王城  カロン逆侵攻 5

 大国カロンは、グラーダ三世の即位式にたいして、祝いの国士を送るのではなく、10万の大軍勢を送り込んできた。

 遊戯感覚で攻め滅ぼす為にである。

 これまで、砂漠の小国でしかないグラーダが、細々とだが、国家の形を保っていられたのは、カロン国にとって厄介な、グラーダより南の無国地帯であるアスパニエサーと呼ばれる、野蛮な遊牧民族である獣人たちから、自国の被害を減らす為の防壁でしか無かった。

 だが、カロンの国は大きく腐り、獣人を脅威と思わなくなってしまった。その為、もはやグラーダは不要な防壁となっていた。

 どうせ壊すなら、自分たちが楽しく狩りをしようという考えになったのである。貴族にとっては、特等席で、狩りを見学できる、催し物だった。悪趣味極まりない事に、狩られるのは人間であり、それを楽しむのだから、もはやまともな精神構造をしていない。

 国民は、そんな腐った頭の人間に、コマとして使い捨てにされるだけである。

 

 

 グラーダ三世は、即位式を簡素に終わらせるや、即座に馬に飛び乗り、すでに準備万端で待機していた、軍を率いて、矢のような速度で北進する。

 この時は、まだ、街道設営と同時の進軍ではない。地の利を得ているのはグラーダ軍の方であり、カロンの進軍は、こちらの策である。相手の規模も、位置も把握している。

 味方の軍は約1万。右翼の第一軍をジーン、左翼の第二軍をリザリエが指揮する。両翼の大将がそれぞれ5000ずつ率いて、各四将軍が、その麾下に加わる。

 本陣は、グラーダ三世自ら率いる親衛隊20騎だ。主に旗を掲げるのが役目である。


 グラーダは、北のカロンに対する防御として、国境近くに「ヨルナン砦」がある。カロン軍は、宣戦布告するでもなく、国境を侵し、ヨルナン砦の東を抜けていた。砦の兵力は、常駐500人程度である。10万の大軍相手では、通過を指をくわえて見ている事しか出来なかった。ただ、事前に極力付近の村に住む人々を砦内に避難させていた。

 それでも、避難が間に合わなかった村の2つが、カロン軍により壊滅させられてしまった。



 そして、グラーダ王都から、40キロ北の、タルススの地で、カロン軍10万と、グラーダ軍1万が対峙する。

 3937年5月15日、11時15分だ。


 カロン軍は、南からグラーダ軍が接近する砂塵を確認すると、意外な対応の早さに驚く。

 グラーダ国内の内情は、カロンが放った間者から把握していた。

 

 傍若無人で、10年間も国外を遊び歩いていた王子が、成人と同時に国王に即位すると言う事で、国内勢力が幾派にも別れ、内乱寸前だったはずである。

 今日の即位式で、現国王派が蜂起して、戻ってきたばかりの王子を国外追放する動きを見せていると、情報が上がっていた。実際、これまでに、局地的に激しい戦闘があったり、粛正された要人も少なくなかったはずである。

 だから、自分たちは混乱したグラーダ王都に攻め入り、混乱の最中のグラーダ国を思うさまに蹂躙できると思っていたのだ。


 グラーダ国内での激しい戦闘は、確かにあった。粛正もあった。だが、これは、王子が帰国するまでに、膿を出して、今後の王子の計画に不要な人物を洗い出した上で粛正していた。それを敢えてカロンに見せつけて、内部が混乱している様に見せかけたのである。グラーダ国内は、ジーンとリザリエ、そして、グラーダ二世により、一枚岩で計画に向けて固まっていたのである。

