獣魔戦争  決着 3

 マイネーが手で俺たちに後退を促す。次の瞬間、マイネーの体が大きくふくれあがった。獣化だ。しかし、ただの獣化では無い。

 マイネーは斧を口でくわえると、両手を地面に付く。

 「獣化」と言えば、半分獣、半分人間の戦闘形態を取る事だが、今、マイネーはほとんど獣と化している。さらに、黄色と黒の縞模様が、次第に白と黒になり、やがて、全身が白く輝き出す。同時に、身に着けていた物が、一瞬で消し飛んだ。残っているのは口にくわえた斧だけである。

 そして、熱い。たまらなく熱い。

「魔法障壁を張れる奴はいるか?」

 ランダが味方兵士に尋ねるが、誰一人として手を挙げる者がいない。

 ランダはため息をつく。

「全員、俺の後ろに来い」

 ランダの声を聞いて、俺が慌てて叫ぶ。

「全員、密集隊形!俺の元に集まれ!!敵には一切構うな!!」

 ランダは素早く魔法の詠唱を終える。ランダの前面にいくつもの光の魔方陣が浮かび、はじけて、光の膜を形成する。その後ろに入ると、熱さから逃れる事が出来た。

 ランダが張った障壁越しにマイネーを見る。

 マイネーは今や、眩しいほどに白く輝き、凄まじい熱を放つ、輝く猛虎となっている。


「ゴルルルゥアアアアアーーーー!!!」

 マイネーが斧をくわえたまま、咆哮を放つと、一条の光線と化して、敵本営に突入していった。光線が通り過ぎると、その周囲が業火に包まれる。無人の野を行くが如く、マイネーは縦横に駆け巡る。

 光線が稲光のように戦場を駆け巡り、オゥガたちを焼き尽くす。


「あれが闘神王に手傷を負わせた族長の最終奥義です」

 俺の近くに駆け寄ってきたバックが耳打ちする。

 とんでもない物を見ている。

 だが、ぼんやりとしているヒマは無さそうだ。ここからは時間との勝負となる。一瞬も無駄には出来ない。

「全員!速やかに撤退だ!!敵に構うな!!町に向かって逃げろ!!行きに通った壁を破壊して、町に戻るぞ!!急げ!!」

 呆然としていた味方の兵士たちが、そのかけ声で正気に戻り、慌てて撤退のために方向を転じる。

「可能な限り、仲間を連れて行く!!戦場に置いていくな!!」

 置いていけば、勇士たちの遺体は、モンスターに貪り食われるのだ。置いていく事など出来ない。

 ミルが撤退の先頭に躍り出る。左右にウサギ獣人が並び、味方の退路を切り開こうとする。

 ランダは魔法障壁を解いて、ミルに追いつくべく、光の鎧で飛翔する。

「ローリー!!!」

 俺が叫ぶと、すぐに返事があった。

「はい!ローリーです!」

 無事そうだ。怪我をしていたが、動きにおかしな所は無い。

「飛べるか?」

「もちろん!!」

 素早い回答だ。

「なら、町に飛んで帰って、防壁を崩すように指示してくれ!飛ぶ隙は作る!」

 俺が指示を出すが、すかさずバレルが言う。

「いや、カシム殿。その必要は無さそうです」

 町の方を見ると、俺たちが出陣の時に崩した防壁の近くで大きく旗が振られた。俺たちの意図を察して、今防壁を再び崩す準備をしてくれているようだ。これはラニカ老の指示に違いない。

「それより、俺とローニーで、族長を迎えに行きます。あの技を使うと、色々と反動があるので」

 なるほど、そうか。

「2人で行けるか?」

「飛び立てれば行けます」

 ローニーが「ローリーです」とか行ってるが、もう分けわからないし無視する。

「よし!隙は作る。リラさん!!」

 俺は前方を走るリラさんに声をかける。リラさんが振り返る。

「リラさん。まだ、魔法は使えますか?」

「はい。あと少しでしたら」

 ファーンがすぐにマナポーションをリラに振りかける。ポーションをもろに顔に浴びて、リラさんがファーンをジロリと睨む。リラさんはポーションは飲む派だ。

「じゃあ、例の合体技を試したいんだけど」

 黒竜島で新たにリラさんが覚えた魔法がある。それは俺の提案で覚えて貰ったのだが、とても嫌な顔されてしまった。

 今も「例の合体技」と言う言葉に、嫌そうな表情を浮かべる。

 しかし、深く息を吸い込むと、覚悟を決めたようで頷く。

「わかりました。初めての実践で、効果があるかわかりませんが、やってみます。ただし、魔法詠唱中に私の方を見ないでくださいね」

 リラさんが念を押す。俺は頷いたが、何故こんなにも覚悟が必要なのか、実はさっぱりわからない。嫌そうにする理由もわからない。危険でも難しくも無い魔法を2つ唱えるだけなのだが。

 リラさんが詠唱を始める。


『ナーレンド・サイレウス。闇の中で見える目を我に授けよ』


 見るなと言われると見たくなる。リラさんの肩が小刻みに震えている。声が普段と違い、波打っているように聞こえる。


『メセ・・・・・・テルの、名において、わ、れが命じる』


 リラさんがうつむいて、何かを必死に堪えている。ついリラさんの方をガン見してしまう。周囲にいる兵士たちも、走りながら不思議そうにリラさんを見つめる。

 だって、普通、見るなとあれだけ言われたら、つい見てしまうだろう。


『セメテル!!!・・・・プフゥッ!!』


 ん?何だ、最後の詠唱部分。リラさんが左手で顔を押さえているから、どんな表情なのかわからないが、確か低レベルな魔法だったはずだが、何か代償でもあるのだろうか?

 そんな心配をしてしまうが、この魔法は、白竜山に向かう前にリラさんが神から直接教えて貰った魔法で、暗いところでも多少目が見える様になる魔法だ。

 こういった暗視魔法は多いが、一般的な暗視魔法よりも低レベルで安価なマイナー魔法な為、デメリットがある。それは、急に明るくなると、一瞬目がくらむと言う事だ。

 リラさんは、その暗視魔法を、味方では無く、周囲の敵に掛けた。そしてすかさず次の魔法を唱える。今度は詠唱部分も素早く唱えると、魔法名を唱えた。


『シャイニング!!!』


 魔法名と共に、リラさんが右手の杖を高々と掲げた。その杖の先に光の玉が出現し、一瞬だが周囲をまばゆく照らす。その光は、昼日中にあって眩しく輝く。

「グアアアアアアアアアッッ!!??」

 周囲のモンスターたちが、一斉に目を押さえて動きを止める。

「今だ!行け!!」

 俺の合図で、バレルと、ローニーが翼を広げて飛び立つと、すぐに矢も石つぶても届かない上空に舞い上がった。


「リラさん!すごい効果だよ!!」

 俺がリラさんに声をかけるが、リラさんは真っ赤な顔で、俺を横目で睨む。

「見てましたよね・・・・・・」

 あ、はい。見てました。

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