王城  アクシス 7

  俺はどんな顔をして、宰相の執務室を出たのだろう・・・・・・。

 気がついたら、アクシスの部屋の前に立っていた。

 しばらくの懊悩おうのうの後、俺はアクシスの部屋をノックする。

 ドアが開かれた。ドアを開けたのは、見知らぬ年配の女性である。


「どなたでしょうか?」

 訝しむ様に問われる。

「あ、あの。カシムです。王女殿下にお目通り願えますか?」 俺が女性に声を掛けると、部屋の奥からアクシスの声がした。

「エメア先生。少し時間をいただけますか?」

 戸惑うように、エメアと呼ばれた女性が部屋の奥を振り返る。

「よろしいのですか?」

 咎めるような口調だ。

「構いません。その方はジーン様の孫です」

 それを聞くと、エメアはようやく納得いった様子で、しかし、それでもため息を付くと、室内に一礼をして、俺の横を通って部屋から出る。

 入れ替わりに、俺が怖ず怖ずと室内に入る。

「アクシス?忙しいところ、すまなかった」

 

 室内の窓際のテーブルで、並べられた地図や、書物に囲まれて、アクシスが椅子に座っていた。

 アクシスはゆっくり立ち上がると、ドアの前に突っ立っている俺の方に、静かに歩いてくる。妙に真剣な表情だ。

 そのまま、俺の隣を素通りすると、そ~~~っとドアを開けけ、ドアの外を確認する。

 そして、パタンとドアを閉めると、大きく息を吸い込む。

 そして・・・・・・。

「お兄様ぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 叫ぶと俺に飛びついてきた。

「お兄様、お兄様、お兄様ぁぁぁぁ!!!!!」

 しがみついて、俺の胸元に顔を埋めてブルブルと振る。

 だが、俺は鉄製の胸当てをしている。

 ゴッ、ガッ、ゴゴンと、痛そうな音がする。

「ちょっと、アクシス、落ち着けって!」

 慌てて、俺がアクシスの肩を掴んで引き離す。

「はい!」

 俺の至近で、見上げるアクシスの顔の、所々が赤くなっている。痛そうにもかかわらず、アクシスの顔は笑顔で、髪は栗色から、黄金を溶かしたような見事な金髪に変わっている。

 アクシスの髪は、まるでイヌのしっぽのようで、本人が意図しなくても、髪の輝きが喜びを表現している。

 

 俺はしがみついてくるアクシスを引きずるように、近くのソファーに誘う。

「顔、痛くないか?」

「痛いですわ!」

 じゃあ、やらなきゃ良かったのに・・・・・・。

「その・・・・・・忙しかったんじゃなかったのか?」

「お兄様が来てくれたなら、それが一番大切な時間ですから!」

 なんでアクシスは、こんなに真っ直ぐ俺を好いてくれているのか?幼い頃に一緒に家族として暮らしていただけじゃないか。ただそれだけだ。たまたま最初に知り合った男が俺だっただけだ。

 俺はアクシスの好意を、ここまで受ける資格はない。

 俺の過ちで、アクシスに過酷な運命を強いてしまったのだ。恨んでくれても良いはずだ。


「あ、あのさ、アクシス・・・・・・」

「はい?」

「その、つ、辛くないか?」

 俺は何を聞きたいのだろうか?

「もちろん、辛いですわ!」

 アクシスが断言する。その言葉に、俺は罪悪感から吐き気がする。

「俺をさ・・・・・・。恨んでないか?」

「もちろん、お恨みしていますわ!」

 またしてもアクシスは断言する。

「お兄様に会えないのは辛いし、いつも側にいて下さらないお兄様をお恨みしていますわ!そんな事は当たり前です!だから、こうしてお会いできる時間はわたくしにとって一番幸せな時間です。恨まれたくなかったら、もっとお会いして下さい!」

 プリプリと怒った様子でアクシスが俺に言う。そうだ。アクシスはこういう子だ。真っ直ぐで、愚痴っぽくて、癇癪持ちで、努力家で、甘えん坊だ。

 

 しかし、急に泣きそうな表情をしてアクシスがうな垂れる。

「・・・・・・お、お兄様の方こそ、わたくしを恨んでいませんか?」

 アクシスの問に、俺は驚く。

「何で、俺がアクシスを恨むんだ?」

「だって、お兄様が、大好きな考古学者じゃなくて、竜騎士にならなきゃいけなくなったのって、わたくしを助けたせいですもの・・・・・・」

 アクシスの黄金の髪が、元の栗色に戻る。

「わたくしも、あの場で、お父様に反対しませんでしたもの・・・・・・」

 そんな事を気にしていたのか。いや、アクシスはするだろう。そこに思い至らなかった俺が悪い。多分、その事をずっと気に病んでいたのだろう。俺が今アクシスに対して抱いている罪悪感以上に、辛く恐ろしい時間を過ごしていたに違いない。

