獣魔戦争  緊急クエスト発令 2

「さて、本題だ」

 マイネーが身を乗り出して厳しい表情をする。一瞬でテント内の雰囲気に緊張感が漂う。

「敵の大将は『オゥガロード』だ」

 数人が唾を飲み込む音がする。モンスターのロード種のなかでの最上位と目されている個体である。

「しかも、このオゥガロードは、複数のゴブリンロードを部下として使っている。これは厄介だ。北門が攻められていたのは、北門の攻め手がゴブリンロードによって統制されていたからだとオレ様は睨んでいる」

 知力と統率スキルを持つ個体が複数いて、組織を作り、連携を取って行動しているのだ。

「今まで、オレ様たちは、『所詮は低能なモンスターの集団』だと、高をくくっていた感がある。だが、こうなると相手は人間の軍隊だと考えた方がいいだろう」

 マイネーの言葉に、一同が頷く。

「救いがあるとすれば、訓練された兵では無いという事だ。人間の軍以上に陣形が乱れやすいし、ロード種から離れるほどに動きが単純になる」

 それには、防壁上で全体を常に見ていたファーンが同意する。

「あと、制空権を取れた事も助かる。これで、残りのトロルたちへの対抗手段が得られた」

 トロルと戦うには、上空から勢いを付けた槍の投擲が効果的である。上空から急降下して勢いを付けた槍は、トロルの分厚い皮膚を貫通し、肉の奥深くまで到達する。もちろん、火属性の魔法を武器に付与する必要がある。

 ハーピーがいなくなった今、飛行部隊は、敵からの矢以外は気にする事無く、一方的に攻撃出来る。槍は使い捨てになるが、残存トロルが18体にまで減った今なら、充分に足りるだけの備えがある。

 1体倒すのに時間は掛かるが、被害を出さずにトロルの対策が出来る事は大きい。

「ま、1人、ローニーの奴がハーピーに唾をかけられて、今、大変ですけどね」

 バレルが笑いを堪えつつ告げると、テント内の男たちが大笑いする。


 ハーピーは上半身だけ人間の女の姿だが、腕と下半身は鳥で、何よりかなり不潔で醜く、臭い。

 ハーピーには雌しかおらず、人間を襲って食べたりするが、時には男性を掠って交尾をする。ただし、掠われた男性にしても、ハーピーの不潔さと醜さに、男性機能が働かなくなるものだが、なぜ交尾を出来るのかというと、ハーピーの唾が原因だった。

 ハーピーの唾は、病原菌まみれで、吐きかけられて放っておくと、まず間違いなく病にかかる。だが、男性には即効性の強精効果があり、しばらくの間は男性自身を屹立させ続けるという効果があるのは有名な話しだった。

 ついでに、唾は匂いが強力で、洗ってもしばらくは匂いが落ちないのだ。


「いや~。そいつは是非見舞いに行ってやらねぇとだな」

 一頻り笑って、涙を拭きながらマイネーが言うと、また男たちが笑う。

 ファーンとジャニスはあきれ顔だし、バニラはよくわかっていないようだった。

「族長、下品」

 ジャニスがぴしりと指摘すると、マイネーが姿勢を正す。

「・・・・・・ああ~。脱線したな」

 咳払いをして誤魔化す。

「ともあれ、これからは出撃を避けて、防壁と南北の門を死守して、明日、明後日にもこの町に到着するであろう援軍が来るまで持ちこたえるぞ!」

 



◇      ◇




 そこで軍議は終了して、すぐにそれぞれが動き出す。

 ラニカ老の進言で、この間に交代で兵士に休憩を与える事にした。

 俺はファーンと、マイネーを伴ってリラさんの様子を見に行く。

 リラさんはまだ眠ったままだったが、今はその隣で何故かミルが眠っている。

 俺は、ずっとリラさんの側に張り付いて見守っているセルッカにどういう状況か尋ねる。

「はい。ミルさんが言うには、リラさんの精神が、かなり遠くに行っているようなので、ミルさんが連れ戻しに行くとの事です。危なくは無いけど、今日は起きないと思うとの事です」

 おいおいおい!?

「それは本当に危なくないのか?」

 聞いた感じだと、ちょっとヤバそうに聞こえる。

「さあ~。でも、ミルさんがうなされだしたら起こして欲しいとの事なので、私はここから離れられません」

 そう言うセルッカの首根っこをマイネーがつまみ上げる。

「な、何するんですか?族長!?」

 セルッカの抗議に、マイネーが一睨みする。

「見守るだけなら他の奴にも出来る!魔法使いは貴重なんだ!サボってねぇで働け!!」

 マイネーの迫力に、流石のセルッカも涙目になる。そして、そのままポイッと建物の外に放り出された。

 まあ、マイネーの言う通りだな。魔法使いがこのまま、ただリラさんに張り付いていられる状況では無い。

 それに、セルッカ、ちょっと危ない。なんて言うか・・・・・・眠ったままのリラさんを任せておいてはいけない気がする。

「これって平気なのか?」

 ファーンが俺に聞いてくるが、俺にもさっぱりわからない。

「オレ様もわからんが、お嬢ちゃんに任せるしかないんじゃないか?」

 マイネーも心配そうにリラさんを見つめる。

「取り敢えず、誰か信頼できる奴をリラさんに付けよう」

 そう言うと、マイネーがリラさんの寝ている仕切りの外に行く。奥で誰かと話をしているようだ。

「・・・・・・ミル。頼んだぞ」

 俺は眠っているミルの頬を撫でる。何かを感じたのか、眠っていながらミルがニヤニヤ笑う。ちょっと気持ち悪い笑い方だったので、思わず手を引っ込める。

「・・・・・・あんま邪険にしてやるなよ」

 ファーンにたしなめられてしまった。・・・・・・反省しよう。改めて、ミルの頬を撫でてやる。

「おう。取り敢えず、人の手配が済んだ」

 マイネーが年配の女性を連れて来た。

 俺たちはその人に、リラさんとミルを託して、建物の外に出る。

「じゃあ、防壁やみんなの様子を見て回ろう」

 俺が言うと、マイネーが頷く。

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