神の創りし迷宮 異界 5
深夜のリル・グラーディア城を、1人歩くグラーダ三世は、しかし、居室には戻らず、執務室に向かった。
執務室に入ると、やはりギルバートが執務をしながら待っていた。
王の帰還を認めると、ギルバートがソファーから立ち上がり、一礼する。
「ご無事で」
「うむ」
グラーダ三世が、執務用の椅子に腰掛けると、水差しから水を汲んで、グラーダ三世に差し出す。グラーダ三世には、味覚が無いので、飲み物は何でもかまわない。
グラーダ三世は水を一気に飲み干すと、不機嫌そうな表情でグラスを眺める。
「いかがでしたか?」
ギルバートは、王に味覚がない事を気の毒に思う。味覚が無いので、つい食事や水分摂取をおろそかにしてしまう。空腹やのどの渇きに気付きにくい所がある。なので、周囲の物が、気を遣わなければいけない。
「相も変わらず、くだらん連中だ」
グラーダ三世は吐き捨てるように言う。
傲慢で、怠惰。そしてあまりにも利己的に過ぎる。もちろん、天界、魔界にも見るべき神や魔神はいる。だが、グラーダ三世は天界や魔界の有り様全てが気にくわなかった。
今日もそうだ。天界にせよ、魔界にせよ、もし自分が気に入らないのであれば、命がけで掛かって来れば良いのだ。あの場の全員が命を捨てる覚悟で戦えば、恐らく自分は助からないだろう。だが、誰もが己の命だけは失いたくないと考えて、手を出そうとしない。
天界の火の神ゲヘナの場合は、彼我の戦力差を弁えない愚か者でしか無い。年は、恐らく数千歳とは思うが、ただの調子に乗った小僧と変わらない。
そして、神々は誤魔化し、魔神たちは、化かし合う。
その点、エルフの大森林に住まう精霊族「ハイエルフ」や、アズマ国の「アマツカミ」は違う。己の信じる道の為ならば、また、大切な者の為ならば、命を
それ故に、その2つの領域にはグラーダ三世は手出しが出来ないし、敬意を持って対するべきだと思っている。
可能であれば、天界も魔界も、叩き潰してやりたいと、グラーダ三世は常々思っていた。
だが、先述の通り、決死の戦いを挑まれたら、ほとんどを道連れには出来るだろうが、結局のところ、敗北してしまう事はわかっている。
それ故に、グラーダ三世は、己の手駒を熱望していた。
ジーンやリザリエではダメだ。口には出さないが、彼ら2人はアクシス同様にグラーダ三世にとって特別過ぎる。その命を駒のように使いたくないし、逆に己の命を賭してでも守りたいと思っている。
十二将軍も強いが、グラーダ三世が求めるような強さは、残念ながら持ち合わせるに足りない。
グラーダ三世が期待しているのは、「歌う旅団」が、フルメンバー揃った上で、もう2ランク上の段階にまで成長してくれる事だった。もしそうなったなら、天界や魔界と事を構えたとしても、優位に立てると思っている。
後はペンダートンの双子である。
「そうだな。あの2人を緊急クエストに参加させるのも手か・・・・・・」
思索にふけっていたグラーダ三世が、不意に呟いた言葉に、ギルバートが反応する。
「あの2人とは?」
「うむ。我が親衛隊の隊長と副隊長。ペンダートンの双子の兄弟だ」
それを聞くと、ギルバートがクスクス笑い出す。
「どうかしたか?」
グラーダ三世が尋ねるのを、ギルバートが少し意地悪い表情で答える。
「そうすると、緊急クエストではペンダートン3兄弟がそろい踏みとなりますが?」
「は?」
グラーダ三世が一瞬呆気にとられる。
「カシム君も、緊急クエストに参加するそうですよ」
「な、何をやっとるんだ、あの小僧はぁ!!!!」
深夜の王城が、グラーダ三世の怒声で、ビリビリ震えたよな気がした。
だが、ギルバートはまだ悪ふざけをやめない。
「もう一つ、新しい情報ですが、カシム君のパーティーに、アスパニエサーの大族長にして、元歌う旅団の火炎魔獣、ランネル・マイネーが加わる予定だそうです」
「んなぁ!!??」
最初の報告以上にグラーダ三世は驚愕し、失望し、激怒した。
「何をやりやがるんだ!!あの疫病神めが!!!!」
八つ当たりでしか無い怒りだとわかっているが、どうにも感情が逆なでされて抑えられない。
タイミング的にも、歌う旅団のフルメンバーが揃って活動して欲しいと願ったばかりだった。
「光の皇子クララー」「闇の皇子シャナ」「清廉なる歌姫ピフィネシア」「火炎魔獣マイネー」「黒い疾風アイン」「邪眼の魔女マダハルト」。
マダハルトとは戦った事は無いが、クララーに並ぶか、それ以上の戦闘力があると聞き及んでいる。今はマイネー同様、パーティーを抜けているが、その力を埋もれさせるのは、今は勿体ない。
しかし、自分に一番の手傷を負わせた、あのマイネーがカシムのパーティーに入るというのは、なんとも不満だし不愉快だし、悔しい。腹立たしい事この上ない。
だから、ググッと我慢しようとしていたが、無理だった。
「あのこっっぞおぉぉぉぅ!!!!」
深夜の王城で、グラーダ三世は数度、大声で吠えた。
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