神の創りし迷宮  旅団 4

「ティナ。ピフィネシアの所に行ってろ」

 多分闇の皇子シャナが、抱えていた子どもを降ろす。

「シャナ、無茶しないでがんばってね!」

 子どもが、何だかとっても可愛らしい仕草でそう言うと、シャナの元を離れて、精霊魔法を使っているピフィネシアさんの所に行く。

 子どもがピフィネシアさんのスカートを引っ張ると、足元の子どもに気付いて、ハッとシャナを見て顔色を変える。精霊魔法のコントロールもおざなりに、子どもを抱えてシャナから走って逃げる。

「皆さんも逃げて~~~!」

 ええ?!その様子に周囲の冒険者たちがザワつく。

 俺たちも思わず顔を見合わせる。


「うわ!?」

 俺はシャナを見て思わず呻いた。

 シャナの黒いマントが浮き上がり、コウモリの翼の様に変化する。シャナは30歳くらいの外見で、黒髪をオールバックにして無精髭。逞しい眉に、眉間にはシワを寄せているが、今はその顔に、入れ墨のような黒い紋様が浮き上がっている。髪も逆立ち、2本の角が生えた様になり、全身から黒いオーラの様な物が立ち上っている。見るからに禍々しい雰囲気だ。

 確かに何かヤバそうだ!

「に、逃げよう!」

 俺たちが走り出す前に、シャナが叫ぶ。


『ルシファーソードッッ!!!』


 ギャアアアアアアアアアーーーー!!

 グエェェェェェェッッ!!

 

 無数の叫び声や、うめき声が周囲から響いて、シャナに集まっていく。

 見たくないのに見てしまう。亡霊、幽霊、亡者。何か、そんな恐ろしい者たちが、うめき声を上げながら、シャナの伸ばした手の中に吸い込まれていく。そして、シャナの手に、黒いオーラが集まり、巨大で、実用性が全くなさそうな形のおぞましい剣が出現する。

 剣の周囲一帯が、オーラに包まれている。


「うわああああっっ!!」

「ぐあああああっっ!!」

 周囲の冒険者たちが膝を付いて呻く。

 俺たちも同様に倒れ込む。体の力が抜けていく。苦しい。

 シャナは亡者だけでは無く、俺たちの生命力まで吸い上げているのか?!


 シャナが空に飛び上がり、魔王目がけて飛んでいった。

 距離が離れたので、俺たちは立ち上がる事が出来た。だが、せっかく回復したのに、またかなり消耗してしまった。




◇      ◇




「おいおいおい!!旦那、それはマズいだろ!!!」

 周囲の異変に気付いたアインが叫ぶ。

 空中を跳躍していたクララーも、シャナに気付いて顔色を変える。

「うわあああああ!!やばいやばい!!逃げろ~~~~!」

 空中を跳躍して、魔王から一目散に離れる。

 魔王の足元で戦っていたアインが、それを見て怒鳴る。

「クララー!1人だけ逃げるな!!」

 だが、周囲に駆けつけてきた冒険者に声を掛ける事を忘れない。

「おい!!あんたら!!一回全力で逃げろ!!ヤバい攻撃が来るぞ!!」

 そう言って、槍で飛んでくるシャナを指し示す。

 禍々しいオーラを放って飛んでくる鬼神の姿に、冒険者たちは即座に反応する。そして、全力でシャナから遠ざかるように逃げ出す。

 アインはそれを見届けてから、獣化して、全力で離れた。


 シャナは、魔王の前で静止すると、魔王を睨みつける。目が真っ赤になり、形相も険しく、鬼神そのものである。

 そして、巨大な禍々しい剣を片手で持って、魔王目がけて突き出した。

「うおおおおおおおおおっっ!!」

 剣から黒いオーラと共に、無数の亡者が絶叫しながら魔王に襲いかかる。亡者は魔王だけでは無く、周囲に拡散して、広範囲に襲いかかって行く。草は枯れ、大気そのものが淀んで汚染されていく。

 魔王は、その巨体全体を亡者の群れに覆われる。


 カシムたちを含めて、周囲の冒険者は、また膝を付く。より近くにいる冒険者はその場で倒れ込んでしまう。それを、ザンとアインが抱えて逃げる。シズカが空中から落ちていくのを、クララーが抱きとめて、そのまま空中を駆けて逃げる。

「大丈夫ですか?綺麗なお嬢さん」

 そんなセリフをさらりと吐く。シズカは顔を赤く染める。

 だが、周囲は、正に阿鼻叫喚の地獄絵図だ。

「あれ、使用禁止って約束だったよな~。あ~、ダルい」

 クララーがムスッとして首を振る。


 それは、周囲に多大な影響を与える必殺の攻撃だった。おぞましい亡者たちが去った後、魔王の姿は無残に成り果てていた。

 腕は全て食いちぎられ、体中から体液をまき散らし、全身が深くえぐり取られていた。

 更に、頭が大きく傾いで、ズズ~~~ンッと音を立てて、もげて落ちた。

 

 だが、周囲に快哉を叫ぶだけの元気のある者はいなかった。皆が、ぐったりとして、力なくその光景を眺めていた。


 そんな中、1人だけが立ち上がる。

 ファーンだ。




◇     ◇




「まだだ!カシム、みんな、立て!!ランダ!呪文の詠唱だ!!」

 そう言うと、血を吐いて倒れ込む。

「ファーン!!」

 俺は倒れたファーンにすがりつくと、ファーンが弱々しく拳を突き上げた。

「行け、相棒・・・・・・」

 そうまで言われたらやるしか無いじゃ無いか!

 俺は懸命に立ち上がる。


 その時、魔王が身震いした。緑色の毒霧を、全身から大量に吐き出したのだ。噴出力が強く、緑の霧が俺たちに迫る。


「エリューネ!あの霧を巻き上げて!!」

 リラさんの言葉に従って、大気がうねり、強風が吹き、魔王を中心とした竜巻が発生して緑の霧を、全て上空に吹き飛ばしてしまった。

「無茶しないで下さい!」

 助かったけど、リラさんへの負担が心配だ。

 リラさんは倒れ込んだままだが、ニッコリ俺に笑いかける。

「・・・・・・まだ、大丈夫です」


 風が収まった時、魔王が変化する。

 ボロボロだった外側の肉が全てはがれ落ちて、その内側の肉が切り開かれるように伸び出し、細い、まるで蜘蛛の様な脚が、何百本も飛び出した。その脚は腕の代わりもしていて、自在に動かせるようだ。そして、首のあった所に大きな亀裂が生じ、バックリと巨大な口が出現する。平たい歯も、びっしり並んでいる。

 そして、胴体を横にして、一回り小さくなったとは言え、あの巨体で素早く動き始めた。

 ファーンの言う通り、外側の肉は、髪の毛のような物で、魔王にダメージは無いように見える。そして、小さく沢山いる人間たちを蹴散らすのに、適した形に変化した様だ。


「しぶとすぎだろ!?」

 クララーが驚いて叫び、すぐに天に駆け上がり、迎撃に向かう。

 アインも、逃走から、攻撃に転じる。


「アーちゃん!足止めして!!」

 ピフィネシアさんが精霊に命じると、またしても水の大蛇が出現するが、明らかにさっきより小さくなっている。

「水の精霊が足りないわ・・・・・・」

 ピフィネシアさんが、美しい顔に渋面を作る。


 恐ろしい攻撃をしたシャナは、姿が見えない。

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