王城 グラーダ狂王戦争 4
8月20日、風の神ヘルメスが司る月、中秋。
グラーダ国カロン(後の文化都市アメル)にて、「世界会議」が開催される。
その会議には、グラーダ三世、賢政リザリエ。そして、少年だった後の賢政ギルバート。大賢者キエルア。司法大臣アバックと、その補佐官となったタリプ。現在も大臣を続けているファダート大臣が参加している。
他国では、同盟国のアスパニエサー連合国からは、レオ・イオナ大族長が参加している。獅子獣人の女性である。
同じく同盟国であるアインザークからは、ウィリバルト・リヒテンベルガー国王と数名の臣下。
その他は、グラーダ国の宣戦布告後に捕虜となった各国の国王やその臣下に、同盟、隷属化した国の王や代表者等々、総勢2000名近い人数が一堂に会していた。
参加していないのは、東方の国アズマぐらいである。アズマは、グラーダ三世の宣戦布告の後に、グラーダが申し入れて同盟を結んだ。
また、これは当然であるが、地上にあって特異な存在である「エルフの大森林」のハイエルフも参加していない。同盟を結ぶまでもなく、グラーダ三世も一切手を出していない場所なのだ。
議長をアインザーク国のザルフバッハという役人が務めた。彼は、それ以前も、それ以後も、大きな業績を残していない。
「それでは、ただいまより、世界会議を開催することを、ここに宣言します」
ザルフバッハの言葉で会議が始まる。緊張のかけらも感じない、抑揚のない声である。
「では、グラーダ国国王、グラーダ三世陛下」
名前を呼ばれ、グラーダ三世は議台に立つ。
当時はエレス公用語は世界に広まっているが、定着はしていない。その為、言語はバラバラなので、必要な国には通訳が付けられている。
ただし、エレスの人々の言葉は、どの国の言葉も、エレス公用語が基本にあって、地域毎に酷く訛った形で定着していったという流れがある。
エレス公用語は、神と魔神が使う言葉であって、それも、そもそもがエルフの大森林に住むハイエルフたちが広めた言葉であると、言われている。ただし、ハイエルフの方で、新たにエルフ語を作って、エルフの大森林内では、エルフ語が好んで使われているそうだ。
ともあれ、そう言う経緯で、言葉は違えど、なんとなく聞き取ることが出来たり、エレス公用語を覚えるのも、皆早い。
グラーダ国も、この公用語に比べると、かなり濁った訛りのある言語を使っていたが、グラーダ三世は流暢な公用語を使い、会議に参加した各国の国王や代表者たちに語り始めた。
「まずは、此度、私が、一方的に宣戦布告して戦を起こした事を詫びよう」
大陸の覇者である、グラーダ三世の最初の言葉が詫びで合った事に、一堂は驚く。
カロン征服にあたって、グラーダ三世の行った処刑があまりにも記憶に鮮明だ。自分たちも、今日、この場で処刑されるのではと、不安と恐怖でいっぱいだった。
例え、捕虜の間は軟禁状態ではあったが、賓客として礼節を持って応対され、快適に過ごせていたとは言えである。
「私は、今日の会議の流れによっては、諸君の祖国を、再び諸君にそのまま返すにやぶさかでないと思っている。無論、毎年貢ぎ物を寄越せと脅すつもりは一切無い」
次の言葉にも、人々は驚く。期待して良いのか?希望を持って良いのか?そんなうまい話がある訳がない。第一、それでは何故、あの狂った王は、世界を征服したというのか?
