獣魔戦争  最終決戦前夜 1

「ねえ、ここはどこなの?」

 リラが尋ねると、キラキラ光る、小さい粒が集まった様なミルがニコニコ笑う。

「うんとね。夢の中・・・・・・かな?」

「夢?」

 リラの体も、ミルと同じように小さな光が集まって出来ている。しかし、ついさっきまでは、自分に形など無く、光の粒になって、広く散らばって漂っている様な感覚だった。ただボンヤリして、何か考える事も無く、時間の経過もわからずにいた。

 そこにミルがいきなり現れて、漂っているリラの光の粒に声を掛けて、何度も穏やかに、楽しそうにリラの名前を呼び続けている内に、段々とリラは自分の形を思い出していった。

 そして、しばらくすると、リラはリラの形になって、ようやく話が出来るようになったのだ。

 こんな状況なのに、不思議と怖くない。


「ミルは・・・・・・ミル?」

 自分の夢の中に出て来たミルは、本物のミルなのかとリラは思って尋ねる。

 すると、ミルが楽しそうに笑う。

「アハハハ。多分違うよ~」

 では、この子は一体何だろう?単にミルの夢を見ているだけなのだろうか?

 リラは首を傾げて、キラキラ輝くミルを見つめる。

「ミルはね~。リラの隣で寝てるの。だけど、あたしもミルなの」

 ミルの姿の少女は、訳のわからない事を言い出すが、リラにはこの少女が何か段々わかってきた。

「あなた、エリューネ?」

 リラが与えられた、リラだけの精霊だ。風の上位精霊シルフで、リラが「エリューネ」と名前を付けた、リラの大切な友達だ。

 ところが、少女は首を傾げる。

「そうかも知れないけど、あたしは今はミルなんだ」

「う~~~ん」

 リラは考え込みかける。しかし、考えるのもバカバカしくなってやめる。

「じゃあ、ミル。私はどうしたの?」

 この少女がミルでも、エリューネでも、どちらも大切な存在なんだから、今この夢の中に現れてきたのなら、一緒に楽しく過ごしたい。ただ、確か今、何か重要な事があった気がする。

