獣魔戦争  カシム隊 8

 中堅の盾を構える集団はコボルトばかりの部隊だった。ゴブリンは小柄で力が弱いが、コボルトよりは知恵がある。

 一方コボルトは知恵が無く、ゴブリンに飼われている様な状態だが、体の大きさは人間と変わらず、力もある。盾で踏ん張るには充分なのだ。

 その為、カシムたちの突撃は、盾を構えた防御陣を3枚突破した所までで、止められてしまった。ジリジリと前進はするが、戦いながら前進する形となっていて、小門までの距離の、あと200メートルが遠い。

「相手はゴブリン、コボルトといえど、無理をせず、2人1組以上で互いをカバーし合いながら戦え!決して1人で突出するな!!」

 カシムの指示に、兵士たちが雄叫びを上げて応える。各部隊長が、素早く組を組織して、各小隊をまとめて密集隊形を維持する。

「敵本隊が来ます!!」

 後方でレックが叫ぶ。すかさずカシムが指示を出す。

「レック!魔法攻撃準備!!」

 カシムが敵の本隊中央に火炎刀を向けて方向を指示すると、すぐに2組の兵士がレックの護衛に入る。その間にレックが魔法の詠唱を行う。

「レックの魔法に合わせて、俺ももう一度大技を出す!」

 今度はカシムの周りに2組がカバーに入り、カシムが火炎刀に集中する時間を稼ぐ。


『プロミネンスッ!!!』


 レックの火炎魔法が、後方から迫る敵本隊に向かって炸裂する。同時に、カシムも火炎刀を前方の防御陣に放つ。

「うわあああああつ!!」

 悲鳴が上がったのは、後方のレックたちからだった。

 カシムの放った炎の刃は、敵の防御陣をまとめて吹き飛ばし、突破口が一瞬見えたが、後方からの叫び声と、混乱で、突撃する事が出来なかった。

 後方レックの放った炎の魔法は、迫り来る敵モンスター軍を炎で焼いたが、その炎を突き破って、巨大な岩が複数飛んできた。

 レックを庇った兵士が岩に背中を直撃されて口から血を吐き出して気絶する。

 直撃こそしなかったが、かすめて怪我をした兵士もいるし、何より、密集隊形が解かれてしまった。次々降りかかってくる岩から身を躱すのに必死な状況になってしまう。

『モンスター軍は、これが有るから恐ろしい』

 カシムが恐れていた展開の一つだった。

 モンスターは仲間を思いやる気持ちが無い。今、カシムたちも攻撃を受けて必死に身を躱しているが、その岩は、モンスターにも被害を与えている。モンスターは、味方の損害など考えずに、味方もろとも攻撃出来るのだ。

 その為、トロルたちが、味方を巻き込んで岩を投げつけてきていた。

 モンスターは味方が岩に当たって倒れても、それが自分にも当たるかも知れないと恐れたりしない。

 「当たった奴は間抜けだ」ぐらいには思っているかも知れないが、自分に当たる事など想像していない。

 なので、飛んで来る岩を、全く警戒せずにカシムたちに襲いかかってくるのだ。

 岩が降って来ようが、矢が飛んで来ようが、トロルが混戦中に乱入して来ようが、敵の動きに混乱が無い。

 混乱と混沌の中にあったのはカシムたちだけであった。


「密集したらマズイ!だが、散りじりになるのはもっとマズイ!!」

 カシムは必死に考える。だが、カシムが考える間を、敵は与えてくれない。カシムがもし、経験豊富な将軍だったら、この状況でも適切に部下をまとめて対応したかも知れないが、実戦経験は今回が初めてなのだ。当然判断に迷う。

 その間に、トロルが5体ほどカシムたちの中に突入してきた。

「ぐあああっ!」

 数人の兵士が吹き飛ばされる。骨がへし折れる音も響く。

 各部隊長の判断で、クマやイノシシたち、力自慢の獣人が前面に出て、トロルを食い止めようとする。だが、その足元でゴブリンたちが小刀を振るって攻撃をしてくる。コボルトは数体で飛びかかってくる。

