王城  カロン逆侵攻 4

 グラーダ三世は、幼い頃に、測量士、地理学者と協議をして、世界街道計画を立てた。そして、自身が武者修行に出る前に、測量士、地理学者を2組、南、西の2方面担当、北、東の2方面担当として派遣している。随員として護衛各2人で、旅人を装っての秘密の任務であった。


 そして、世界会議が始まると同時に、街道敷設も始まる。


 事前に街道の進路を定めていて、その進路に建物があった場合には、移転して貰うなど、人が居ない状況にしておく。

 幅をしっかり決めて、先行した部隊が一般の人々をその両脇に並べる。人々の手には、石材が持たれていて、先行部隊は、あらかじめ、その地域に保管して貰っていた石材保管庫から、大量の敷石を運び、街道予定となる道沿いに、人々に配置させる。

 これは人々にとっては、一瞬で済む簡単な仕事で、給金ももらえるのだから、お祭り感覚で参加する。

 何が始まるのだろうかと、ワクワクして開けられた道を見つめている。

 しかも、そのほとんどの人は、カロン支配時代に、奴隷として人に消耗品の様に使われていた、解放奴隷であった。

 カロン国の奴隷の扱い方は酷く、グレンネック以上に過酷な使役を強要されていた。

 今は解放され、住居と仕事の斡旋もしっかりされる様になったが、まだまだ生活が安定しているとは言えない。そんな解放奴隷に、仕事を与え、かつ、工事の実施訓練を兼ねた、臨時の仕事を与えたのである。

 新グラーダ国には金なら腐るほどある。粛正された貴族たちの蓄えは、呆れるほど莫大だったのだ。


 そして、工事は開始される。

 誰もその直線上には居ない事を確認した兵士が、合図する。同行しているメッセンジャー魔道師(この時点では、グラーダ国にしか居ない)が、グラーダ国王の側に居るメッセンジャー魔道師に合図を伝える。


 すると、数キロ先のグラーダ三世から、薄い光が伸びる。

 伸びた光は、音も、爆風もなく、微かに地面を撫でる。

 それだけで、凸凹だった地面が、真っ平らにならされる。

 光が消えたら、待機していた人々が、大急ぎで敷石を敷き詰めていく。

 

 それを、行く先々で行っていった。

 人々や石材の配置、整地、人々の解散は、流れるように行われ、グラーダ軍は、進軍速度をほぼ落とす事なく、真新しく出来た、舗装された進軍路を進む事が出来たのである。

 かなり複雑な計画の元に行われた、人ならざる力を持つグラーダ三世だから成し得た業である。


 無論、これ程の大がかりで、時間の限られた中での工事だったので、不慮の事故は起こってしまった事は確かである。だが、労役で働かされた訳では無く、給料を貰っての労働だったので、参加した人々の不満はなく、不幸にして事故に遭ってしまった者の遺族への補償もされていた。中には、不慮ではない事故もあったが、これは別の話で有る。


 更に、街道敷設に際しては、グラーダ三世は、完全に地形を変える大破壊も行っている。

 その1つが、新グラーダ国と、西側の国境ともなって連なりそびえている山脈「オヴァロン山脈」に一直線の平地の道を切り開いたのである。

 「グラン峡谷」と呼ばれるようになった道である。

 これまでは、国境を越えるには、南下して、オヴァロン山脈の南から「ペスカ」「ザネク」の2国を通過し、西の大国「グレンネック」に行く必要があった。かなりの大回りな上、その両国は地形的にも速やかに通行するのが困難な国だった。

 だが、時間にして、2時間足らずで、その山脈を分断する平地の道が出来てしまったのである。

 

 同じように、グラーダ三世は海路を切り開いた。

 旧カロン国に面する大きな海、「アール海」は旧カロン国にとっては、残酷なほど遠浅で、暗礁地帯が沢山あり、漁師の小舟で、何とか浮かべる事が出来た位だった。

 だが、カロンを滅ぼして、グラーダが支配するや、グラーダ三世が、付近の漁師や海の生物の専門家などにより、あらかじめ調べさせていた範囲で、海底を大きく抉り、更に、遠洋までの海路を切り開いた。これにより、グラーダ国は海軍も持つようになった。



