王城  グラーダ狂王戦争 1

 キエルアがカロンに潜入してから十数年で、洗い出された腐敗役人や、貴族、商人、犯罪者の数は1万以上にのぼった。

 まず王都「カロン」近郊の対象者で5000を越えていて、その者たちはエザト海岸に連行される。そして、グラーダ三世自らの手で処刑した。一度に、確実に、出来るだけ苦痛を感じさせること無く処刑する。

 これ程多くの人間を処刑するのは、グラーダ三世は他の者に任せたくなかった。痛みも、血濡れることも、自らの責務として捉えていた。それに、これから、これよりももっと多くの人間を殺す事となるのだ。

 それはより多くの人の命を助ける為ではあるが、そう評価されるとしたら、それは遥か先、聖魔大戦に打ち勝つ事が出来た時だけであろう。

 それまでは、己は、血に餓えた、狂った暴君とならねばならない。


 カロン国の王族に関しては、かなりの範囲の血統に至るまで、カロンを占拠した翌日に処刑している。

 国王と、その家族の首は、城外に曝された。

 ただ、唯一、国王の妹の娘ユリアの息子「ハスター」だけは、密かに助命された。「ハスター」は生後、まだ1歳にも満たない赤子で、グラーダ三世も、その命だけは奪うことが出来なかった。

 ハスターは、白銀の騎士ジーンの妻である、クレセアが営む孤児院に、その出自を伏せられて預けられることとなった。

 そして、今は自分の血筋を知った上で、ペンダートン領内の孤児院で働いている。


 その他の処刑者は、順次王都カロンに集められ、速やかに、同じように処刑されていった。

 その為、エザト海岸は、別名「処刑海岸」と呼ばれるようになり、今は昼間でも近付く人がいない。


 グラーダ国が、大国カロンを滅ぼしてから、3ヶ月ほどで、民の支持を得る事に成功し、敵敗残兵も国内から駆逐する事ができた。

 奴隷解放も行い、住居、職業の斡旋もした。特にグラーダ国の王都、現在で言うところの「レグラーダ」では、砂漠の緑地化計画が進められていて、農業などの産業も盛んに行っているので、人手はいくらあっても足りないし、元々小国だったので、土地は沢山余っていた。多くの解放奴隷は南に向かった。

 

 更に、カロン国支配時代に、カロン国主導に見せかけて作らせていた、新王都メルスィンの都市が完成した事で、メルスィンでも働き手が多く必要になる。

 

 そして、3937年9月27日。

 グラーダ国はメルスィンに王都を移し、正式にカロンをグラーダ国に併呑したことを宣言する。これにより、カロン国は滅亡した事となる。




 広大な領地を得たグラーダ三世は、まずは内政に務めた。

 グラーダ国は様々な改革を行った。

 民の生活を苦しめていた重税を改め、より公平な税制改革を行うことを約束し、当面の(一年間)納税免除を全国民にした。先にも述べたが、国庫は余剰なぐらいに潤っていた。

 更に司法改革。公平な裁判を、誰でも受けられ、適正な刑罰も、わかりやすい形で示せるようにした。

 

 司法に関しては、有能な新しい人材も手に入れていた。

 グラーダ三世が、カロン王城を占拠した際に、粛正リストに載っていなかった1人の若い役人が、グラーダ三世の司法への介入に対して抗議してきた。そして、裁判を行わない処刑を糾弾したのだ。

 名前を「タリプ・サヤン」と言う。彼はカロン国の司法局に務める、下っ端官僚だったが、真面目で融通が利かない所があり、閑職に回されていた。賄賂が横行し、身分の高い者が好き放題出来る状態のカロンにあって、彼は居場所がなかった。だが、それでも曲がった事を嫌っていた人物だった。

 そして、恐れを知らずにグラーダ三世を直に糾弾して来たのだ。

 それに喜んだグラーダ三世が、臣下に加えようとしたが、タリプはそれを拒んだ。

「もし、処刑を断行するというなら、まず私を処刑せよ!」

 こう言い放つ。

「お前には罪はない。処刑するにはあたらぬ」

「だが、私は貴様の暴虐な行為は看過できぬ」

「カロンでは法は機能していなかった。ここは未だカロン国であり、戦争状態である」

「機能しなくても、誰かが法を守らねばならぬ」

「では、お前は新しく生まれ変わる、この国で、この地で法の守護者となるが良い」

 グラーダ三世が告げると、タリプは悲しそうな顔をする。

「生まれ変わるだと?!どう生まれ変わるのだ?泥水が肥溜めに生まれ変わるというのか?!私は貴様の作り出す国を信じることなど出来ん。民に公正な裁判を受けさせる事が出来なかった私にも、罪がある。であればこそ、まず私を処刑するが良い!!」

