届かぬ願い  記事 1

 俺たちは、エルフの大森林の境界となっている、青っぽい幹の大樹密生地帯の手前で、ウルーピーの牽く浮き馬車を降りた。御者をしてくれたハイエルフと握手を交わして、境界を抜け、地上界に戻って来た。


 久々の地上の空気は、懐かしいと言うよりも暑かった。

 エルフの大森林の中は、いつも暖かく穏やかで、心地よい気候だったので、暑さの暴力を痛感した。まあ、生まれ育った気候だからすぐに慣れて何とも無くなるだろう。

 あと、地上界の森が、何とも貧相に感じてしまう。エルフの大森林の中の景色は絶景だった。いつか、また訪れたいと願うくらいに、良い世界だった。


 

 エルフの大森林から、東に少し進むと、イーラ村に到着した。

 村人たちは、これまた派手に出迎えてくれた。その夜は、再び宴会となり、村人たちにせがまれるまま、エルフの大森林での出来事を語って聞かせた。

 俺も、もう話のネタは沢山出来ている。今回はファーンが役立たずとなり、俺やリラさんが主にしゃべった。

 ミルは、地上界に来てすぐに眠ってしまい、マイネーに担がれて村に到着し、そのまま眠り続けている。


 と、言う事で、ミルは村長の離れに寝かせておき、俺たちは中座して、ある目的の為に、村はずれの一軒家に来ていた。


「いやがったぜ」

 マイネーがヒシムの首根っこを掴んで、家から出て来た。

「ヒィィィィィ!何するんですかぁぁぁ!」

 黄色のあの服着てやがる。

 後ろからは、あきれ顔のネイルーラさんが付いてくる。

「さて、ヒシムさん。あなた一体どういうつもりで、俺たちをエルフの大森林に連れて行ったのですか?」

 俺がヒシムに尋ねる。

「や、やあ。カシム君。君の顔が見れて嬉しいよ」

「まあ。マイネーがいなかったら、俺たちは間違いなく全滅してましたけどね」

 俺がヒシムを睨む。マイネーが無理をして俺たちを里に担いで行ってくれなかったら、眠って無防備な俺たちは、全員邪妖精に襲われて死んでいたはずだ。

 ヒシムにとっていたずらのつもりでも、とうてい許せるものでは無い。

「い、いや。僕もね。まさかあんなに邪妖精が暴れているとは知らなかったんだ。だから、僕が里に行って、その後で、みんなを迎えに行けば、馬車だから楽かなぁ~って思ってたんだよ」

 この人は、自分の悪事をぺらぺらとしゃべるな。悪いとは思ってないんだろうな。

「君たちだって、眠っている間に、馬車でス~~ッと着けたら、楽じゃないか」

 そして、言い訳をする。


「なるほど。でも、その前に、エルフの大森林の特質ぐらいは話しておくべきだったのでは?それに、暁明の里まで、遠回りの道を選んで、エルフの大森林に入りましたよね?それについては?」

 暁明の里から、最寄りの境界までは、直線距離15キロ程度だ。2時間もあれば着ける距離なのだ。

「そ、それは、まあ、うっかりというか・・・・・・。君たちが驚くかなぁとか思って・・・・・・。サプライズだよ!」

 あと、言い訳がメチャクチャで雑。

「ようし。そこに直れ。歯を食いしばれよ!」

 俺は前に進み出る。

「ひい!暴力反対!!」

 ヒシムは逃げようとするが、マイネーががっちり首根っこを押さえている。

「ネイルーラさん。申し訳ありませんが、ヒシムさんを殴らせて貰います」

 一応断っておく。ミルには見せられないが・・・・・・。

「もちろんどうぞ。私も彼から聞いて、あきれ果てていたんです」

 お。ネイルーラさん。俺たちに慣れたのか、呆れすぎているのか、はっきりしゃべる。


「じゃあ、ファーンからどうぞ」

 俺がファーンに1番手を勧める。

「よっしきた!!」

 ファーンが嬉しそうに腕を鳴らして進み出る。

「あんたのせいで、オレはエルフの大森林での記憶がほとんど無い!活躍も出来なかったんだ!!覚悟しろよ!!」

 ファーン。それはお前のレベルが低いせいだ。

「ひいいいいい」

「行くぜ!!せりゃぁ!!」

 ポク。ピキ。

「ぎぃやああああああぁぁ」

 やっぱり叫んだのはファーン。レベル差がありすぎて、ヒシムにダメージはゼロで、ファーンの手首がやられた。

「次はマイネー。行っとくか?」

 これはちょっとどころでは無く、かなり心配だ。首取れちゃうんじゃ無いか?

「ウヒイイイイイ」

 ヒシムの顔も蒼白だ。

「いや。オレ様はいい。眠っちまったのはオレ様の精神力が足りなかったせいだし、オレ様的には、こいつのおかげで良い思いが出来た」

 ホクホク顔でそう言う。じゃあ、ランダはトリにして、リラさんか。


 俺がチラリとリラさんを見る。リラさんは気合いを込めて頷く。

「私は行かせていただきます!!みんなの命が危険だった事は許せません!!」

「どわあああああ!ストップ、ストップ!!リラさん待って!!」

 俺はあわててリラさんを止める。

「カシム君?」

 リラさんがキョトンとする。

「リラさん。気持ちはわかるけど、精霊魔法を込めちゃ駄目だよ。死んじゃうって」

 リラさんの拳に、風が渦巻いていた。

「あら?本当。ごめんなさい」

 リラさんがぺろりと舌を出す。可愛いけど、無自覚で精霊魔法使うとか、怖いなぁ。ヒシムは顔面蒼白になってる。流石に哀れだ。

「じゃあ、行きますよ!!えい!!」

 ボグッ。

 リラさんのグーパンチは初めて見たが、見所は手を振り切った後のスリットの開いた部分だな。俺の正しい位置取りからは、大胆に太ももが見えました。

「ごちそうさまです!!」

 そう言ったのは俺じゃない。ヒシムだ。あいつ、リラさんに殴られて実に嬉しそうにしている。変態か?!マイネーもちょっと羨ましそうに見るのやめろ!

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