王城  アクシス 6

「君は、この王城の5階に、幼い頃に君と姫様が過ごした『柘榴宮』の他に『翡翠宮』があるのを知っているね?」

 俺は頷く。「翡翠宮」は使用されていないし、普段は重い扉が閉められているので、中に入った事はほとんどなかった。

「では、『翡翠宮』の最奥の部屋に何があるかは知らないだろう?」

 知る訳がない。そう思ったが、そこで俺は黒竜の記憶を垣間見た事を思い出す。

「き・・・・・・金色の・・・・・・輝きが・・・・・・?」

 俺の呻くような言葉に、ギルバート様が驚きの表情を浮かべる。

「何故それを!?」

 本当にそうだったのか・・・・・・。あの創世竜の黒竜が恐怖して逃げ出す何かが、王城の最上階にいるのだ。

「そ、創世竜との会合で・・・・・・」

 辛うじて答えると、ギルバート様が大きく息を吐き出す。

「そうだったね。君は創世竜と話して、生きて帰ってきた『竜の眷属』だったね。何を知っていても不思議ではないか」

 そう呟いたギルバート様は、ひどく疲れたような顔をしていた。


「君が王城を出る事になった日の前日。姫様はその部屋に入った。そして、王が畏れていた事が現実になった。つまり、姫様の力の覚醒だ」

「アクシス・・・・・・王女殿下の、力?」

 何の話しだ?


 その日俺たちは、翡翠宮の探検をしたのを覚えている。

 そして、かくれんぼをしていたら、いつもの様にアクシスがかんしゃくを起こして泣き出した。ただ、その日、どうしてか、自分の母親が、ずっと以前に亡くなっているという事実を知って、俺と俺の母とで慰めたのだ。

 ・・・・・・そういえば、なんで今まで気付かなかったんだ?アクシスはどうしてその事を、誰かから聞いたんだ?俺たち以外は翡翠宮には誰もいなかったのに。


 だが今はわかった。いたのだ。

 翡翠宮の最奥部の部屋の中に。


「君は、あれほど姫様を溺愛している王が、何故幼い姫様に滅多に会おうとしなかったのか、その理由がわかるか?」

 てっきり忙しいものだと思っていた。

「我が王は、翡翠宮の最奥にいる御方の力を受けて、この世に生を受けた。そのせいで、常人では有り得ない能力を備えていらっしゃる。そして、その力は姫様にも備わっている事を王は知っていた。王とは全く違う力を」

 何だって言うんだ?今聞くべきではない事を打ち明けられている。俺には重すぎる秘密を。

「力を持つ王が姫様の側にいる事で、姫様の力が目覚めるのを恐れたが為に、王は姫様と距離を置かれたのだ」

 その先は聞きたくない。出来ればその場から逃げ出したくなった。心臓が早鐘のように鳴り響いて、耳に痛いくらいだ。

「だが、姫様は、あの日、君が誘ったが為に翡翠宮に入り、最奥の御方と出会ったのだ。そして、力が覚醒した」

「そ、その力とは・・・・・・?」

 声が震える。


「自らが地獄の蓋となる力だ」


 俺の足元に、巨大な穴が開いたような気がした。深く深く、闇の中に落ちていくような感覚に囚われる。

 色々な事が思い返されて、俺を食らい尽くしていく。

 俺のせいだったのだ。

 俺のせいで、アクシスにとんでもない思いをさせ続けてきたのだ。

 グラーダ王が俺を憎む理由がようやくわかった。そして、俺は憎まれるにたる罪を犯していた。取り返しの付かない罪だ。

 それは王城を追い出される訳だ。

 俺はどう償えばいいんだ?

 アクシスは、何故俺を憎まないんだ?


「2月15日に旧王都レグラーダで行われる、カーデラ神に捧げられる豊穣祭。ここで祝辞を述べるのが、姫様が唯一担われている公務だ。だが、本当の目的は、世界中の地獄の穴に蓋をする祈りを捧げる為の儀式なのだ。もう君も知っての通り、レグラーダの西には、最大の地獄の穴が開いているからね」

 

 では、アクシスが誘拐されたのも、元を質せば俺のせいと言うことになる。


「王が同行されないのも、メルスィンに遷都した理由も、王が地獄の穴に近づけば、地獄の穴を刺激して拡大させてしまうことを恐れたからだ」


 気持ち悪くくすぶっていた疑問が解けていく。グラーダ三世に対して抱いていた負の感情も解けていき、それ以上の強烈さで罪悪感が俺を襲い締め付けてくる。

 息が上手く出来なくなってきた。


「まあ、落ち着きたまえ。私は王と違って君を責めてはいない。姫の力の覚醒は、遅かれ速かれ起こっていた事だし、今後の事を考えると、速く目覚めてくれた事が世界を救うかも知れないのだ」

 ギルバート様の言葉に、俺は顔を上げる。どういう意味だ?

「最奥の御方は、姫の力が目覚めた事で、地獄の蓋を閉じる役目を姫に譲られた。それによって、最奥の御方は、本来のご自分の望みの為に力を集中する事が出来るようになった。最奥の御方の目的が達せられれば、それを以て我々に力を貸して下さるかも知れないのだよ。つまりね。来たるべき聖魔大戦にね」

 それじゃあ、俺の罪は許されるのか?いや、そんな事だけでは許されないだろう。寄りにも寄って、俺が大切に思う存在を、自らの手で恐ろしい運命に引き込んでしまったのだ。

 

「地獄の蓋は、年々拡大している。それ故に、確実に近い将来、聖魔大戦は起こる。だがね、これだけは肝に銘じておいて欲しい」

 まだ何かあるのか?

「君のせいではない。言うなれば、エレスの大地のせいだ。エレスの大地に地獄の穴が開いているせいなのだ。最奥の御方の力も、王の力も、姫の力も、エレスの大地の罪から人々を救う為の力なのだ。だがね、もし、地獄の穴が完全に開いてしまった時は」


「姫は、生きたまま地獄の底に落ちる事になる」

 

 頭が真っ白になる。何をどう考えれば良いのかわからない。


「だから、君は、必ず竜騎士になるんだ。決して途中で死んだりしてはいけない。君がもし、罪の意識を感じているなら、死なない事だ」


 そう言うと、ギルバート様は、立ち上がって俺の隣に来て、腰を下ろし、震える俺の肩を掴んで、真っ直ぐに目を見て言った。

 強く、鋭く、それでいて熱の籠もった目だった。


「姫様に会ってあげなさい」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る