神の創りし迷宮  迷宮 1

「これはヤバそうだな」

 ファーンが、俺たちの前を過ぎていく列を見送りながら言う。

 列には冒険者たちばかりでは無く、物資を運ぶ商人たちや、ギルドの職員たちなども混ざっているが、それでも1000人近くの行列だった。

 離脱者が、たった数日でここまでいるとなると、かなり厳しいクエストのようだ。

 多分、今、目の前を通過する離脱者たちは、俺たちよりレベルは高いはずだ。ダンジョンの経験も豊富なのだろう。それが、これ程痛手を受け、または、心を挫かれて離脱していく。

 当然、冒険者も仕事である。危険を顧みずに冒険をするのは、本来の姿では無い。いかに危険を冒さずに、利益を得るのかが最重要となる。だから、黒ランクで、犠牲が出るほどのクエストなら、受けないのが一番である。

 それでも、5000集まって、1000離脱となると、ゾッとする。

「ねえねえ。ランダが心配だよぅ!」

 ミルが俺に言う。

「急ごうよ!!」

 この子は、ちっとも物怖じしないな。俺は軽く吹き出す。

「そうだな。でも、ダンジョンまでは1日の距離だって言う。急いでも着くのは夕方だ。そうなると、しっかり休んで、出発は結局明日の朝だぞ」

「そうですね。ユリーカも待たなきゃいけないし」

 リラさんが言う。軽く忘れていたよ。

「あと、入場規制みたいなの、有るんじゃ無かったっけ?」

 ファーンが言う。

「とにかく、行ってみるしかないか・・・・・・」

 わからない事だらけだから、そんな提案しか出来ない。だが、馬を少しだけ急がせて、ダンジョンに向かった。


 日が暮れかかった頃に、ダンジョンを包囲しているグラーダ軍の所まで来た。

「ひゃーーー。すっげぇ数だな」

 ファーンが馬から伸び上がってグラーダ軍を見渡す。

 横にずっと長く広がっている。

「今のグラーダ軍は、一軍が1万人だ。それが5軍と、父の総司令軍1万5千だから、合わせて6万5千の兵力になるな」

 俺がファーンに教えてやる。ギルバート様は、ここから更に増援を出すなんて言ってたな。グラーダ軍の速さなら、早ければ明後日には到着する感じなのだろうか。

「あの旗、どの将軍だ?」

 ファーンはこの頃、戦の話しを聞きたがる。エレッサ防衛戦で(獣魔戦争と呼ばれているらしいが)、街の防衛指揮をした経験から、興味が広がったのだろう。

 俺は、グラーダ軍が掲げている旗を見る。

 白地に蓮の紋章。

「白蓮騎士団だ。ケレム・アスラン将軍だな」

「知ってる人ですか?」

 俺の後ろの、リラさんが尋ねる。

「知っていますよ。普段はすごく穏やかだけど、戦いになると、それは激しい人です」

「お兄ちゃん。それより、前からまた砂煙が来てるよ」

 ミルの指摘に、目を凝らすと、確かに包囲網の先に、また砂煙が上がっている。

「また離脱者でしょうか・・・・・・」

 リラさんが不安そうに言う。グラーダ軍も、慌ただしく動いているからそうなのだろう。

 前方から来る一団は、もうすぐ日が暮れるから、包囲の外で夜を過ごす事になるだろう。軍の回復魔道師たちが、受け入れ準備の指揮をしている様だ。


「緊急クエストに参加する冒険者の方ですね?」

 グラーダ軍の元に着くと、兵士たちに止められて、尋ねられた。

「そうです。通って良いですか?」

 俺が馬上から兵士に声を掛ける。

「ええ。どうぞ」

 兵士が、包囲の先に抜ける為の先導をしてくれる。

「カシム君!カシム君じゃないか!!!」

 声に振り向くと、アスラン将軍が駈け寄って来るのが見えた。

 俺は、馬から降りると、リラさんに手綱を渡して、アスラン将軍の元に行く。

「お久しぶりです、閣下」