「リラはね。ちょっと体が死んじゃってるの」

「へ~~~。そうなんだ」

 言われた意味が理解できず、うっかりそう答える。

「え?それって大変なんじゃないの?」

 気付いてリラが焦る。しかし、少女は首を振る。

「うんとね。死んではいないんだけど、使えなくなっちゃってるの」

 少女が言葉をひねり出すように、考えながら言うが、さっぱり要領を得ない。

「う~~~ん」

「う~~~ん」

 リラと少女が2人で考え込む。

「ま、いいわ」

 リラが考えるのを放棄する。リラはそれより、自分たちの周囲が気になった。

 何だか眠くなるような、薄紫色のモヤがかかったような空間に漂っている。しかし、よく目を懲らすと、モヤの向こうに木々が見える様な気がする。


「ねえ、お散歩しましょうよ」

 リラが嬉しそうに少女を誘う。

「うん」

 少女も嬉しそうに言う。

 リラが足を意識して歩くようにすると、足元に地面が現れる。草が繁り、そこかしこに色とりどりの花が咲いている。

 手を上げると、薄紫色のモヤが晴れて、沢山の木に囲まれた森になった。

「きれい・・・・・・」

 リラがうっとりと呟く。

 木々も草花も、いろんな色の光の粒が集まって形作られていて、その光の輝きや明滅の仕方で、命が溢れているように見えた。

 物体だけではない。周囲の空気も輝いていて、全てに命が宿っているように見えた。

 リラは、光に溢れる穏やかな森の中を、嬉しそうにクルクル回りながら見て回る。

「ねえ、ここって素敵」

 リラが少女に声を掛ける。少女はリラの後ろを、ニコニコしながらついて歩く。

 リラが、優しく触れると、触れられた光の粒一つ一つがくすぐったそうに身震いする。

「ここはねぇ~。ミルがリラに見て欲しかった世界なんだよ」

 少女が言う。リラはうっとりと世界に魅入る。

「ミルには、世界がこんな風に見えているのね・・・・・・」

 少女が頷く。

 リラが振り返って、少女に笑いかける。

「精霊の世界って、優しいのね」

 少女が微笑む。


 リラは自分が夢の中で、エリューネとミルが一体になった精霊と話しをしているのだと理解していた。

 今、リラの心は、肉体を離れて、夢の中で精霊たちと一体化している。

 あのまま光として漂っていたら、リラは自分の体の形も思い出せず、心は精霊たちと一体化したままだっただろう。

 しかし、ミルがリラを呼び起こしに来てくれたのだ。

 リラはこのまま精霊たちと一体化して、この夢の世界で生きていたいとも思った。本当の体が死んで朽ちるまで。

 しかし、同時に、自分は戻らなければいけないし、戻りたいとも願った。大切な人たちに会う為にである。

「ありがとう、ミル。ありがとうエリューネ」

 リラが少女の頬を優しく撫でる。すると、少女の光が薄くなる。

「あたしもね、『あたし』もねぇ。リラの事が大好きなんだ。だから・・・・・・」

 少女たちの言葉に、リラが頷く。

「うん。どんな世界でも、私も、あなたも、『あなた』も大好きよ」

 リラの言葉に、少女は嬉しそうに、くすぐったそうに笑う。

「じゃあ、待ってるね」

 そう言うと、少女は消えていった。それと同時に周囲の森も姿を消して、再びリラは薄紫色のモヤに包まれた。

「あ~あ」

 リラが呟く。

「これって、目が覚めたら、絶対覚えてないんだろうな~」

 それが残念だったし、少し淋しくもあった。

「でも、いつかまた、ここで遊べるわよね」

 リラはそう言うと、目を閉じて風を呼び起こす。

『エリューネ!!』

 薄紫色のモヤが、風に巻き上げられて大きな光の塊になって、世界全体をまばゆい光で覆った。



 リラが目を開くと、目の前にミルの顔があり、同時に目を開けたようで、2人の目が合う。

 リラとミルは1つの簡易寝台に並んで寝ていたのだ。

 目が合った2人は、同時にクスクス笑い合う。

「何も覚えてないね~」

 ミルが楽しそうに言う。

「何も覚えてないわね」

 リラも楽しそうに笑って言う。

「でも、楽しかったわね」

 リラがそう言うと、ミルも嬉しそうに頷く。

「うん。楽しかったし、嬉しかった」

 リラの周囲には、何人もの人が立っていた。皆驚いた表情をしている。

「そんな・・・・・・。奇跡だ」

 リラが起き上がると、悲鳴が上がる。

「あ、あの?」

 リラが首を傾げると、年配の女性が涙を流して、リラの手を握ってきた。

「あんた、今、死んでたんだよ!!」

「え?」

 リラは困惑する。

「そっちのお嬢さんが、だいぶ前に1回起きて、あんたは死んでも大丈夫だって言ってたけど、本当にあんた生き返ったんだね!大丈夫かい?体は何とも無いのかい?」

 そう言われて、リラはミルに顔を向ける。

「私、死んでたの?」

 言われたミルは首を振る。

「死んでないんだけど、ちょっと『ハイエルフの眠り』に落ちてただけなんだよね~。でも、人間から見たら死んでるように見えるみたい」

「その『ハイエルフの眠り』って?」

 リラが恐る恐る聞くと、ミルが舌を出す。

「あ、これ言っちゃダメな奴だった・・・・・・」

 リラがため息を付く。ハイエルフの秘密はうかつに知らないでいた方が身の為だとよくわかっている。にもかかわらずハイエルフの口は良く滑る。


「あの・・・・・・。お騒がせしました。もう大丈夫です」

 リラが周囲の人たちに頭を下げる。何人かは驚愕の表情、何人かは安堵に涙しながら、仕切りの外に出て行った。

 リラの大魔法を見たり聞いた人にとって、リラはこの町の救世主に見えていたのだ。その救世主が大魔法の発動と引き替えに命を落としたと思って、大勢の人が集まっていた。そして、死んだと思ったら、ケロッと生き返ったのだから、奇跡を見たと思ったり、やはり特別な人なのだと思ったり、様々な思いを人々に与えた。

「この事って、きっと尾ひれがついて、誰かがうたにするのね・・・・・・」

 リラはかなり複雑な思いをする。

 詩は自分が作る物で、自分が新しい詩を作っていきたいと思っているのに、自分の事がどこかの誰かに、勝手に詩にされるのだ。

 かといって、自分の事を物語として自分で歌うのは、相当に恥ずかしい。

「悔しいわ・・・・・・」

 

 仕切りの中には、ミルと2人だけ残されている。ベッドに腰掛けたままリラはミルとボンヤリする。外では太鼓が鳴ったり、叫び声やら怒号が響き、町の人たちが走り回っている音が聞こえてくる。

 戦闘はまだ続いているのだとわかった。

 それでも2人は、顔を見合わせるとクスクス笑い合う。

「このまま、また寝ちゃいましょ」

「うん。寝ちゃお~。とっても疲れちゃった」

 そして、2人でベッドに寝っ転がって、抱き合うようにしてすぐにすやすやと寝息を立て始めた。

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