獣魔戦争 決戦、その後 3
ランダが去った後、マイネーがリラさんに話しかける。
「リラさん。同族たちの為に歌ってくれたんだってな。族長として感謝する」
リラさんは、あの後もずっと落ち込んだ様子だった。
「あいつらも、戦士として立派に戦い、使命を全うした。その上、俺たち獣人にとって最高の葬送となる歌で見送ってもらえたんだ。この上ない名誉だ」
マイネーは、単にリラさんを慰めているだけじゃ無い。本当の事を語っているのだ。
その証拠に、リラさんの歌を聴きながら、微笑みを浮かべて息を引き取る者が少なからずいた。彼らは自分の事を誇りに思いながら旅立ったのだろう。
マイネーの言葉に、リラさんがボロボロと涙をこぼす。
その様子に、マイネーが俺に顎をしゃくって見せる。何を言わんとしているのか悟ったが、これがなかなか上手くできない。頭がぐるぐる回って、手が震え、動きがぎこちなくなる。
それでも、俺は泣いているリラさんの肩を抱きしめる。
すると、リラさんは俺にしがみついて、顔を胸に埋めてくる。不謹慎ながらドキドキしてしまう。しかし、今は、リラさんを慰めよう。
「ふふん。今はその席はお前に預けるがよ、カシム。いずれはオレ様がいただくからな」
マイネーがニヤリと笑う。なんというか、本当に器がでかいな、この男は。
ランダが去った後、すかさず俺の隣に座り直したミルも、反対側から俺にしがみつく。単に甘えている訳じゃ無いな。ミルもまだ子どもなのに、本当にがんばったし、沢山の死を見るのはこれが初めてだろう。辛い思いをしたのだ。俺はミルの背中にも手を回して抱きしめてやる。しばらくはたっぷり甘やかしてやろう。
その後、食べたり飲んだりしている中、取り纏められた戦後報告がマイネーの元に届いた。
それによると、兵士の総死者数、110名。その内、今日の戦闘で死んだ者が69名。重傷者は44名で、そのほとんどは今も治療を受けている。
義勇兵、町民の総死者数57名。重傷者、6名。こっちの重傷者はほとんどが回復している。その他にも負傷者は出たが、もう回復している。
騎馬隊を率いていた赤目隊長は、あの後、街道沿いに南下して待避しており、オゥガロードが討たれた後に、周囲のモンスターを蹴散らしながら町に戻ってきた。町も、すでに余裕が出ていて、南門を開け放して赤目隊長たちを迎え入れる事が出来た。
赤目隊長の実力はやはりたいしたもので、負傷者はいたが、死者、重傷者ともゼロだった。
建物被害は54件。
上水道の浄水設備は無事だが、下水道の浄水設備は壊されてしまった。更に、西の畑は全滅だが、そもそもが遊牧主体の獣人にとってはたいした問題ではないし、大街道のメルロー街道が町の中央を走っているので、外のモンスターを駆逐すれば、食料に困る事も無い。
今回の件では冒険者ギルドからの復旧支援も得られるだろうし、獣人国の大族長がこの町にいるのだから、町の復興自体は問題では無い。
「ただ、今回の件で、問題が浮き彫りになっちまったな」
マイネーが報告を受けて唸る。
「と、言うと?」
俺の問いに、マイネーが隠す事無く答える。
「オレ様たち獣人は、個別の戦闘力は高ぇが、軍隊による集団戦闘に関してはずぶの素人だったって事だ」
ああ。それな。
それに関してはつくづくそう思う。なんと言っても俺やファーンが指揮を執らなければならなかったんだからな。
「能力におぼれてたって訳だ。まあ、オレ様は気付いていたが、そんな事言ったところで、獣人どもは聞きやしない」
確かに、マイネーは戦術や陣形の大切さをよくわかっていた。多分、大族長になってから、各方面に必要性を訴えてはいたのだろう。
「まあ、今回の件は、良い事例だ。これを機に軍事行動のなんたるかを獣人国でも指導していく事にして貰おう」
マイネーが話をまとめた。
「『貰おう』って、お前が指導するんじゃ無いのかよ?大族長なんだろ?」
ファーンがマイネーに突っ込む。
「いや。オレ様はやらねぇよ」
マイネーが平然と首を振る。
「何でだよ?」
すると、マイネーが胸を張って宣言した。
「オレ様は大族長を辞めて、カシム、お前のパーティーに入る事に決めたぜ!」
はぁ?ちょっと何を言ってるんだ、こいつは?
「待て待て待て!何でそうなるんだよ?!」
俺が驚いて抗議する。
「何でじゃねぇよ。リラさんがいるからに決まってるだろうが?」
「いやいやいや。そうじゃないだろうが?!大族長はどうするんだよ?まだ任期が残ってるんだろ?」
しかし、マイネーは動じない。
「そんなもん辞めてやるさ!何度も言わせるな。恋は一大事なんだよ!それ以上に大切なものなんかこの世には無い!!」
極端な見解を堂々とぶち上げるなよ!!
「お前、リラに嫌われてるのに、よく言うよな!」
ファーンが呆れてずばりと言う。
「ええ~~~。あたし、このゴリラ嫌い」
ミルも毒を吐く。
「へっへ~ん嫌いで結構だ!!だが、オレ様はファーンもミルも気に入ってるぜ!」
とんでもなく強いメンタルだな。
しかし、マイネーが表情を引き締めて話し出す。
「それにな。ちょっと真面目な話なんだが、お前たちの旅にとって、オレ様は戦力になる。その上、顔が広いから、かなり役に立つ。あとな。カシムだけでは支えられない事に直面するだろう。その時に手を回せる程の奴は、このメンバーにいない。はっきり言って、これからカシムの立場はかなり微妙なものになっていくはずだ」
マイネーの指摘に全員が息をのむ。確かにそうだ。
黒竜から受けた誓約によって、俺たちが自由を奪われたり、国同士の勢力争いに利用される可能性について話し合ったばかりだ。
俺たちは一人一人が、もはや特別な立場にあると言っても良いのだ。
予想も付かないトラブルに巻き込まれる可能性だってある。
そんなところにマイネーのような、一国の王だった人物が付いて手を回してくれるならありがたい。俺だけなら、ペンダートン家が後ろにいるので手出しが出来なかったとしても、ファーンやリラさんにとって、後ろ盾があると無いとでは大いに違ってくるだろう。
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