 挨拶すると、アスラン将軍が笑う。

「君の活躍は聞いているよ!すごいじゃないか!」

「いえ。たまたまです。・・・・・・ところで、ダンジョンの方は被害が出ているようですね」

 前から近付いて来る砂煙を見て、アスラン将軍に尋ねる。世間話をしている暇は、お互いに無い。

「そのようだ」

 穏やかな表情が急に険しくなる。

「地下5階にセーフポイントは出来たが、そこから先が、結構広くて、魔物も強力な上に、物陰に潜んだり、擬態していたりするらしい」

 それから、俺の方を見る。

「君も行くんだね」

「ええ」

「わかった。気を付けてくれよ」

 俺は一礼すると、馬に戻りかけて、一つ確認をする。

「そう言えば、ギルバート様が増援を出すかもって言ってましたが・・・・・・」

 俺の言葉に、少し驚いた表情をするが、小さく頷いた。

「どうもそうらしい。もう王都を出発している。私たちも、これから包囲の輪を縮めていく予定だ」

 良い情報を得た。俺は礼を言ってから、馬に戻る。

「お待たせ。じゃあ、行こうか」

 そして、俺たちはグラーダ軍の包囲の内側に入った。





 ダンジョン前の野営キャンプ地に着いたのは、すっかり日が暮れてからだった。

 ダンジョン入り口付近に、広く柵を打ち付け、その中に、大きなテントがいくつも設置されていた。入り口には門もある。

 その野営地の外にも、テントやタープが無数に設置されていた。

 野営地の中央には、一際大きな屋根だけのテントが立てられていて、そこがギルドの前線支部として機能しているようだ。

 俺たちが野営地に着くと、ギルドの職員が案内してくれた。

「スマンが、馬は外だ」

 柵の外側に、割としっかりした厩と、馬が歩き回れるように頑丈な柵が設けられていた。馬の世話を見る係の男たちもいて、ここだけでも、しっかりとした防衛が出来そうだ。

 この辺りは、緑地化が進み、草も多いため、馬たちも、草を食んでいる。

 しかし、少し西に行けば、もう砂漠が広がっているはずだ。

 

 馬を、厩係に預けると、案内されて野営地の門の中に入る。

「中央テントのギルドに、まずは行ってくれ」

 言われて、俺たちはギルドのテントに向かう。

 周囲には多くの冒険者たちがいるし、冒険者たちのテントも無数に張られている。

 しかし、野営地の雰囲気は暗い。夜だからと言う訳ではなさそうだ。

「うああああ!!」

「ううううううう・・・・」

 悲鳴や、呻く声が野営地のあちこちから聞こえてくる。

 医療テントに収まりきれない怪我人たちを治療する為に、回復魔法使いたちや、医者、薬師たちが、野営地内を走り回っている。

「結構やべぇな・・・・・・」

 ファーンが小声で呟く。

「全くだ」

 俺も、想像よりも厳しい光景に、すぐには言葉が出ない。

 ダンジョン探索は、冒険者の「華」として、初めてのダンジョンに、ちょっとワクワクもしていたのだが、そんな気持ちは吹き飛んでしまった。

「ランダ、大丈夫かな~」

 ミルは、あくまでもランダのことが心配らしい。自分がダンジョンに入るのを怖いと思っていないのだろうか?

 リラさんは、緊張しているようで、すっかり黙り込んでいる。

「でも、金ランクや白金ランクの冒険者も多数参加しているようですし、無茶しなければ何とかなりますよ」

 俺は、敢えて楽観的なことを言ってみるが、あまり説得力は無いだろうな。ただ、ランダは黒ランクだが、実力的には銀か金ランクはありそうだ。後は、単独では無く、臨時パーティーを組んでてくれると良いのだが・・・・・・。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る