獣魔戦争  モンスター軍襲来 3

 全員が、適切に支援魔法を掛けてもらい、魔法使い3人とリラさんがマナポーションを飲んでから、俺たちは出発した。


 沼地の行軍は、はっきり言って大変だし何より気が滅入る。ぬかるみや、沼に足を踏み外せば、靴もズボンも濡れるし、そうすると、足が重くなってくる。

 だが、獣人たちは元気だ。慣れているのもあるだろうが、沼にはまってもヒルに血を吸われないし、木の上から落ちてきたヒルも、皮膚に吸い付く事が出来ず、ポロポロ地面に落ちて行くのを見ては、大喜びしていた。

 いや、この辺りは本気でヒルが多い。ボトボトと次々落ちてくるし、沼の水面に、いっぱい泳いでいて、誰かはまると、その足に群がっていく。ああ、気色悪いったらないな。

 なるほど。この地域でヒル除け魔法が切望される訳だ。

 この魔法の効果に感動した様子で、セルッカがリラさんの隣に行って、興奮したように小声で話す。

「私、やっぱりこのヒル除け魔法を覚えたいです。リラさんの故郷の村を教えて下さい」

 リラさんは、こんな沼地でも、一度も足を踏み外す事無く、平然と歩いている。気が滅入るような暗い、臭い、陰気な森の中なのに、何処か楽しそうですらある。これも感受性のなせる技なのか?

「私の故郷は、すっごく辺境地域にありますよ。多分、国名を言ってもわからないと思いますよ?」

 リラさんが苦笑する。リラさんの故郷って何処なんだ?つい聞き耳を立ててしまう。

 すると、俺の隣を歩いていたミルが言う。

「あたしも聞いたけど、全然知らないところだったよ~」

 雪の上を、足跡も付けずにスタスタ歩けるハイエルフも、この鬱蒼とした沼地には、ちょっと苦戦している様だ。垂れ下がってるツタや、生い茂った茂みをかき分けるのが大変そうだった。だから、俺の横に来させて、俺が道を作ってやっている。

 それにしても、リラさんとミルはそんな話しをしているんだな。女子同士、いつも一緒に行動してるもんな。

「ふふふ」

 リラさんが笑う。

「構いません。どんなに遠くても、必ず教わってきます」

 セルッカは真剣だ。

「じゃあ、この戦いが終わったら詳しく教えましょうか?」

 リラさんがそう言うと、セルッカが何度も頷いた。

「よ、よろしくお願いします!」

 多分、レベルはセルッカの方が上なんだろうと思うが、実に真面目な娘(こ)だ。いや、多分、年も俺やリラさんより上かも知れない。

 黒い髪を真ん中分けにして、三つ編みを前に垂らし、刺繍の入った帯でとめている。額にも同じような刺繍の入った帯を巻いている。魔法使いを示すマントも、この町の魔法使いたちは、丈が短く、腰までもなく、黒地ながら、色とりどりの刺繍やビーズが着けられているので、とても可愛い。


「ちなみに、私の国の名前は『エッシャ』っていうの。ここによく似た感じの森ばっかりで、他には何も無い所なんですよ」

 懐かしむように、周囲の景色を眺める。

 そうか。だから、リラさんは、こんな所でも苦もなく歩けるし、どこか楽しそうだったのか。

「うへぇ~。森は森でも、あたしの森とは大違いだね~」

 ミルがぼやいて舌を出す。ミルの言ってる「あたしの森」って、「エルフの大森林」か?それとも、ミルの家がある村の周りの森か?

 「エッシャ」か。確か、地理的にはこの大陸のほぼ西の端辺りだったな。大陸をグリフィンの姿に例えると、嘴の付け根辺りか。まあ、普通の人は知らないよな。

 リラさんはそんな辺境から、冒険者として出て来て世界を巡っているのか。すごいな。

 セルッカも、「エッシャ」が何処かわからないようで顔を赤くして頭をひねっている。だが、この真面目さだ。セルッカはいつか本当に「エッシャ」に行きそうだな。



 ヒル除けの魔法に一頻り感動した兵士たちは、黙々と鬱蒼とした森の中を歩く。

 しばらく歩くと、黒っぽい尖った巨岩が沼地に突き立っているところに出会う。

 「バグゥズ湿地」の巨石群「槍岩の林」だ。

 ここからは、この巨石を迂回しなければいけないので、更に歩きにくくなる。下手すると方向がわからなくなりそうだが、その点は先導者がいるから問題ない。

 そして、この進路を選んだのも、この巨石群がある為だ。

 沼と巨石群に、モンスターの軍も進軍を阻まれるので、この辺りまでは来ないはずだ。このまま、巨石群を抜けると、エレッセの町の南西部に出る。

 俺たちはその手前にある、穴だらけの地点まで行って、身を潜めて朝まで待つ事になる。


 暗くなる前にはそこまで行かなければならない。

 直線距離で約8キロメートルほどだが、この森での8キロはかなり大変だ。

 だが、さすがに獣人の兵士だ。彼らは普段は狩人なので、森に入る事には慣れている為、それほど苦にはなっていない様子だ。ただ、狩りには持っていかない剣や槍や、荷物があるのが煩わしそうだ。

 俺は、まあ、大変だが大丈夫だ。リラさんが一番心配だったが、一番慣れた様子で、ヒョイヒョイと前を歩いて行く。

 ファーンは、文句こそ言わないが、かなりへばってきている。疲労軽減魔法は掛けてもらっているが、疲れない訳じゃ無いからな。

 意外なのはミルだ。白竜山で洞窟の中に入った時の様に、森の中なのに、凄く嫌そうな顔をして、歩きにくそうにしている。これも、ハイエルフの謎の一つかな?湿地や沼は苦手なようだ。


 それでも、日が落ちる前に、目的地である、地面に穴が沢山空いている地点にたどり着いた。ここからなら、森の端まで行軍しても10分程度だ。斥候に出てもらったが、位置は間違いなく、森の端に出れば、北にエレッセの町が見える地点だ。

俺たちは町の南から、ぐるりと森の中を遠回りして町に戻ってきた事になる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る