 

 これが、グラーダ三世の持つ力の一部で為した、地形変更であり、世界会議戦争を素早く勧める事が出来た仕掛けである。地形による進軍の不利益を受けない事。整地された道を素早く進む事が、グラーダ軍の強さの1つであったわけだ。




◇     ◇




 前提はこのぐらいにして、時を戻し、エレス暦3937年5月15日。

 アルバス・ゼアーナ王子は、第35代グラーダ国国王に即位する。


 その噂は、カロンでも事前に伝わっていた。

「あの愚か者が、いよいよ国王となるのか」

「グラーダもいよいよ命運が尽きたな」

 そう囁かれ、嘲笑されていた中、件のグラーダのバカ王子が、いよいよグラーダに「武者修行」と称する遊興から帰郷する段となった。

 15歳の小僧を帰郷してすぐに新国王に即位させるなどと、グラーダ2世も頭がおかしくなったものだ。

「新王都メルスィン城の完成も目前となっております。落成の前祝いとして、あの小国を滅ぼすのも一興かと存じますが」

 カロン国国王「アルシャ・ヤーコブ・ジャハザード」の耳に囁き掛ける人物がいた。

 今や国王の側近である、主席魔道顧問官である「キエルア・アーデ」だ。

 キエルアは、元々、各国を渡り歩き、各国でも主席魔道顧問官、つまりほとんど「宰相」の位を得て来た、非常に優秀な魔道師だ。より厚遇する国を自ら選んで仕える事が出来る程の人物だった。

 そのキエルアは、グラーダ国を憎んでいるのは有名な話しだ。グラーダ国を補佐してきたのに、突然「生ける伝説」とまで言われている「白銀の騎士ジーン・ペンダートン」が国王の最側近として侍った事で立場を失い、挙げ句に、裏切り者として国を追われる身になったのである。

 その後、グレンネックの公爵家に仕えるが、公爵家が破滅したことにより、今はカロン国に仕えている。


 カロン国国王ジャハザードは、キエルアを信用しているが為に、すぐにその案を採用する事となる。

 多額の軍事費を使い、大軍を以て砂漠の小国グラーダを滅亡させる事に決めた。


 だが、当時のカロンは、いや、大分以前から腐りきっていた。

 キエルアは、軍事費が正当に使われることを期待していたが、軍部を司る貴族たちは、その大半を着服し、その差を、国民を無理矢理徴兵する事で埋めてきた。キエルアの抗議は、そこでは聞かれない。

 

 これは新王都建設工事でも同じだった。

 キエルアは、己の案が、民を苦しめるだけの土壌が、カロン国にはすでにあるとわかっていて献策したし、そうで無ければ困る。だが、心を痛めたキエルアは、私財をなげうって、工事に徴用された人々をねぎらい、庇ってきた。

 キエルアにとっては、罪滅ぼしにもならない、偽善的な自己満足でしかなかったが、民たちからは、キエルアのそうした姿が尊く見えたようだ。

 

 キエルアは今回の徴兵でも同様に、徴兵された民を救う手段を講じている。

 カロン国の宮廷内にも、軍部にも、キエルアの姿勢を支持する集団がいる。その集団の中には幾人かグラーダ国の間者も混ざっている。

 そして、出撃する兵の中の協力者は、徴兵された老人や、若すぎる兵士に対して、1つの訓戒を伝えていた。

「もし、命を家族の元に持ち帰りたいなら、戦闘が始まったらすぐに地に倒れ伏すのだ」

 元々戦意もなく、カロンの貴族に不満がある人たちである。命が助かるなら、しかも、民に味方してくれるキエルアや、直属の上官からの指示であるならと、ほとんどの徴兵者はその言葉を胸に刻みつけた。

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