 それに、俺が腹を立てていたのは、アクシスの父親であるグラーダ三世個人にである。それも、今は氷解している。



「アクシス。俺の大切なアクシス」

 俺は、アクシスの頭を撫でる。幼い頃は良くそうして慰めた。ただ、今は頭にティアラがあるので、撫でにくくなっている。

 アクシスがゆっくり顔を上げる。そして俺の目をのぞき込む様に見つめる。

「この傷もわたくしのせいですわ」

 アクシスが震える指先で、俺の右目の傷を触る。

「わたくしが、目も、お兄様の夢も奪ってしまいました・・・・・・」 アクシスの目から涙がこぼれる。

「それでも、わたくしは、お兄様に愛されたいのです。・・・・・・わたくしはちっとも進歩がない。幼かった頃と同じでわがままですね」

 泣き笑いの表情を浮かべて、アクシスが俺を見つめる。

「アクシス。俺はアクシスを恨んでなんかいないよ。アクシスを助けることが出来て良かったと思っている。それにね、俺は竜騎士探索の中で、俺の夢を叶えているんだ」

 俺が告げる。

「お兄様の夢?考古学者の?」

「そうだよ。考古学者の夢を掴む、一番の方法が、竜騎士探索行だったんだ。だから、今は満足している」

 俺の返事に、アクシスがフワリと笑う。俺はハンカチがないので、手でごしごしとアクシスの涙をぬぐってやる。

「それにね。もっと大切な夢も、叶えられそうだ」

「もっと大切な夢って?」

 俺はアクシスに笑いかける。

「ほら、約束しただろ?世界の謎や秘密、お話を沢山見つけて、アクシスに話してやるって」

「はい!もちろん覚えています!!」

 アクシスの表情が一気に明るくなり、再び髪が黄金色に変わる。

「お兄様も覚えていて下さったんですね!?嬉しい!!」

 そう言うと、アクシスは上向き加減で目を閉じる。で、唇を突き出してくる。

「・・・・・・チューはしないぞ」

 俺は呆れる。

「は!?え?な、なんでですの?今の流れだとチューはオッケーなはずですわ!!ビアンカが言ってましたもの!!」

 アクシスは勝手に憤慨している。それにビアンカって誰だよ。


「まあ、アクシスがアクシスでいてくれて、ちょっと安心したよ」

 俺はそう言って1人納得したが、言われたアクシスはキョトンとして首を傾げる。

「ありがと。・・・・・・それと、ごめんな」

「お、お兄様?!今の言い回し、他に好きな方でも出来たのですか?!!」

 アクシスの顔から血の気が引く。髪がみるみる栗色に戻る。感情がわかりやす過ぎるだろ。

「いや、何でそうなる?俺が謝ったのは、色々だ」

「色々って何ですの?!」

「色々だよ!!例えば、ほら、遊んでいて放り投げた事とか、おやつとっちゃった事とか。・・・・・・あとかくれんぼで怖がらせちゃった事とか・・・・・・」

 俺がそう言うと、アクシスはキョトンとする。

「・・・・・・どうせ謝るなら、わたくしを避けてる事を謝れば良いのに」

「うっっ!!!」

 正にその通りです。まずはそれを謝るべきだよな。

「ああ。ごめん。でもさ、その代わり、もう一つの約束も守るから、許してくれよ」

「それって?」

 アクシスは、俺が言わんとしている事を察して、嬉しそうな表情を浮かべる。

「アクシスは必ず俺が守るよ」

「はい!!」



 それから少し話をしてから、俺は立ち上がり退室しようとする。あまりアクシスの時間を奪ってはいけない。

「あああ、あの、おおおお、お兄様?!」

 俺が立ち上がると、アクシスが俺の手を握って引き止める。

「なんだい?」

 俺は振り返ると、真っ赤になって、モジモジするアクシスがいた。いつも一直線に突撃してくるアクシスにしては珍しい。

「お、お兄様は祝宴会に、で、出られますわよね?」

「もちろんだ。出ない訳にはいかないからな」

 俺と仲間たちの為の祝宴会だからな。

「そ、そ、そしたら。わた、わた、わたくしと、その・・・・・・お、お、お、踊ってくれませんか?!」

 やっとの事で言い切ると、アクシスは息を切らせる。

「なんだ。そんな事か。もちろん良いよ」

 他の令嬢と踊るのは嫌だけど、アクシスとなら緊張しないですむので楽しめそうだ。ちなみに、騎士の家で育ったので、ダンスのレッスンは当然受けている。

 俺の答えに、アクシスは黄金の髪をゆらす。真っ赤になって喜んでいる。さっきキスをねだってきた時は照れもしなかったのに、こんな事に照れるとは、女の子はわからん。

「そうしたら、お兄様。わたくしを誘って下さいね」

「ああ」

 ダンスは男から誘うのが礼儀だ。当然そうする。

 

 アクシスは、嬉しそうにドアの外まで俺を見送った。そして、俺が廊下の先の階段から下りるまで、手を振って見送ってくれた。

 何だか、いろんな憑き物が落ちたようだ。

 グラーダ三世の事、アクシスの事、俺の罪。

 竜騎士探索行は、課された義務ではなく、もう完全に俺の望む旅へと変わっていった。

 「竜騎士にはなれなくてもいい」と言う、後ろ向きな考えではなく、「何としても竜騎士になりたい」と願う気持ちに切り替わった。


 ようやく、俺の旅が、俺の目的へと変わったのだ。 


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