獣魔戦争  最終決戦前夜 2

 日暮れ近くになって、ようやくモンスターたちは軍を引いた。

 俺はすぐにマイネーと合流する為に、西端で指揮を執っていたファーンの元に走る。


 結局、午後からの攻撃は、予想していたほどの攻勢には出てこず、敵軍は消耗を抑えるような戦い方だった。

 トロルたちは、相変わらず南西側の防壁に対して、投石を続けていたので、俺が走る防壁は、中央の小門を過ぎると至る所が崩れかけていて危ない。数カ所は、半ば崩壊していて、夜通しで補強する必要がありそうだった。

 幸いにも、トロルたちは、飛行部隊が槍の投擲攻撃で、ついに全滅させる事が出来た。

 トロルが全滅したところで、敵軍が軍を引き始めたので、俺はファーンの元に急いでいた。

 

 俺がファーンの元に着くと、マイネーはすでに到着していて、ファーンと共に、引いていく敵軍を睨みつけていた。

「おう、カシム。ご苦労」

 マイネーが俺に声を掛ける。俺はマイネーに手を上げて応えると、すぐにファーンに声を掛けた。

「ファーン。ありがとう。大丈夫だったか?」

 俺が言うと、ファーンが俺をじろりと睨む。

「フン!オレは今回、南北の情報伝達を自分の役目と決め込んだからな!!大丈夫だよ!!」

 ああ。怒ってる怒ってる。これは本当にしっかり埋め合わせをしないといけないな。

「悪かったよ。助かったってば」

 済まなそうに言うと、ファーンが頬を膨らませたまま、拳を突き出してくる。

「・・・・・・ん」

「ああ」

 俺は苦笑しながら、ファーンと拳を打ち付け合う。

「で、どうなった?」

 俺が言うと、マイネーが答える。

「奴ら、包囲はしたまま、退っただけだな。長期戦か?」

 緊急クエスト発令までが地獄勢力の計画だとしたら、あり得ない事では無い。

「北門の方はどうだ?」

「ああ。ギリギリだが、何とか保ったな。ったく、城みたいに跳ね上げ橋とかだったら守りやすいんだがな」

 マイネーがぼやく。モンスターは水が張っている堀は怖がる。だから橋の架かった門の攻略に拘るのだ。

「いや。たったこれっぽっちの堀だったら、トロルが木や石を運べば、すぐに埋まっちまうだろうが」

 ファーンがマイネーに突っ込みを入れる。

「そりゃそうだ。浅いしな」

 マイネーが笑う。

「しかし、どうするよ?」

 引き上げていくモンスター軍を見てマイネーがぼやく。

「そうだな・・・・・・。っ!?いや、待て!!」

 俺は重大な事を見逃しそうになっていた事に気がついて、ハッとする。

「マズイ!か、勝ちどきだ!勝ち鬨を上げろ!!」

「なんだ?どうしたんだよ?」

 ファーンが戸惑う。そして、俺が睨みつけている方に目をやる。

「ああ!?」

 ファーンが叫ぶ。

「なるほど。そう言うことか。中々頭が回るじゃねぇか」

 マイネーが感心したように呟く。

「野郎ども!!!勝ち鬨だぁぁぁーーーーー!!!!」

 マイネーが大声で叫んで、両腕を高々と掲げる。

 すると周囲の兵士たちが、引いていくモンスター軍に対して盛大に勝ち鬨の声を上げる。

 その声はすぐに各所に伝播していき、街中を覆い尽くす大音響となった。

 




 俺たちは後の事を他の兵士たちに任せて、再び大テントに向かう。

 その途中で駆けつけた女性に呼び止められて、リラさんが一時期死んでいた事を聞かされる。

 俺たちは、全員が血の気の引いた顔で、リラさんのいる集会場に飛び込み、リラさんのいるベッドのある仕切りの中に駆け込んだ。

 そして、楽しそうに果物を食べておしゃべりをしているリラさんとミルの姿を見て、その場に崩れ落ちた。

「あ、お帰り~」

「お疲れ様でした。怪我とかしてないですか?」

 2人はのんきに振り返ってから、床にへたり込んでいる俺たちの様子に首を傾げる。

「あの・・・・・・?」

「リ、リラさん?俺たち、リラさんが死んでいたって聞いて、慌てて飛んできた訳なんですが・・・・・・」

 俺がそう言うと、リラさんは嬉しそうに笑う。

「あら。心配してくれたんですか、カシム君?」

「当たり前です!!」

 俺は立ち上がってリラさんの手を力強く握りしめる。

「・・・・・・嬉しい」

 リラさんがフワッと笑った。その瞬間に、自分が思わずリラさんの手を握りしめていた事に気付いて、慌てて手を離した。

 その可愛らしい表情に、逆にこっちが爆死しそうだった。

「あのさ。リラは死んでた訳じゃないんだよ」

 ミルが頬を膨らませて俺を睨む。

「じゃあ、どうしたんだ?」

 まだドキドキして言葉が出せない俺の代わりに、ファーンがミルに尋ねる。

「う~ん。これ言うと恐がりそうだから言いたくないんだけど・・・・・・」

「いや。死んじゃった辺りで充分怖いから」

 ファーンがミルに指摘する。

「じゃあ、言うけどね。リラはちょっとだけ精霊界に入り込んでた感じなの。『エルフの大森林』ね」

「うわ!!?こわっ!!」

「だ、大丈夫ですか、リラさん?」

 俺とファーンは、また血の気が引く。とても大丈夫な感じの話では無い。

 世界一有名な心霊スポットに行ったような感じにしか聞こえない。リラさんも、それは初耳だったようで、若干引き気味にミルを見ている。

「あ、あの・・・・・・。ええ。だ、大丈夫みたい・・・・・・です」

 精霊使いになりつつあるリラさんでも、やはり「エルフの大森林」は怖い場所だという刷り込みは生きているようだ。

「ああ。オレ様は行った事はないんだが、まあ、言うほど恐ろしい所じゃないそうだぞ」

 マイネーが小さ目の声で言う。そうだ、周囲は怪我人がいるのだった。静かにしなくては・・・・・・。

「そうなの?」

 リラさんがマイネーの話しに興味を曳かれたようで、初めてマイネーに声を掛けた。

「ああ」

 マイネーが膝を落として、リラさんと目の高さを合わせて、穏やかに笑う。

「以前、俺の仲間がエルフの大森林に行って、無事に帰ってきた。とてもきれいな所だったそうだ」

 ミルがその話しに、嬉しそうに頷く。

「ねえ、カシム君?」

 リラさんが俺をジッと見つめる。ああ。そうだよな~。約束もあるしな・・・・・・。

「そうですね。今度エルフの大森林に行ってみましょう。『暁明の里』に顔を出さなくっちゃ」

 そう言いながらも、俺は思わずゾゾゾッとする。

 リラさんとミルが、とても嬉しそうに笑う。まあ、この笑顔が見れたのだから、約束は守らないとだな。ファーンの顔は青ざめているし、多分俺も同じような顔してるんだろう。

 しかし、マイネーの兄貴は、うまい事株を上げていくなぁ。悔しいけど勉強になる。リラさんがマイネーに笑顔を向けている。まあ、本来、リラさんは優しく穏やかな人なのだけどな。

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