王城  カロン逆侵攻 2

「時は今より46年前のエレス暦3921年より始まる。

 ワシは、当時、友であった前国王グラーダ二世と共に、王妃カザ・フェリーナの最期を看取る為に、以前のグラーダの王都だったレグラーダにいた。無論、以前は王都はただ『グラーダ』と呼ばれておった。

 その折に事件が起こったのだ。

 天を突く様な巨大な腕と、空に蓋をしたような巨大な目玉が、グラーダ王都のすぐ近くに出現したのだ。更に、その後、王都にも魔物が多数出現する事件が起こった。

 後にわかったことだが、最初の巨大な腕と目玉は、地獄の第七層の魔物の物で、実はその時に地獄の蓋は解放されて、我々は為す術もなく滅ぼされ、この世界全てに地獄の魔王が溢れていた所だったのだ。

 だが、それは未然に防がれ、再び地獄の蓋が閉じた。これはグラーダ王が言った通り、預言書に記されていた事にもつながる」


 ちょっと、想像を遥かに超えた内容に、俺も仲間も、家族たちも驚きおののく。祖父しか、この事は知らなかったのだ。

「ちょっと待ってくれ。そんな事件は、まあ、怖い話しの噂で、似たようなのはあったけど、歴史で学ばなかったよ」

 俺がそう言うと、リラさんも、オグマ兄さんも頷く。

「砂漠の小国だった頃のグラーダは、小国故に、民の結束は固かった。王が4歳の時に、この一件に関して、箝口令かんこうれいを敷かれたのだ。王は、生まれた時から非凡だった。現在に至る道筋を見つめて来られたのだ」

 「箝口令」とは、他言禁止の命令だが、「何故?」とか「4歳で?」とか思う所は色々あるが、知らなかった歴史とその真実を知った衝撃は大きい。

 祖父の話しが続く。



「では話しを戻そう。

 地獄に蓋をする事が出来た時、奇跡が起こった。王妃カザは、友の妻であると同時に、ワシにとっても友であった。その王妃が健康を取り戻したのだ。だが、その健康は、ほんの一時と約束された健康だった。

 その健康でいる間に、王妃が身籠もったのだ。そうだ。今の国王を、だ。

 国王、幼名で言えばラダートだが。ラダートは、地獄に蓋をする程の特別な力の加護に寄って守られた王妃から、特別な力をその身に受けて胎内で育った。

 それ故に、胎児の時から、地獄の脅威を感じていたそうだ。これは、赤子の頃より、ラダートの指導係でもあったワシが言うのだから誇張ではない。現に、母の胎内から出たラダートは、泣くでも無く、自ら肺呼吸をし、力尽きて死にゆく母の元に這っていき、その手を握って看取ったのだ」

 もう、驚きの連続で、どう反応したら良いのかわからない。だが、あの国王なら、そんな話しが真実だと信じることが出来るし、祖父は嘘や誇張した話しはしない。

 

「ラダートは言葉を覚えるのも、読み書きが出来るようになるのも、やはり普通ではなかった。僅か2歳で、大人でも解読困難な本を読む事が出来た。頭も良いのだろうが、実はそうでは無い。

 己の為すべき使命を、生まれる前から自覚していた。そして、その為に必要な知識は、勝手に身に付いていく事が出来ただけなのだ。これは、似たような前例を目撃しておるから、はっきり『そうだ』と言える。

 そうした事が可能になる加護を、ラダートは母の胎内で受けていたのだ」

「加護って事は、それは外部からの、他者からの力をその身に受けていたって事だよね、じいちゃん」

 俺が目にした加護は、白竜がカルピエッタ村に施した加護に、俺たち自身に掛けられている、黒竜の加護だ。「加護」という名称を用いるからには、己から発する力ではない事を意味するはずだ。

 祖父は俺の問に頷く。

「そうだ」


 そうは言うが、それが何者による「加護」なのかは言及しようとしない。

 だが、俺には心当たりがある。

 王城リル・グラーディアの5階、「翡翠宮」の最奥の部屋にいる者。最大の創世竜にして、暴君である黒竜が、一目見るなり、恐怖して逃げる存在。そして、アクシスの力を目覚めさせた存在である。それは、黄金の何かだ。

 引っかかる。何かが引っかかる。俺はその正体の一部を知っているはずだ。

 考える。「加護」。「強大な力」。「恐ろしい者」。「黄金の輝く何か」。「グラーダが秘匿する存在」。

 繋がる。繋がっていく。

 まだはっきりした事はわからないが、一つのキーワードにたどり着き、俺は戦慄する。同時に幼い頃からすり込まれた恐怖も込み上げてくる。

「そ、それは・・・・・・『ル』?」

 俺はそれだけを言って、祖父の目を見つめる。祖父の目は、しっかりと肯定した上に、「それ以上はしゃべるな」と口止めをしていた。

 俺は震えた。俺の旅は、はじめから全て繋がっていたんだ。


 俺が思い至ったキーワードは「ルシオール」だ。

 黄金の髪と青い瞳を持つ、呪われた人形、「魔人形ルシオール」。魔術師の塔で戦った「悪魔の鎧」にその髪が用いられていた。

 黄金の髪は、アクシスが喜んだ時に、栗色の髪が変化してもそうなる。

 つまり、アクシスは「魔人形ルシオール」に関わる何かの力をその身に宿している事になる。そう考えると、アクシスの持って生まれた宿命とやらがひどく恨めしい。そんな力でアクシスを悲しませている。縛っている。

 それを知らずに、俺はアクシスを「ルシオール」に遭わせてしまった。

 だが今は悔いている時ではない。国王に「加護」があるなら、アクシスにも「加護」があるはずだ。少なくとも、「呪い」と表現せずに、「加護」と祖父が表現したなら、そうした力なはずだ。


 祖父は俺の心が平静を保てるようになるまで、話しを待っていてくれた。

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