届かぬ願い 永遠の初芽 2
「ん、んん!」
わざとらしく咳払いしてから、タイアス殿が説明を始めた。
「リラ様は、大変希有な才能の持ち主です」
「あの。『様』はやめて下さい」
リラさんが、すかさず訂正を求める。タイアス殿は頷く。
「リラ君の才能は、ハイエルフでも『天才』と呼ばれる部類に属します。それ故に、精霊魔法の使い方が自由だ。自分の感覚だけで、精霊を最大限に使う事が出来ている」
「エリューネが、出来る事を教えてくれているんです」
タイアスが頷く。
「精霊使いとはそう言うものですが、その出来る事が多すぎるのです。それから、私の方からもリラ君に聞きたい。あの時、あなたはいくつもの精霊の力を借りていましたね?あなたが契約しているのは上位精霊シルフだけなはず」
タイアス殿の問は、俺も同じで驚いていた。
「ああ。エヴィオレットとリュエルガンは、エリューネのお友達みたいで、私も仲良くなったので、力を貸して貰ったんです」
「まずそこですな。精霊と仲良くなるだけなら、ハイエルフにとってはごく自然の事。しかし、それだけであれほどの力を引き出すのは難しい。才能有る者の為せる技です。そして、最後の精霊。あなたは、あれが何かご存知ですか?」
俺には、そこから先は分からない。風の渦に阻まれて、中を見る事が出来なかった。まあ、見れたとしても、精霊の姿が見えないのだから意味が無い。
そもそも、今回の戦いは、全く何が何やら分かっていない。だから、考えることを放棄したぐらいだ。
「『エアリス』が何者かは私には分かりませんが、ずっと私たちを見ていました。多分、テュポーンに腹を立てていたのだと思います」
「・・・・・・なるほど」
リラさんの返答に、タイアス殿が少し考える。
「ふむ。私もあれについては詳しくない。ただ正体は知っている。あれは最上位精霊の更に上位に存在する、王の精霊とも言われる、超位精霊『エア』です。一応風属性と言えますが、我々でも滅多に姿を見る事がない、精霊界そのものとも言える精霊です。それだけに、『エア』を使役する精霊使いなど、ほんの数人しかいませんでした。しかも、今生きているハイエルフでは1人だけです」
タイアス殿の説明に、さすがに事の大きさが理解できたようで、リラさんはあんぐりと口を開けている。
俺は、正直よく分かっていない。
「で、でも、あの時は必死で・・・・・・。たまたま手を貸してくれただけだと思います」
リラさんが弁明する。
「それは私もそうだと思っています。しかし、『たまたま』であれ、利害が一致しただけだとしても、エアの力を使った事には変わりはありません。なので、『精霊女王』の称号が、あなたには相応しい」
これは「おめでとう」と言って良いのか?ハイエルフたちは、真剣な表情でリラさんを見つめている。
「・・・・・・困ります」
リラさんが思った通りの返事をすると、タイアス殿が笑う。
「なに。ただの称号として受け取って貰って構わないです。我々がそう思っていると言うだけで、別に邪魔になるものでも無い。それに、今のあなたの精霊を使役する能力は、この精霊界限定の物だと思います」
タイアス殿の言葉に、俺は驚いたが、リラさんは素直に頷いた。
「もちろん、この精霊界で、リラ君の精霊使いとしての実力は大きく上がった。だけど、精霊界の外では、今は多重の精霊使役は難しいでしょうし、エアの使役なんて無茶は出来ないでしょう」
「はい。精霊界だからこそ、無茶な精霊魔法の使用でも、私は何とも無かったんだと思います」
そう言う物か。やっぱり俺には分からない。ただリラさんが凄い人なのだと言う事はよく分かった。
「ねえねえ。テュポーンって、一体どうなっちゃったの?」
ミルが尋ねる。
だが、これに関しては、リラさんもタイアス殿も首をひねる。
誰も、あの時に何が起こったのか、理解できていない様だ。
「わからないのだがね、ミルちゃん。テュポーンが死んだのは間違いないだろうね」
「そっか~」