「アインザーク国王」
議長が、手を挙げるアインザーク国王を指名する。
アインザーク国王は、議事台に対面する質問台に立つ。
「同盟国として発言する。我が国も、今回の戦争・・・・・・。何戦争と言えば良いのかわからぬが、いずれにせよ、この戦争で果たした役割は小さくない。であれば、今の様な発言は看過できぬ。それなりにこちらの要求を呑んでいただく必要がある」
グラーダ三世とアインザーク国王がにらみ合う。このまま同盟破棄となり、また戦が再開されるのではと、気の小さい国王たちは恐怖した。
だが、当然これは打ち合わせ済みのやり取りである。
「承知した。同盟国には領土の拡大を認めよう。また、他の地域でも、国境紛争が起こっていた以上、今回の会議期間に、新たな国境線を決めよう」
「承知した」
これで、アインザーク国王は自席に戻る。
「アス・・・・・・パニ、エッサー?レオ族長」
言いにくい名前をかみながら議長がアスパニエサーの大族長を指名する。
「ああ!?『アスパニエサー』だ!そんぐらいちゃんと言え!あと、族長じゃねぇ!大族長だ!!」
不快感をあらわにしながら、レオ大族長が質問台に立つ。身長が2メートルを越える大きく、筋肉隆々の女性である。胸と腰を隠しただけの服装で、腕や顔には入れ墨が彫られている。
「同盟国として発言する!俺たちは、獣人だ、ドワーフだ、エルフだ、混血だ、亜人だって言われて、てめーら人間族に虐げられてきた!!!奴隷にするクソみてぇな手めぇら人間族が憎い!!こいつら全員、特に、グレンネックの奴らはぶっ殺してやりてぇ!!!憎くて堪らねぇ!!!!以上だ!!!」
これは腹芸ではない。レオたちアスパニエサーに住む人々の魂の叫びだ。
最も彼らが憎んでいたカロンは、幼少の頃のグラーダ三世が約束したように滅ぼしてくれた。きっちり処刑もしてくれた。
だが、同様に奴隷にしてなぶり者にして楽しんでいたグレンネックの王族は生きているし、貴族たちも処刑されていない。
それが不満である。
「ちょうど良い。では諸君らに国を返すにあたって、最低条件を出す。まず、獣人、エルフ、ドワーフ、ハーフ・フット(後にセンス・シアと呼ばれるようになる)、混血種、それと亜人とされているが、社会的活動が可能な者(後に
周囲が騒然となる。人間至上主義者はエレスの大部分を占めている。彼らにとって、汚れた亜人種と同列に並ぶなど、嫌悪でしかない。
だが、グラーダ三世は表情を変えずに続ける。
「もう一つ。奴隷の解放である。奴隷も等しく公平な民である事を認めて貰う」
会場中が悲鳴に包まれる。
奴隷の解放なんてとんでもない事だった。奴隷の扱いは国によって様々で、使い捨ての物としてこき使う国、慰み者にする国もあれば、給金を払って雇う国もある。扱いの良い国では、結婚する事も土地を所有する事も出来た。そして働きによっては奴隷から解放される。解放されるには国に解放金を支払う。その後も同じ主人の下働くが、退職する際には、その主人に退職金を支払わなければならない制度となっている。そんな国では、奴隷は1つの生き方として定着しているので、解放された方が悲惨だと考える奴隷も少なくない。
虐げてきた国も、それなりに扱っていた国にとっても、奴隷解放は単純な事ではなかった。
かつては、奴隷解放を目指す君主が歴史上何人もいた。だが、どれもが解放してから破滅の道をたどったり、それが原因で滅んだり、また、恨まれた末に暗殺されたりした。挙げ句の果てに、歴史に名を残す暴君、暗君と記録されたりする。
君主にとって、最も触れたくない難題だった。
「さて?我が国は元より奴隷制度はない。さらに、カロンの奴隷制度も撤廃したが、この数年、大変順調に国力を増大させている。やり方を教えろと言うなら手を貸してやる。だが、実行しないようでは話にならん」
グラーダ三世がニヤニヤ笑いながら言う。
「この2つは最低条件だ。これが即時に実行できなければ、再び我が軍が占領して、今度はその国を滅亡させるだけだ。きれいに更地になれば、何の問題も起こらないだろう?」
この言葉に、全員が言葉を無くし、ゴクリとつばを飲み込む。この男には、それが真実可能なのであると、すでに痛いほど知っていたからである。
「そいつはいい!それなら、まあ、我慢してやるさ!!俺たちアスパニエサーの野蛮人たちは、大人だからな!!かっはっはっはっ!!!」
レオ大族長は、満足して自席に戻る。本当は彼らの人間族に対する恨みはこんな物で満足するはずはないが、本当に大人の対応を見せたと言う事だ。
「ただしだ、レオ大族長よ。ここまで譲歩するからには、貴国にもそれらしい対応を要求しよう。まずは野蛮人と思われたくなければ、入れ墨の習慣を禁止としよう」
グラーダ三世の言葉に、レオ大族長は、目を丸くする。
「そ、そんなぁ」
「別に貴国の文化を非難するわけでは無いが、聞くところによると、入れ墨をいやがる若者が多いそうだ。ちょうど良いから、貴国の文化も見直して見よ」
これにはレオ大族長も口を閉ざすしかなかった。
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