばそうだった。

「ええ?!君は姉ちゃんの孫なのかい?!」

 ヒシムがヨロヨロ立ち上がって、苦しそうにしながら笑う。殴られなくなって嬉しそうだ。

 ランダは静かに頷く。

「そっか。それは知らなかったよ。あの姉ちゃん、変な人で、すぐどっか行っちゃうんだよな!もう200年は会ってないよ」

 変な人に変な人呼ばわりされたぞ・・・・・・。

「姉ちゃんは元気かい?」

 ランダは首を傾げる。

「俺は幼い頃に会ったきりです。祖父が他界して、すぐに旅に出てしまいました」

 ランダが言うと、ヒシムは苦い顔をしたまま笑う。

「何だいそれは。相変わらず無責任な人だな!!僕より240歳も年上なのに、子どもみたいじゃないか!!」

 ヒシムって、無自覚バカだよな。勝手に自爆する。

「・・・・・・カシム。やはり殴るのが筋だな。竜の団として」

 ランダがそう言うので、マイネーがヒシムを捕まえる。

「マイネー。タイミング合わせて手を離せよ~」

 俺がマイネーに指示を与える。ウキウキしてきた。

「光の鎧、起動」

 出た出た~~~!!

 ランダが光の鎧カーテンレールの力を使って、凄まじい勢いで回転し出す。


 ズバキャアアアッッッ!!


 おお!!ヒシムが凄まじい錐揉み状態で宙を舞う。そして、地面に突き刺さる。ブラボーーーー!!

 やられるのは二度とごめんだが、人がやられているのを見ると、かなり爽快だ!!

 と、言いつつ、トラウマで冷や汗も吹き出すし、何だか頬が痛む気がする。俺の体は覚えているようだ。


 完全に目を回しているヒシムをネイルーラさんに任せて、俺たちは清々しい気分で、宴に戻った。




◇      ◇


 

 その頃、グラーダ国王都メルスィンの王城、リル・グラーディアから世界に向けて、重大な宣言が発布された。

「世界会議開催」である。

 開催日。エレス暦3967年9月1日。

 開催期間、不明。

 場所はアインザーク国王都「ガイウス」。

 

 アインザークは、グラーダ狂王戦争時からの同盟国で有りながら、グラーダ条約で禁じられた他国への侵攻を破る寸前まで行った過去が有る。

 今回会場にアインザークが選ばれたのは、その汚名返上の機会を与えられた事による。

 

 3月31日に、闘神王グラーダ三世が、アカデミーの学生による研究発表会授賞式での、衝撃的な発表から、実際に開催されるまで、5ヶ月となるが、世界会議という規模からすれば、早い方である。

 獣人国で有れば半月せずに会議発表、実施となりそうだが、高度に政治的な駆け引きを要する、この様な会議では、準備期間が必要になる。

 これまでも、各国の首脳陣たちは、裏で暗躍し、時には血で血を洗う展開も繰り広げられていた。

 

 だが、今はグラーダ国一強時代。どれだけ各国が裏で暗躍しようとも、最終的にはグラーダ三世の一存で決まる。

 各国の思惑は、そのグラーダ三世の決定した枠組みの中で、自国が何番目に入れるのかと言う事である。

 獣人国は、グラーダ狂王戦争以前からグラーダと同盟を結んでいる。ただ、未だに国内が連合国ではあれど、部族間の争いが多く、克つ、軍備化は進んでいない。

 アインザークは、先にも述べた通り、グラーダ条約違反未遂事件を起こしている。過去にも、地獄の魔王出現未遂事件も起こしており、もう一度何かあれば、グラーダ国の右腕とは言ってられないだろう。

 その為、アインザークを陥れる為の工作活動が活発になっている。


 また、西の大国である、グレンネック。

 グレンネックは、この機にアインザークとの差を付けて、グラーダ国の右腕の位置を手に入れたい。近隣国も、それにあやかるか、もしくは妨害したい。

 更に、グレンネックの内部でも、グラーダにおもねるのを良しとしない派閥も有り、国王も暗愚な野心家である。


 そうした情勢の為、世界会議に向けて各国の動きが活発となり、自国の戦力増強に躍起になっていた。

 必然的に、有力冒険者たちに各国の注目が集まる。 


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