 全て、アルバス王子が、幼名のラダートと呼ばれていた時に考えた、計画の内であった。



 カロン軍は慌てて横陣を布く。だが、カロン軍はグラーダ軍に比して、圧倒的大軍だ。小細工などいらない。

 対峙したグラーダ軍は奇妙な陣形を布いた。中央に、明らかに本陣となる高らかと旗を突き立てた20騎。

 その左右に距離を開けて、5000ずつの軍団。騎馬兵が多いが、それでもカロン軍に比べると圧倒的に寡兵である。

 よく見ると、かなり中央が薄すぎる、「鶴翼の陣」に見えなくもない。

 この布陣に、カロン軍の将軍も、貴族たちも大笑いした。

 自らの総大将を、守りもないまま、中央に配して、しかも突出させている。

 なるほど。内乱はやめて、公的に新国王を生け贄にするつもりに違いない。


 しかし、その本陣の総大将である新国王が、旗持ちもその場に待機させたまま、カロン軍に向かって馬を進めてきた。

 これはどんな見物みせものが始まるかと、将軍も貴族たちも、クスクス笑いながら見守る。

 グラーダの愚か者は、カロン軍の矢の射程距離ギリギリまで騎馬を勧めると、声高々と言い放つ。

「私は、第35代グラーダ国国王、アルバス・ゼアーナ・グラーダ三世である!!」

 その声は、10万の軍勢の隅々まで届いた。ただの大声ではない。体の芯に響くように、全カロン軍将兵に届いたのである。

 その不思議さに気付いた者は、表情を改め、また畏れ入るが、大半の将軍や貴族たちは、進み出た身の程知らずの愚か者が、次に何を言うのかを、笑いを噛み殺して待っていた。

「貴国は一方的に我が国に侵攻してきた!つまり、この戦の非は貴国にある事を断言する!罪には罰をもって私は貴国に報いろう!!」

「罰だって?!どんな罰を与えてくれるというのか?!」

 貴族たちは大笑いしているが、無理矢理徴兵された兵士たちは、さっきから恐怖に震えている。「あの男が恐ろしい」と。

「さて、では宣言させて貰うが、これから我々が行うのは、一方的な虐殺である!!それ故に、命惜しい者は、直ちに武器を捨てて跪け!!さすれば一切の罪は問わん!!無事に帰国させる事を誓おう!!」

 若い国王は、相対している10万のカロン軍の中の、明らかに徴兵されたであろう者たちにゆっくりと視線を投げかけながら語る。

「また、その際には、我が国が兵役の賃金として、適正な一時金を支払おう!・・・・・・惨い事に、ここには無理矢理徴兵された者が、少なからずいるようだ。私は、民衆を殺す事を『』としない。我が名、アルバス・ゼアーナ・グラーダ三世の名において、ここに誓約しよう」

 静かに目を閉じた後、グラーダ三世がカッと目を見開く。

「ただし!!貴族、王族どもの処遇については、この限りではない!!!」

 そう告げると、馬を自軍の旗持ち20騎の元に向ける。


 グラーダ三世の名乗りを受けて、カロン軍の貴族たちが、一斉に笑い出す。笑い、嘲り、罵詈雑言を投げつける。

 しばらく待つが、カロン軍からは名乗り上げに出てくる者がいなかった。

「見るべき人物もいないな。わかっていた事だが・・・・・・」

 若い新国王が、馬上でため息を付く。

「始めるぞ」

 そう言うと、旗持ちをその場に残して、グラーダ三世が、騎馬を降りる。

「殲滅だ。投降者以外は、独りも逃がすな」

 そう言うや、目前のカロン軍10万に向かって、ゆっくりと歩を進める。

 同時に、ジーンの率いる右翼、リザリエの率いる左翼が、一気に真横に向かって進軍を開始する。長く伸びたヘビの様になり、カロン軍の側面に回り込む動きを見せる。

 

 だが、カロン軍は、それを見てまた嗤う。

 グラーダ軍は、総大将の国王を、本当に見捨てたとしか思えなかったのだ。

 大口を叩いて、はったりをかましておいて、それが効かないと悟るや、国王は死刑囚の様に、馬を下りて、独り進み出てくる。

 左右の両軍も、数が少なく、取るに足りない戦力だったが、それがほぼ一列になりカロン軍と相対するどころか、左右に一目散に逃げていく様にしか見えなかったのだ。

「武器構え!!!」

 カロン軍を指揮する将軍が命令をする。命令をしつつ、その必要があるのかも疑わしい思いだった。

 たった1人で歩いてくる愚か者が、我が軍に突入でもすれば、あっという間に切り刻まれて終わるだけの戦いだ。

 その後、グラーダ国の王都を蹂躙して、人も、物も、好きなだけ略奪出来る楽しみが、目の前に転がっている。こんな些事に構っているのもバカバカしい。


 だが、将兵の何人かが、自分がした以外の号令を叫ぶ。

「徴用兵に告ぐ!!構え~~~~~~~~~~!!!」

 その号令は一カ所二カ所ではない。

 弓の射程も越えて歩いてきた、愚かな国王の足が止まる。静かに腰の剣を抜き、ゆっくりと構える。

 敵本陣の旗振りが、やけに長い旗竿を左右に振っている。

 そして、それが一斉に振り降ろされた。

 『何の合図か?』と思った瞬間、何人もの将兵が一斉に叫ぶ。

「地に伏せよ!!!!!」

 ガチャ、ガチャ、ガチャ。

 一斉に武器を放り投げる音と同時に、ズザッと、多くの徴兵された貧民が、地に伏せた。これでは、あの愚かな国王が言った様ではないか?何をバカな事をしているのだ?

『後で、こいつら死刑だな』

 その光景に驚きつつ、多くの正規兵や将校、貴族たちは思った。

 その時にはすでに、この戦は、大虐殺の渦中にあった。

 何が起こったのかわからないが、宙に多くの兵士の胸から上だけが、首だけが、血しぶきを上げながら舞っていた。

 馬に乗っていた者は、馬の胴体に乗ったまま、両足を切断されて宙を舞う。

「な!???」


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