 タリプの言葉に、グラーダ三世は感銘を受ける。

得難えがたき人材だ。処刑する事など以ての外だ」

 そして告げる。

「この者を獄に入れろ。お前の罪に対して刑罰を告げよう。まず自殺を禁じる。辛くとも生きよ。そして、この国がどう変化していくのか見極めるが良い。その上で、私に仕える気が無いというならば致し方ない。刑期が開けたら、好きなところへ行くが良い。だが、司法の守護者となる心づもりがあれば、私が過たないように側近くで見守り、過ちがあれば、今のように命を賭けて糾弾せよ。それがお前に課せられた罰である」

 そうして3ヶ月後、激変した旧カロン国の様子を目の当たりにしたタリプは、司法局の小官として臣下の列に加わる事となる。タリプは現在の司法大臣である。


この様に旧カロン領平定まで、僅か3ヶ月だったが、その間に様々な人々にとっては、簡単に語れないエピソードを、人々の数だけ孕んで歴史は進んで行く。


 グラーダ国による、「カロン逆侵攻」に合わせて、南の無国地帯にして、野蛮な未開の地、アスパニエサーが、部族大連合を起こし、「アスパニエサー連合国」と名乗るようになり、1つの連合国家となった。

 この背景にもグラーダ三世が深く関与していた。

 グラーダ三世が、未だ幼名のラダートを名乗っていた頃、度々「狩り」として、数週間、城(規模はやかた程度だが)を空けていたが、その間に、ラダートはアスパニエサーに侵入して、有力部族の元を訪れていた。そして、その中で最も発言力のある戦士に、密かな私闘を持ちかけていた。

 力こそが正義の獣人国で、その部族最強の戦士をラダートが撃ち倒していく。

 その部族の者たちは、みんな不思議がっただろう。一夜明けると、最強にして、皆から尊敬される戦士が、グラーダ国と同盟を組むと言い出すのだ。

 

 そんな事を繰り返し、特に有力な28氏族を、秘密裏に従えさせてきたのだ。

 そして、即位に合わせてアスパニエサーの部族が集まり、部族大連合を起こした。

 そして、グラーダ国は即位式典の中で、アスパニエサー連合国家の樹立宣言を承認して、最初の同盟国となったのである。

 その為、グラーダ三世は、「カロン逆侵攻」において、グラーダ国の全軍を出す事が出来たのである。



 こうした秘密裏の同盟の約束は他にも取り付けていた。

 東の大国アインザークである。

 これは、計画通りであったが、計画段階では、西の大国グレンネックか、東の大国アインザークかのどちらかで、どちらが同盟国になっても良かったのだ。

 だが、アインザークと同盟を結ぶ事に決めたのは、唯一のグラーダ三世の我が儘からによる物だった。


 グラーダ三世は、生まれる以前から、他に無い力を持っていた。だが、彼は「聖魔大戦」を予見し、それを阻止する為にのみ行動してきた。その「目的」のために何をすれば良いのか、どんな知識を、技術を身に付けなければいけないか。また、その「目的」に役立つであろう人は、誰なのかを見抜く力があった。

 彼はその力の為に、自らの欲を捨てて、聖魔大戦阻止に人生を賭けてきた。手が血で汚れる事も、人々に恐怖され、憎悪される事も見越して、その上で歩みを進めてきたのである。

 望めばどんな物でも手に入れられたはずだが、一顧だにせず、生まれる前から猛進し続けてきた。


 だが、「武者修行中」に、血液の研究をしている変人博士(当時は医療行為やそれに関する研究は邪道視されていた)の元を訪れた時に、その博士の下で治療を行っていた、吹けば飛びそうな病弱な少女に出会った。

 グラーダ三世は一目見て恋に落ちた。

 その後、色々な出来事があり、グラーダ狂王戦争後、かなり後になって、2人は結婚する事となる。

 その少女が、アメリア・レーセ王妃であり、病死したアクシス王女の母親である。


 そうした縁から、グラーダ三世はアインザークを親交深い国として、同盟を組む密約を交わしていた。

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