ミルは少し悲しそうな表情をした。
「あの人、ミルには優しかったよ?」
確かにそうだ。ミルを戦場に出している事に腹を立てていた。
ミルを巻き込まないように、魔法も抑えていた様に、今なら思える。
俺も、もう少しやりようがあったのではと思う。テュポーンと手を携える事も、時間を掛ければ不可能ではなかったのかも知れない。同時に、時間を掛ける事で、取り返しの付かない事になっていた可能性もある訳だ。
答えはすぐには見つからない。
だから、テュポーンの死を、俺は背負って生きていこうと思う。
「なんでみんな、ミルを大事にしてくれるんだろう?」
ミルがため息を付く。
「それなら、今から八光の里に行こう。あそこには、他にも永遠の初芽がいる。行けばその理由が分かるだろう」
そうして、俺たちはすぐに出発の準備を整える。
本来は、数人のハイエルフの先導だけで充分なのだが、全員が同行を希望した。
里の警備や、修繕もあるのに、全員で八光の里に行く事になったのは、ハイエルフ全員が、ミルと出来るだけ長く一緒にいたいからだそうだ。
タイアス殿は、里長だから、誰か残すとなると、自らも残らなければいけなくなる。それを避ける為に、里を完全に空ける決断を、実に容易にした。
いいのかそれで?
また、テュポーンが里に接近する前の戦いで倒れたハイエルフたちは全員が敵の手で治療され、無事帰ってきた。
テュポーンの目的が、ハイエルフたちを兵士として支配する為だったからである。
こうして考えてみると、俺たちはテュポーンにかなり手加減して貰っていた訳だ。
永遠の初芽ミルに対する手加減の他、ハイエルフを殺さないようにもしていたし、エルフの大森林に大きなダメージを与える事も避けていた様子だ。
それらの事と、リラさんの精霊界での覚醒があって、何とか倒す事が出来たのだろう。出なければ、例えマイネーが万全な状態で戦闘に参加していたとしても、俺たちは全滅していただろうと、率直に思う。
終わってみると、戦いの規模は小さいようだが、もしも、テュポーンが目的を達して、精霊界から外に、つまり地上世界に侵攻していたらと思うとゾッとする。
今は冒険者たちもいるし、闘神王もいるので、テュポーンの企ては、成功しなかっただろうが、それまでに多くの血が流れただろう。
それを止めたのは、リラさんの精霊魔法だ。
・・・・・・あれ?俺、何にもしてない?
テュポーンを倒したのは俺じゃないよ?
「あ、あのカシム君?」
「は、はい?!」
「テュポーンは私が倒したみたいなので、あの約束は、無効ですね」
リラさんはそう言うと、走って浮遊馬車に乗り込む。
俺は地面に倒れ込む。
『この戦いで、カシム君がテュポーンを倒したら、私が胸を見せます』
期待はしてなかったさ。と言うか、その為に戦った訳じゃ無い。
なのに、何だ?この空虚な気持ちは?
「おおおおーい!カシム!!無事かぁ?!」
地面に倒れる俺の耳に、今一番会いたくない奴の声が響いた。
顔を上げると、里の奥から数台の馬車がウルーピーに引かれてやって来ていて、その一台の窓から、寝ぼけ眼のファーンが頭をガックンガックン揺らしながら叫んでいた。
「ファーン・・・・・・」
俺はテンション低く立ち上がる。
奴に今回の醜態を知られたら、またいつまでもからかわれてしまう。それは避けたい。
その馬車の御者台には、口から肉をはみ出させながら眠っているマイネーがいる。
「カシム!置いていくとは何事だ!?てめぇ~~~!」
ファーンが俺に気付くなり怒鳴る。そして、直後にメソメソ泣き出す。
「無事じゃんか。良かったよぉ~~~」
そして、そのまま眠りこける。情緒不安定な上に、全然順応できてない。
「もう、面倒くさいから寝ていろよな」
それだけ言うと、俺はファーンたちを見なかった事にして、八光の里行きの馬車に乗り込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます