獣魔戦争 決戦、その後 1
モンスターたちは、その後も町に絶えず攻撃を仕掛けてきた。
報告によると、一部のモンスターたちは、町を離れて森の奥に姿を消していったそうだ。おそらくは生き残ったゴブリンロードに支配されたモンスターたちだろう。
それはそれで放っては置けない問題だった。しかし、今の俺たちにはそれを追跡、討伐する余力は無い。
組織的な行動が無くなった残存モンスターは、防壁を越える事も出来ずに、次々と防壁からの弓隊の攻撃で倒れていったそうだ。
だが、俺たちは町に戻ると、すぐにその場に倒れ込み、待ち構えていた回復魔法士や看護師に手当を受ける。
死者は丁重に扱われ、簡易寝台に寝かせられ、布を掛けられる。子どもたちが胸に花を乗せていく。家族がいる者は、そこで無言の対面を果たす。
特攻任務に当たった俺たちの部隊からは、死者も、重傷者も大勢出ていた。
俺も、仲間たちも、ほぼ全員が負傷していて、マイネーの帰還にも気付かずに治療を受けていた。
「・・・・・・カシム君」
リラさんが、真っ青な顔で俺を呼ぶ。目からは次々と涙がこぼれ落ちて行ってる。
「リラさん?」
俺がリラさんの元に行くと、そこには簡易寝台に寝かせられているセルッカの姿があった。
「セルッカ?!」
セルッカはまだ辛うじて息をしているが、左腕が無く、脇腹が大きくえぐれている。
今も回復魔法を掛けて貰っているが、それは痛みを和らげる事しか出来ていない。もう間もなく、その命が尽きる事は誰の目にも明らかだった。
「セルッカ?」
リラさんが優しい声で、セルッカの耳元に口を近づけて囁きかける。
するとセルッカがうっすらと目を開ける。
「・・・・・・ああ。リラさん」
そう呟いたセルッカの口の端から血が流れ出す。しかし、セルッカが嬉しそうに微笑んだ。
「リラさん。無事で良かったです・・・・・・」
セルッカが残っている右手を持ち上げる。リラさんがその手を握りしめる。
「町は守られたんですね?」
セルッカの言葉にリラさんが頷く。
「セルッカ。頑張ったわね」
微笑みかけながら、リラさんの目から、大粒の涙が溢れ出る。それを見たセルッカが笑う。
「リラさん。泣かないでください・・・・・・。私、実は戦いの中で満足しちゃったんです・・・・・・」
回復魔法で和らいでいるとはいえ、今もセルッカを激しい苦痛が襲っているはずだ。だが、セルッカは、本当に満たされた表情をした。
「リラさんと、私が、魔法を唱えた時、リラさんが歌ったじゃないですか・・・・・・。あれ、感動したなぁ。本当に・・・・・・。だから、そこで満足しちゃったんですよ。ははは」
セルッカは力なく笑う。
「リラさん。・・・・・・もう一度歌ってください。・・・・・・歌って、私たちを送ってくれませんか?」
セルッカがそう言うと、リラさんは息を詰まらせて何度も頷いた。
そして、涙をぬぐうと、震える声で歌を歌い始めた。
歌はやがて周囲を包み、人々の心を悲しくも優しい思いで満たす。
歌は町の上空にまで昇り流れいく。その歌に乗って、死んでいく者たちの魂を、空の星々に届けるかのように。
「ああ。・・・・・・私、幸せです。ありが、と・・・・・・」
セルッカの手から力が失われた。
「セルッカ!セルッカ?!」
俺はセルッカの体に手を触れたが、すでに事切れていた。 リラさんは、セルッカの死を看取りながらも、歌をやめずに、しばらく歌を歌い続けていた。
周囲では、その歌を聴きながら、セルッカと同じように命を落としていく者もいる。励まされて苦痛に耐える者もいる。
亡くなった戦士たちに別れを告げる者の心にも深く染み込んでいく事だろう。
この歌を以て、エレッサ防衛戦、後に「獣魔戦争」と呼ばれる戦いが終わった。
その夜は、町を挙げての祝勝会となった。
今も、町はモンスターたちに包囲されていて、攻撃を受け続けている。しかし、全く統制のとれていないモンスターが、近くに落ちている仲間の屍を喰らいながら、思い出したかのように単体、または数匹で散発的に町に攻撃を仕掛けてくるだけだ。
数こそ4000程いるが、堀で足止めされ、矢で射殺されるだけで、もはや脅威でも何でも無くなっていた。
生き残ったオークは、数は少なく、どこかに逃げ去り、ゴブリンロードに支配された一軍も、森の奥に姿をくらませた。
少数、または単体でどこかに去って行ったゴブリンや、コボルトもいるので、正確な残存モンスターの数は不明である。
本来は放置するべきでは無いとは理解しているが、俺たちはすでに満身創痍で、今はただ生き残ったことを喜び合いたい。
問題は残っているが、今は生き残った者たちが、命ある事を喜ぶ時だ。
そして、それは同時に、戦で命を落とした者たちを弔う事にもなる。
「酒だ!もっと酒を持ってこい!!」
町の広場で、マイネーが豪快に笑う。
俺とランダが話をしているのに、平気で同じテーブルに腰を下ろす。俺はランダに、黒竜島での出来事や、これまでの事を報告していたというのに。
「おう!ランダとか言ったな?助勢感謝するぜ!」
ランダは、すでに光の鎧をただのブローチに戻して、灰色のマントにフードをかぶっている。飲み食いしているので、顔を隠す布は外しているが、のぞき込まなければ表情は伺えない。
「感謝には及ばない。俺はカシムのパーティーメンバーだ」
ランダが答えると、マイネーが顎をさすりながら「フーン」と唸る。
「これがカシムの最後の手札だったって訳か。恐れ入ったねぇ」
そう言うが、俺もランダが救援に来てくれるとは思ってもみなかったのだ。
「そうだよ。ランダは何でここに来たんだ?」
俺がそう聞く。
ファーンとリラさんとミルもやってくる。
3人は、そろって風呂に入ってきたのだ。俺ももちろん入ったが、男たち複数で、狭い風呂にギチギチになって押し合い、へし合いしながら体を洗って来た。そんな状況だけに、大急ぎで体を流しただけである。
それに引き替え、女性陣は少数なので、ゆっくりと湯船にも浸かれたようだ。服も3人とも綺麗な服に着替えてさっぱりしている。
そして、それぞれに飲み物を持って、食事が山と積まれている俺のいるテーブルの席に着く。珍しくミルが俺の隣ではなく、ランダの隣に座る。ランダが穏やかな表情で微笑んだのがわかった。
俺の隣にはリラさんが座り、その隣にファーンが座る。向かい合うようにマイネー、ランダが座っている。
全員そろったところで、ランダが話し出した。
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