王城  アクシス 4

 仲間たちと別れてから、俺は同階にある宰相の執務室に訪れた。

 執務室の中では、10人ほどの官吏が懸命に働いていた。当然ギルバート様は戻っていないので、しばらく待つ事になるだろう。

 官吏の1人に案内されて、俺は執務室の横の応接室に通され、お茶を出して貰う。そのお茶をすすりながら思う。

 国王との謁見よりも、宰相であるギルバート様との会談の方が、よっぽど緊張する、と。

 待っている時間は特にだ。


 だが、待つ時間は10分ほどですんだ。

 宰相である、ギルバート様が応接室に入ってきたので、俺はあわてて立ち上がる。すると、ギルバート様は、苦笑して手で座るように指示する。

「お手間をお掛けして申し訳ありません」

 俺はそう言いながら、豪華な革のソファーに腰を下ろす。

「なに。私も君と話したいと思っていたので、ちょうど良かった」

 ギルバート様は俺の正面に腰を下ろすと、持ってきた便せんに手紙を書き出す。ギルドに当てた手紙だろう。

「君の功績を、正しく評価すると、それはもう白金ランク以外には考えられないものだ。なにせ、君は、エレス史上、類を見ない功績をいくつもあげているのだからね。特に今回公表できない黒竜との誓約に関してはね」

 最後の所だけ声を落として言うと、ギルバート様がニヤリと笑う。

「過分なお言葉、恐縮です」

「正直な話し、私も君には期待していたんだよ。リザリエ様と共にね」

 ええ?!賢聖リザリエ様もか?これは驚きだ。俺だけでは無く、世界中の人々から尊敬されている偉大な方だ。

「しかし、その期待を遥かに超える活躍ぶりには、いやはや敬服するね。君のお爺さま同様、伝説を作っていってる」

 ギルバート様がニコニコして俺に言う。

 

ギルバート様は「氷の刃」と称されるほど、冷徹で無感情に政務をこなし、時には謀略も辞さない恐ろしい人だと言われている。

 そのギルバート様が、こうも笑顔でいる事に俺は驚いている。以前に一度お会いした時も、穏やかに接してくれたので、聞いているイメージと大分違う。


 手紙を書き終えると、ギルバート様が封をした手紙を俺に手渡す。

「さて、それで一応こちらの意向はギルド長に届く事となる。とは言え、君の冒険者ランクはいくつか上がるだろうがね。それは承知しておいてくれたまえ」

「はい。ありがとうございます」

 白金ランクなんて聞いた時は、どうしようかと思っていたので、低くしてもらえるならなんでも有り難い。レベルも低いのに、これ以上悪目立ちしたくない。


「それと、一応聞いておきたいのだが、次はどこを目指すつもりかね?いや、心配ない。ただの好奇心だよ」

 本当は、順当に「聖竜」との会合を試みるつもりだったが、事情が変わった。

「・・・・・・それですが、ギルドが発令した緊急クエストに参加するつもりです」

 俺はそう答えた。

「ええ!?それは本当かね?!」

 驚いた様子でギルバート様が大きな声を上げる。そして、慌てて指先で口元を押さえて咳払いをする。

「君は別に、緊急クエストには参加しなくても良いんだよ。もっと重要な任務があるんだから」

 

 ギルドの発令した緊急クエストとは、グラーダの南の砂漠地帯近くに、新たに作られたダンジョンから、地獄の魔物たちが出現した為、その討伐を依頼するクエストだった。

 緊急クエストは、依頼という形を取った、冒険者たちへの命令である。従わなくてもペナルティーはないが、それ相応の説明が必要になる。 

 ただし、普通の冒険者は、緊急クエストを蹴る様な事はまずしない。依頼報酬が他のクエストより断然良い。さらに、ランクアップに関わる、ギルドへの貢献度が高く計算されるのだ。

 この緊急クエスト自体が、発令された事が滅多に無いという、大イベントである。

 参加条件を満たしている冒険者は、こぞって参加するだろう。


 今回の緊急クエストの参加条件は、黒ランク以上でグラーダ近郊にいる冒険者となっている。つまり、高レベルの冒険者が求められている事になる。

 6月1日に産業都市「レグラーダ」に集結して、そこからダンジョンに向かうこととなっている。

 

 更に、グラーダ国の軍も大軍が投入されて、ダンジョン周辺を包囲して、魔物が抜け出ないようにしているそうだ。噂では、グラーダ十二将軍の内の五将軍と、俺の父である、軍総指令である「一位」も出撃しているそうだ。


「それが・・・・・・。私の仲間の、ランダがダンジョンに向かいまして、私も行かなくてはなりません」

 俺がそう言うと、ギルバート様が少し考え込む風を見せる。叱られるなら良いが、参加を禁じられたら困る。

 そう思っていたが、ギルバート様は、再び笑顔を見せてくれた。

「そうか。君も冒険者だな」

 そう言った後、また、とんでもない事を言い出した。

「しかし、君が行くというなら、恐らく事態は我々が思っている以上に深刻な事になりそうだ。冒険者に働きかける事は出来ないが、せめて軍の増援を送るように王に提案してみよう」

 似たような事をランダに言われたばかりだ。

「・・・・・・あの、なんで私が関わると、大事おおごとになるのですか?」

 あの時感じた不満を、恐れ多くも直接ギルバート様に投げかけてみた。ランダと違い、ギルバート様は「賢政」と言われる方だ。ちゃんとした理由を教えてくれると期待しての事だ。

 だが、ギルバート様は苦笑を浮かべる。

「考えても見たまえ。君が関わった事件は、どれもが私の想像を遥かに超える大事件になっているではないか。だから、君がダンジョンに向かうなら、きっとそうなると思ってね」

「そ、それは根拠になってないのでは・・・・・・」

 思わず、思ったことをそのまま口にしてしまった。

「そうでも無い。統計学から言えば、君の関わる事件はどれもがとんでもない結果を生んでいる事になる。史上初の出来事が、これからもいくつも作られるのではと、私は期待しているんだがね」

 期待されても困る。こちとら現状でいっぱいいっぱいだ。せめてあと少し強ければ、多少は嬉しく感じるのだろうが、今は重荷でしかない。


「ところで、姫様には会っていくのかい?」

 ギルバート様が急に話題を転じた。

「いいえ。仲間が待っていますし、それに私のような者が気安くお会いしても良いものではありませんから」

 俺は至極まともな返答をした。

 しかし、そう言ったとたん、ギルバート様の表情が一変する。


 さっきまで、穏やかに、にこやかに俺に接して下さっていたのに、射殺すような冷たい目で俺を見る。そして、さっきまでとは全く違って、とても冷たく、刺さるような声音で俺に言う。

「カシム君。仲間を優先するというのは、冒険者としては美徳だろう。だが、君の今の発言は、人としては見下げ果てた発言だ」

 俺の背中を、冷たい汗が大量に流れる。


「私は姫様が幼い頃から、ずっと見守ってきた。君が王城を出た後もずっとだ。姫様は、私に会う度に君の事を話してきたのだ」




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