王城  アクシス 5

 ギルバートは、アクシスにとって、唯一何でも気軽に相談できる相手だった。

 相談内容は決まってカシムの事だったが・・・・・・。


 幼い頃、カシムと離れて暮らすようになってからは、ほとんど毎日ギルバートの元を訪れては、カシムに会いたいと話して泣いては慰めて貰ったり、カシムとの思い出を何度も話していた。

 ギルバートは常に政務に忙殺される毎日だったが、アクシスが訪れてきた時には必ず時間を作って、アクシスの気が済むまで話しに付き合ってきた。

 それは、常に張り詰めて氷のように神経を尖らせていたギルバートにとって、唯一の癒やしの時間でもあった。


 アクシス姫の幼い恋心を、見守り、応援したかった。自分の前でコロコロ表情を変えて、時に髪を黄金に輝かせながら、カシムについて話すアクシス姫が、愛おしかった。


 だが、アクシスが10歳になった頃から、ギルバートの元を訪れる回数も減り、カシムについて話す事は、一切しなくなった。

 ギルバートはそれがとても淋しかった。アクシスの幼い恋心が終わってしまったのではと思うと、悲しみさえ覚えていた。


 

 ところが、あの王女誘拐事件から、再びアクシスは毎日のようにギルバートの元を訪れては、カシムの事を嬉しそうに話すようになった。

 ギルバートは、驚きと共に、アクシスの本当の心を知った。 アクシスは、ギルバートに話さなくなった間も、ずっとカシムの事を想っていたのだ。その想いは日を増す毎に大きくなっていたのだ。ただ、自分の立場を、そして、カシムの立場を考えて、外に出さぬように、必死に耐えてきたのだと言う事を。


 一時は、ギルバートはカシムの事を、実に不愉快な人物だと思っていた。

 アクシスがこれ程想っているのに、希に会っても、他人行儀で、一言挨拶して逃げるように去って行く。公の場では、目も合わせようとしない。実に腹立たしいと思っていた。

 だが、そんな対応をされて、傷ついていたにもかかわらず、アクシスは幼い痛みを隠しつつ、その一瞬の思い出を、これまた何度もギルバートに嬉しそうに話していたのだ。


 その想いのタガが外れたのが、今のアクシスである。

 昨日も、昼過ぎに宰相の執務室にアクシスが訪れた。



 コココン!

 小さく連続したノックが宰相室のドアを叩く。

 それまで、厄介な案件に取りかかり、官吏を叱りつけたり、厳しい態度で政務を行っていたギルバートだったが、そのノックで、すぐに誰が来たのか悟ると、一気に表情を穏やかにして「どうぞ」とドアに向かって声を掛ける。

 その瞬間、彼の部下たちも、明らかにホッとした表情を浮かべる。


 執務室のドアが控えめに開かれて、そ~~~っと中をのぞき込むようにして、アクシスが入室してくる。

「ギルバート。今お仕事大丈夫かしら?」

 いつもの台詞だ。

「私は大丈夫ですよ。しかし、姫様はどうなのですか?今の時間は文化の授業があったのではないでしたっけ?いけませんな、サボっては」

「ササササ、サボってなんかいませんわ。ちゃんと許可を取ってます」

 そう言いながら、アクシスはギルバートの机の斜め前に設置されている椅子に座る。

 この椅子は、アクシスが来た時に座れるように常に設置されている、アクシス専用の椅子なのだが、その事はアクシス自身は知らない。

「大丈夫ですよ。告げ口なんかしませんから」

 ギルバートが笑いかけると、アクシスも微笑む。

 

 ギルバートは知っていた。アクシスは例え授業を抜け出しても、後で貴重な自分の時間を使ってでも必ずサボった分を取り返していると。


「それで、どうしました?」

 カシムの事に決まっているのに、ギルバートは必ずそう尋ねる。

「ギルバートは、今、お兄様がどちらにいるかご存じですか?」

 アクシスが、カシムの事を話す時の表情が、ギルバートは好きだった。その表情に癒やされる。

「さて。黒竜の島から、こっちに向かっているはずなので、近々戻られると思いますが?」

 ここ数日、同じやりとりが続いている。今か今かと、カシムの到着を待つアクシスにとって、正に一日千秋の思いだったのだろう。例え、言葉を交わさなくても、一目見ただけで、何ヶ月も同じ思い出に浸れるアクシスだ。カシムが帰ってきたら、一瞬でも会いたいと思っているのだろう。


「わたくし、お兄様に無理なお願いをしてしまいましたもの・・・・・・」

 竜騎士探索行に反対しなかった事を、アクシスは時々こうして悔いている。だが、アクシスは微塵の疑いもなく、カシムが竜騎士探索行を成功させると信じてもいる。

「大丈夫です。カシム君が戻ったら、必ず祝宴会を開きます。だから、姫様もカシム君に会えますよ」

 ギルバートは、アクシスの為にも、祝宴会を開くことを、全く別の必要性を説きながら、グラーダ国王に決定させている。

「祝宴会では、お兄様、わたくしと踊って下さるかしら?」

 不安と期待が入り交じった表情で問いかける。

 もしアクシスがカシムと踊ったら、それだけでどれほど同じ話を繰り返してギルバートに聞かせてくれるだろうか。それはギルバートにとって苦痛ではなく楽しみな事である。

「さて。恐らく待っていてはダメでしょうな。姫様から働きかけるのがよろしいかと存じます。約束を取り付けると良いでしょう。『私をダンスに誘いなさい』とね」

 ギルバートはカシムの思考を読んでいる。

「わかったわ!ありがとう、ギルバート!お兄様がお戻りになったら教えて下さいね!」

 そう言って、アクシスは、弾むように執務室を飛び出して行った。 




◇    ◇




「姫様の想いは本物です。目を逸らすのはやめなさい」

 ギルバート様の口調が厳しい。俺の心をえぐる様に、目を逸らしている事実を突きつけてくる。

「・・・・・・君は知るべきだ。姫様の事を」

 そう言うと、ギルバート様は深く息を吐いて、額を抑える。

 重大な何かを話そうとしている事を悟り、俺は鼓動が早くなるのを感じた。怖さと不安が俺の心臓を鷲掴みにする。

 

「この事を知っているのは、世界でも6人だけだ。私と、王と、姫様とリザリエ様とキエルア様。それに君の祖父、ジーン様だけだ。私が独断で君に話すのだという事を心得ておいて欲しい」

 とんでもない秘密を打ち明けられる事になりそうだ。だが、頷くしかない。

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