「い、一番隊で突破口を!・・・・・・っっ?!」

 カシムが何とか部隊をまとめようと声を張り上げて、前方の敵を見た時に、信じられない物を見て声が詰まる。


 一瞬開いた敵の防御陣の先にいたのは、一際体の大きなゴブリンで、銀の冠をかぶっていた。

「ゴ、ゴブリンロード?!」

 南西の敵一軍を率いていたのはロード種であるゴブリンロードだった。

 敵全軍をオゥガロードという、最上位種が率いて、敵の一軍ずつをそれぞれゴブリンロードと言った、下位のロード種が率いている事実に驚愕する。

 同時に、低能で衝動的、そして社会性の無いモンスターとしては、人間の軍隊に近い、異常なまでの高度な陣形移動や、一軍ずつに適切な判断が取れる状況判断能力がある事への合点がいった。


 だが、ロード種が一時代に複数現れて、それが組織だって軍を率いてくる話しなど、歴史上数回のみだった。

 最近では、竜騎士アルの戦った聖魔戦争時と、魔王「エギュシストラ」の出現時である。いずれにせよ数百年前の話しである。


「ぐっっっ!!?」

 カシムの体が宙を舞う。トロルの振り回した丸太が、呆然として足が止まったカシムに当たり、カシムを吹き飛ばす。

 ギリギリで火炎刀で防御して、直撃こそは避ける事が出来たが、複数のモンスターと共に吹き飛ばされたカシムが地面を転がり倒れ込む。頭から血を流し、意識を失ってしまう。

「カシム君!?」

「お兄ちゃん!!」

 リラとミルが悲鳴を上げ、カシムに駈け寄る。その行く手を、たちまちの内に大量のモンスターが塞ぐ。


 倒れたカシムは、一瞬で意識を取り戻したが、目眩がするようで、頭を振ってすぐには立ち上がれない。

 そこに、ゴブリンたちが武器を振りかざす。

 カシムは、懸命にゴブリンたちの攻撃から身を躱そうとするが、肩を切られ、背中にも剣を突き立てられる。

「ぐあっ!!」

 カシムが呻いて、地面を転がる所に、更にモンスターたちが武器を振りかざして襲いかかる。

「う、う、う、う・・・・・・」

 リラは血の気が凄まじい速さで引いていくのを感じ、呻く。

 それから、杖を捨てて手を振り上げると、大きな声で叫んだ。

『エリューーーーーーネェェェーーーーーー!!!!』

 そのとたん、リラを中心に風が吹き上がる。

 吹き上がった風は、勢いを増して回転し、周囲のモンスターを巻き込み、空に吹き上げていく。

 リラの起こした風が分裂し、3つの竜巻と化して、周囲の敵に襲いかかる。

「うああっ。あ、あ、あああ。・・・・・・ああああ~~~~!!」

 リラが呻くような、叫ぶような声を上げて、振り上げた手を頭の上で交差して必死に竜巻をコントロールする。

 竜巻は更に勢いを増し、味方をきれいに避けて、モンスターを次々吹き飛ばしていく。

 3つの竜巻が戦場を蛇行しながら駆け巡る。

 勢いを増した竜巻は、ついにはトロルをも上空へはじき飛ばす。

「あああああああああ~~~~~~~!!!」

 最後の力を振り絞って、リラは交差した手を前方に向かって振り降ろす。

 すると、竜巻となって巻き上がっていた強烈な風が、上空から一気に地上に向かい、小門前に立ちふさがる、敵モンスターに向かい、前方の敵全てを吹き飛ばしてしまった。


 獣人たちは、その凄まじい光景を、ただ立ち尽くして見ている事しか出来なかった。

 そこで指示を出したのが、ミルだった。

「みんな!今だよ!!逃げよう!!!」

 ミルの言葉に、正気に戻った兵士たちが、負傷した仲間に手を貸す。

 リラはその場で気を失ったが、すぐにリラの護衛をしていた獣人が抱き留めて、肩に担ぐ。カシムもバックに肩を貸されて立ち上がると、リラが精霊魔法で切り開いた道を全力で走った。

 敵と味方が分断されたので、防壁の上からの矢の援護が勢いを増し、カシムたちの撤退を助ける。

 

 こうして、カシムたちは一人も欠ける事無く、何とか小門にたどり着き、味方に援護される中、町への帰還に成功した。

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